百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
藤丸立香はヘロヘロになって床に座り込んでいた。
「もう無理だよ……師匠」
「文句を言うな」
週に何度か、立香はスカサハのもとに訪れることがあった。相談には厳しくも真摯に当たってくれるし、どこか厭世的なスカサハのことが気がかりなこともあってだった。
しかし逆にスカサハから立香をたずねることも少なくなかった。そういう場合は大抵弟子の自慢か、
「次は私の攻撃から避け続けろ。加減はするが手は抜かん。当たれば当然痛むから覚悟しろよ」
立香を鍛える為に徹底的に扱く時である。
訓練は実戦形式で、既に定礎を復元した特異点にレイシフトし、現地でスカサハの無茶ぶりに対応し続けなくてはならなかった。魔術や武器の使用は認められいたが、スカサハの前には目眩ましにもならず、いつも滅多打ちにされていた。
「きゃっ」
槍の一撃が当たり、弾き飛ばされた。
刃先とは逆の方で攻撃してはくれていたが、それでも棍棒としての威力は十分にあった。
一度当たると態勢を立て直すのは困難だった。
二撃、三撃と攻撃があたり、呼吸するのも苦しくなる。必死に逃げ回ったが、背中に衝撃が来るのを感じて意識が途絶えた。
目を覚ますと、既にカルデアに戻って来ていた。
廊下が勝手に動いているような錯覚を覚え、奇妙に思いながらふと上に視界を移すと、スカサハの顔がそこにあった。
「目覚めたか?」
横向きに抱き抱えられているのがわかり、立香は慌ててスカサハの両手から降りた。
「疲れただろう?部屋まで送ってやっても良かったのに」
「い、いいよ。一人で歩けるから」
微妙な気恥ずかしさで、立香の鼓動は早くなっていた。
「こうして歩いていると、あの馬鹿弟子との修行の日々を思い出す」
懐かしそうにスカサハが呟いた。
「師匠は私と歩くと兄貴を思い出すの?」
その時、立香の心に悪魔が出るのを感じた。
それ程深い意味を持った質問ではなかったが、私の言葉に動揺したのかスカサハは頬を薄く染めていたからだ。しかも要領の得ない返事を口にしながら。
「師匠って兄貴のこと好きなんでしょ?」
「え。あ、ああ」
主導権を握ったことを確信し、立香はさらに調子に乗った。スカサハの修行はありがたかったが、あまりの厳しさに不満がなかった訳ではない。それに彼女が動揺することなど滅多になかったので、罪悪感はあったが少しいじめさせてもらったのだった。
「ねぇ、師匠」
スカサハの腕に抱きつく。
「師匠は大好きな兄貴と私とどっちが好き?」
「どっちということはないが……」
「私は師匠が好きだよ。大好き。格好良いし、頼もしいし……」
出来る限りの甘い声を出して立香は続けた。
「私じゃ、ダメ♡」
立香は笑いをこらえるので必死だった。
スカサハを手玉に取るのは他に形容しがたい爽快感があった。心の中で「勝った」と勝手に呟いた。
本当の恐怖がすぐそこまで迫っていることも知らずに。
「なんちゃって~冗談に決まって、ひゃあ!?」
立香の誤算は二つあった。
一つ目は調子に乗りすぎたこと。
二つ目はスカサハが立香の発言を本気にする可能性を考慮しなかったことだ。
スカサハは再び抱き抱えると、立香の自室に向かった。
「あの、師匠?さっき一人で歩けるって……」
スカサハは答えなかった。
異様な雰囲気に圧倒されるがまま運ばれているとすぐに部屋の前についた。
「もう部屋についたから下ろして欲しいんだけど……」
スカサハは無言のまま部屋に入り、ベッドの前に立つと立香をそこに投げ出した。
「きゃ!?」
両手を頭の上で拘束し、無防備になった立香の上に覆い被さりながらスカサハは言った。
「私もお主のことが好きだよ」
「いや、だからあれは冗談だって……」
「ほう。冗談でお主は私の心を弄んでくれたのか」
立香は怖じ気づきながら謝罪した。
「嫌な気持ちにさせちゃったのは謝るから。許して」
「許せるものか」
スカサハは立香の輪郭を愛おしげに撫でながら、しかしはっきりと断言した。
「お主は見所のある勇士だ。それでいて可愛らしい」
耳元で囁いて、ふうと息を吹きかけた。
こそばゆさで背中を浮かせながら立香は後悔で涙を流した。
「ケルトの戦士は往々にして気に入った女子を力で組み敷くことがあってな」
スカサハはその指で立香の泪をふき取りながら続けた。
「私も影の国の女王となる前は何回かやったことがあった。お前のような生娘は最初は恐ろしさで泣いているのだが、快感に慣れ始めると甘い声で鳴きはじめ、最後には精も根も尽き果てるまで私を求めたものだ」
スカサハは立香の顎をクイと持ち上げると、その頭を互いの息の届くところまで近づけた。
「まずは唇の純潔から貰おうか」
立香は目をつぶった。
そして色んな事が浮かんできた。
ここでキスしたらスカサハはきちんと嫁に貰ってくれるだろうかとか、ファーストキスの味はどうだろうとか。意外と自分って乙女だったんだなぁ、などと考えているうちにあることに気がついた。
いつまで経ってもキスが来ないのである。
恐る恐る目を開くとスカサハが、クスクス笑っていた。
「期待したか、マスター」
みるみるうちに、立香の顔が羞恥で真っ赤になっていった。
「年寄りをからかうものじゃないぞ。ついこっちもからかいたくなる」
そう言ってスカサハはベッドから降りた。結局、終始手玉に取られていたのは立香だったのだ。
敗北感とちょっとした物足りなさでいじけていると、部屋から出る前にスカサハが振り返らずに言った。
「お主のことが好きなのは本当だ」
クーフーリンとぐだ子だったらクーフーリンを選ぶ。
最後まで手を出さなかったのはそういうこと。でもノンケでも百合は出来ると思うの。
本編のスカサハはあんまり好きじゃなかったけどマテで見直した。