百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
月は高く、丸く。
夜の街並みはそよ風に寝かしつけられるかのごとく静まり返っている。
しかし立香にとって優しい風音はむしろ胸を掻き立てる不穏さをならしていた。
それもその筈である。
この土地は日本。
ではあるが現代ではない。
コンクリートで舗装されていない道、鉄ではなく木で造られた家屋、そして視界いっぱいに広がる満天の星空が証明している。
江戸時代、だろうか。
立香は思った。
「待たれよ」
後ろで力強い男の声がした。
「貴様は異国のものか。
それとも南蛮思想に取り憑かれたものか」
不安で自然と心臓の辺りに手が伸びる。
「ここは天子様のおわす京の都ぞ。
貴様らの存在が許される所ではないわ」
刀の握る音がする。
恐らく彼は攘夷浪士だ。立香の服装を見て敵だと勘違いしたに違いない。
一人の英霊もいない今、自分の身は自分で守らなくてはならない。しかし魔術で撃退しようにも加減がきかないから、男の命を奪ってしまう可能性もあった。
「切り捨て御免!!」
どうするべきか逡巡しているうちに、男が走り出す。
対応が遅れた立香を真っ二つにするはずの一撃は、しかし乾いた鉄の音に阻まれた。
恐る恐る立香が振り返ると、男と立香の間に別の人間がいつのまにか立っていて、刀剣を刀剣で受け止めていた。
「夜中に出歩く少女を襲うとは。
貴様それでも武士か?」
自分より一回り小さい身体、華奢にも見える細い腕で自分の剛剣を受け止められたことに驚く男だったが、月影に浮き出た浅葱色の陣羽織に憤激して叫んだ。
「農民の成り上がり風情が真の侍に敵うものか!!」
刀に込められた力がさらに強くなる。
しかし男の激情も剣撃も、目の前の相手を動かすには至らなかった。
「ではご教授願いますかな」
鍔迫り合っていた刀を軽くいなすと、自由になった得物で男の首を狙って言った。
「真の武士というものを」
死神の声を聞いた直後、男の咽を鋼が貫いた。
刹那の妙技に男は断末魔を上げることさえなく絶命した。
「大丈夫ですか?」
男から刀を抜き取り、立香の方に振り返って言った。
「見苦しい所をお見せして申し訳ない」
その声も、顔も、姿も、立香は知っていた。
「沖、田……?」
絞り出たのは僅かな言葉だった。
だが目の前の『少女』はそれに少し困った様子だった。
「何時ぞやにお会いしましたか?
……いや、きっとあなたが知っている私は冷酷な人斬りでしょうね」
少女は立香の手を取り、立ち上がらせた。
「初めまして、沖田総司です。よろしくお願いしますね」
夜風が優しくそよぎ始めていた。
物理の試験中に思い付いた。
一応三部作構成で考えてるけど長くなったり短くなったり、やめたりするかも
マシュは深夜テンションでsmシリーズにしようかと思ったけどやめたし