百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
目覚めると、そこは自分のベッドの上だった。
「やぁ、やっと起きたんだね」
声のする方に目を向けると、白いローブを身に纏った青年がいた。
「……なんでテメエがここにいる」
モードレッドはその青年、マーリンが苦手だった。始終胡散臭いにやけ顔を晒しているし、それに違わず人格も褒められたものではなかったからだ。そして何より、彼は生前からモードレッドの素性をどういうわけか知っている。その上でアーサー王に何も報告しなかった彼に、モードレッドは不信感を抱いていた。
「随分酷い言い草だね。
君の命の恩人は僕なんだよ」
相手の敵意にマーリンは余裕を崩さない。
「俺の命を救ったのはあいつだ」
モードレッドはむきになって反論した。
「いや、彼女の令呪だけではここまでは届かない。虚数空間で彷徨う君を拾ってカルデアまで運んだのは僕だ。
君の壊れかけた霊基を数日がかりで修復したのも僕」
マーリンはニヤリと笑って見せた。所謂ドヤ顔というやつである。
モードレッドはすぐに言い返そうとしたが、マーリンの一言に気が付いてやめた。その代わりに気持ちの悪い焦燥感で背筋が寒くなる。
「……お前、今数日って言ったか?」
モードレッドはマーリンの首を掴む。
「あいつは!?あいつはどうなった!?」
取り乱すモードレッドとは対照的に、彼は落ち着いて、あくまで冷静に答えた。
「さあね。
ただあの魔神柱の特性からすると、人の身では耐えられないほどの責め苦を受けてるだろうね。あるいは想像を絶する快楽の拷問か。
どちらにせよ、もうとっくに廃人さ」
それを聞いたモードレッドが飛び上がってすぐに部屋を出ようとするが、背中に走る激痛でしゃがみ込んでしまう。傷が完治した訳ではないのはすぐに分かった。
「やめといた方が良いと思うよ。それに、今のカルデアはそれどころじゃない」
モードレッドは終始他人事であるかのように振る舞うマーリンに激昂する。
クラレントを構えて叩き切ろうとするが、彼はひらりと身をかわした。
「すぐに怒るのは悪い癖だよ」
マーリンは埃を払うような仕草でローブをはたいて言った。
「僕の言葉は真実だ。今魔神柱アスモダイの幻影がカルデアに攻め込んで来ていてね。これが厄介なことに時限式で五体に増殖するんだ。その上、幻影達の出力は本体と変わらないときた。分かりやすいピンチだろ?」
彼は諭すようにモードレッドに言い聞かせる。
彼女も頭では分かっていた。今はネズミ算式で増える魔神柱の撃滅が最優先なのだと。
しかし、それでも、モードレッドの最優先は違っていた。
「……父上は今どこにいる」
マーリンは値踏みするように目を細めてモードレッドを暫く見つめていたが、これも気まぐれなのか。彼女の問いに答えた。
「今は自室で出撃の準備をしてると思うよ」
「ふん。さっさと言えってんだ。
……それと今回は世話になったな」
短く礼を言ってモードレッドは部屋を出た。
目的の部屋に着く前に、モードレッドは彼の王とその騎士達と鉢合わせた。
「何事です」
他の騎士達の先頭を行って風を切るその人が、凛とした視線でモードレッドを捉えた。
「魔神柱の撃滅に行くのか、アーサー王」
アルトリアの眼差しを睨み返すような形で返上しながら、モードレッドは尋ねた。
「だとしたら?」
それを受け止めるように目を瞑りながら、アルトリアは冷酷に宣言した。
「私はキャメロットの王として、裏切り者の卿と共に戦うつもりはない。あの悪魔と戦うつもりならば勝手にすることだ」
アルトリアの宣言に、モードレッドは皮肉で返す。
「はっ。未だに王様気取りか。ブリテンはもうキャメロットを望んではいないだろうよ」
「貴様!!」
後ろで控えていたガウェインが声を荒げた。
日輪の聖剣を向ける彼を、アルトリアは片手を上げて嗜める。
「控えよ、ガウェイン卿。
……それで?
