百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
ドクターによれば、立香は幕末の京都にいるらしかった。
彼との通信で分かったことはそれだけではない。
今回のことはカルデアの電力不足によるレイシフトの失敗が原因だということ。
電力の節約の為、最低限の連絡しか出来ないこと。
復旧作業自体は1週間で終わる物の様々な要因が折り重なって、立香の時間でどれくらいで回収出来かは分からないとのことだった。
つまり、良い知らせは皆無。陰鬱な気持ちになりながら、立香は部屋の床に寝転がった。
あの夜、沖田によって保護された立香は新選組の本拠地である西本願寺に匿われていた。下手にフルネームを言ってしまったことや幕末では風変わりな服装を着ていたことで、藤丸という名家の不良娘であると勘違いをされていた。京都にある藤丸家を当たられるとまずい為、九州からのお上りさんであることと荷物の少なさは浪士に奪われたからという設定は立香の方で付け加えた。
沖田と出会うのは本能寺の一件以来であるが、生前の彼女には勿論知るよしのないことである。しかし彼女の人の良さは相変わらずで、気前よく寝床を分けてくれていた。
木で出来た天井をじっと見つめる。することが何もなくて暇だった。立香は起き上がって沖田に何か手伝えることはないか尋ねようと思った。
屋敷の中を歩いていると、沖田自体はすぐに見つかった。彼女が声を荒げているのを聞いたからだ。
「何故です!?何故私が一番隊隊長を降ろされなくてはならないのですか!?」
屋敷の大部屋に沖田を含めた三人が何やら話し込んでいるのが見えた。
立香は物陰に隠れて様子を伺うことにした。
「お前、病を患っているらしいな」
「そんな、ことは……」
沖田が俯いた。
「この間の稽古の時も新八に負けたそうじゃないか」
「あれは一さんとの連戦で疲れていただけです!!」
「いや、以前のお前なら勝てていたはずだ」
二人の男はため息をついた。
「総司、武州に戻れ」
その言葉に、沖田の表情が凍り付いた。
「どうして……」
「療養しろ。それだけだ」
「い、いやです」
沖田が首を横に振った。
その顔には絶望が広がっていた。
「今更戻っても、三女の私に居場所なんてない。
穀潰しだと死ぬまで後ろ指を指される位なら、いっそここで」
そう言って懐の短刀を取り出すとそれを両手で硬く握りしめ、それを自分のはらわたに突き立てようとした。しかしそれは二人の男の手によってすんでのところで止められる。暫く揉み合っていたが、大の大人二人にはさすがにかなわないと悟ったか。短刀をはなして、男に涙を流しながら縋り付いて言った。
「お願いです。
私を見捨てないで下さい。
私にはここにしか居場所がないんです。
最後まで新選組で戦わせてください」
声を上擦らせ、しゃくり上げながら懇願する沖田に根負けしたのか、男達は何度めかのため息をつきながら言った。
「病状が悪化していく場合は容赦なくお前を家元に送り返す。いいな?」
沖田は男が部屋を去ったあともずっと頭を床につけていた。立香はいたたまれない気持ちになって、元来た道を引き返した。
沖田が部屋に戻ってきたのはそれから数十分経ってからだ。
「剣術の稽古?」
立香は自分のしていることに罪悪感をいだきながら、素知らぬふりをした。
「いえ、藤丸さんについて近藤さんと土方さんと少し」
沖田は棚から自分の装束を取り出すと、それを立香に投げ渡した。
「今から外に出ますからこれに着替えてください。藤丸さんの服装では目立ちますから」
立香は地味な黒色の和服を見つめた。
「どうしました?
私と同じ服ではご不満ですか?」
「私、こういうの着たことないんだけど」
「ああ、すみません。
自分女物の服を持っていないもので。
着付けは私がしますからとりあえず服を脱いで貰えますか?」
立香は疑わしそうに目を細めた。
「あ、いや。
私女ですし。
他意はありませんよ?」
困ったように沖田が言った。
「ふーん、それならいいけど」
立香は上から順に脱いでいった。最後にストッキングを脱ぎ捨てて、黒の下着姿で沖田の方に向いた。
「変なさらしとふんどしですねぇ」
「変態」
「変態じゃないですよ!?」
他愛ないやりとりをしながら、沖田は長袖袴、着物、帯を出際良く立香の身体に着付けていった。
作業が全て終わった頃には立香の姿は一変していた。
元々この黒い隊服は男物として作られたものであり、和服は着た人間の体型を隠す役割があるものの、立香の姿は一目見れば誰もが侍だと思うほど様になっていた。
「似合ってます」
「お世辞として受け取っておくよ」
立香は少し照れている様子だった。
「そう言えば、外ってどこへ行くの」
「八ツ橋でも食べに行こうと思いまして。
立香さんも三日も屋敷の中にいたのでは息が詰まるてましょう?」
ありがたい話ではあるが、立香には金が無かった。
「私、持ち合わせないんだけと……」
「良いんですよ。
私が誘ったんですから、銭は私が持ちます」
気が引けない訳ではなかったが沖田の気分転換になればと思い、立香は付いていくことにした。
昼間の京都の町は往来が多く、立ち並ぶ店先には男女問わず大人数が賑わっていた。沖田と立香は歩き続けた。いくつか八ツ橋を食べられる店はあったが、沖田は目もくれなかった。いつしか商店街を外れ、人通りも少し少なくなっていた。
「さっきのお店で食べないの?」
「客が怯えるから来ないでくれと頼まれてしまいまして」
「はぁ!?
沖田は街を守ってるんでしょ。何でそんなこと言われなくちゃいけないわけ!?」
立香は憤慨した。
「京都の人達は新選組より長州の方が好きなんですよ。
新選組が出来る前は長州の人が京都を守っていましたから」
「そんなの関係ないよ!!
私、文句言いに行ってくる」
「わわ、待ってください!!」
沖田は立香を引き止めた。
「良いんです。もう慣れましたから」
「全然良くない。
そんなことに慣れちゃ駄目だよ」
「良いんですって。
私、あんな店よりも良いところを知ってますから」
沖田が悪戯っぽく笑った。
そして力強く立香の手を握ると、長屋と長屋の隙間を通り抜けて行った。目的地には数分でついた。人通りの少ない寂れた場所にある割には二階建てのしっかりした木造建築で、人は決して多くなかったが菓子を頬張る姿は満足そうに見えた。八橋小町と看板には書いてあった。
「おじさーん。いつもの二つ下さい」
沖田は無遠慮に店の中の主人に注文した。
「あ、藤丸さんはそこに」
沖田は小粋に紫色の大きい日傘が掛けてある店先の長椅子を指差した。
日差しを避けて傘の陰に隠れている部分に二人で座ると、表の大通りにはいなかった蝉がはっきりと声を上げているのが分かった。かんかんと日照る陽光の眩しさに、夏だったんだと立香は今更気付いた。
「暑いね」
「そうですね」
暫くしてから、二人の元に緑茶が二杯と八橋十個が届けられた。
お菓子の甘みと緑茶の冷たさが気候とよく合っていた。
「ねぇ、沖田」
「何です?」
「ありがとね」
素直な感謝の気持ちを述べていた。
沖田の気分転換に付き合うどころか、自分が逆に穏やかな気持になっていた。
「どういたしまして」
たまに二人の間を通り過ぎる夏風が涼しく心地よかった。
結構削ってるんだけどあと3話は茶番に付き合って貰うことになるかも。
逆に削りすぎでソードマスターヤマトになっていないか不安。今回戦闘いれようと思ったんだけど流石に長すぎるからそれは次回で。