叛逆の騎士よ、そんなことを言いにわざわざやって来たのか?」
瓜二つの顔をした二人の間に、極度の緊張が走る。
敬愛し、尊敬し、そして憎悪した相手を前に、モードレッドはクラレントを握り締めた。ただならぬものを感じ取ったランスロットとガウェインが王を庇わんと間に割って入り、警戒する。
そんな彼らをよそにモードレッドはクラレントを振りかざし、そして目の前に突き立てて跪いた。
「かつて円卓の末席にいた者の浅ましき願いをどうか。どうか聞き入れて欲しい。
立香を救ってやって下さい」
騎士達の間に動揺が広がる。しかしアルトリアだけはしっかりとモードレッドを見据えていた。
「……俺は。
いや私は、もうあなたの騎士ではない。だからあなたが私の言うことに耳を傾ける必要もない」
しかしとモードレッドは続ける。悟られぬよう俯いていたが、その瞳には涙を溜めていた。
「今のあなたはブリテンの王である前にマスター藤丸立香のサーヴァントである筈だ。主の危機を見過ごしたとあっては騎士の頂点たる騎士王としての示しがつかないではありませんか」
情に訴えるモードレッドに対して、王は冷たく言い放つ。
「私がどういった人間であるかは貴殿がよく知っているだろう。我々は最優先事項を最速で果たすだけだ」
合理で動こうとするアルトリアに対して、モードレッドは哀れになる程訴え続けた。
「存じています。
しかし私にはあの者が、あの者の笑顔が愛おしくてならないのです。
名も知れぬ民の幸せを慈しんだあなたならば聞き入れて頂けるものと馳せ参じました」
俺が王として相応しいと不遜に言い放つモードレッドはそこにはなかった。
あるのはただ、マスターに忠誠を誓った騎士の姿だけだ。
「私一人では、あの魔神柱には届かない。
だからどうか、私に力を」
それでもアルトリアは、あくまで冷たかった。
「モードレッド卿よ、あなたは二度私を裏切ったな」
そう言って彼女は騎士達の方へ振り返った。
「ベディヴィエール、あなたは第一を。
トリスタンは第二。
ガウェインは第三を頼みます。
ランスロットは第五が良いでしょう」
「王はどちらに?」
トリスタンが尋ねた。
「無論第六です。
作戦は魔神柱本体の捜索及び排撃。マスター立香を救出した後、正義の鉄槌を下すのだ」
騎士達が敬礼する。
アルトリアはモードレッドを横目で見た。
「勘違いしないことだ。
我々円卓は元々本体の攻撃を任されていた。あなたの頼みを聞いたわけではない。私はあなたと足並みを揃えない」
アルトリアの言葉に、人の良さそうな笑みを浮かべてベディヴィエールが付け加えた。
「幻影達の方も心配いりません。トップサーヴァント達を中心に今は優勢を保っています。全滅も時間の問題でしょう」
アルトリアは再びモードレッドの方へ向いた。
「さあ、早く行きなさい。
もたもたしている暇はありませんよ」
モードレッドは円卓の騎士達に頭を下げ、その場を走り去っていった。
「……意外でした。
あの乱暴者にこのような一面があったとは」
ガウェインの呟きにランスロットが答える。
「確かに。王が女の子だったということを初めて知った時と同じくらい驚いた」
そんな二人の横で、ベディヴィエールは静かに己の主に言った。
「いつか、王は話して下さいました。人にはそれぞれ役割があると。しかして王が彼女に与えた役割は」
「それ以上は言わぬが花だぞ、ベディヴィエール」
アルトリアは穏やかな表情で小さく微笑んだ。
「──今ならば認めても良いかもしれない。あの者の力を」