百合ぐだ子 作:百合と百合と百合と
目玉の一つ一つに走る血管が有機的に脈動すると共に黒い害毒が流れ出る。柱は肉のように伸縮し、鞭の如くにしなってモードレッドを襲った。
だがその攻撃をモードレッドは恐れない。魔神柱の戦いはこれまでで十分に学習している。出力で勝る相手だろうが、モードレッドには情報のアドバンテージがあった。精密に、正確に躱して壊す。それを繰り返していけば必ず勝てる。いや勝てなければ英雄を名乗る資格はなかった。
「モードレッド、上!!」
「了解!!」
そしてモードレッドには敵の戦いをより俯瞰的に観察出来る主がいる。
立香はただの凡人だったが、それでもこれまでの戦いの経験をモードレッドは買っていた。
「小癪な」
苛立ちを含んだ声が耳障りに響く。
格下を相手に劣勢を強いられているその状況がアスモダイの冷静さを奪っていた。
「どうだ?
猿も舐めたものじゃないだろう」
「貴様!!」
アスモダイの放つ闇を切り裂き、モードレッドは弾丸よりも速く疾走する。
アスモダイが気づいたときにはその懐に潜り込み、重心を低くしてその力を貯めていた。
「とっとと逝っちまいな」
紫電よりも赤黒い稲妻がアスモダイを攻める。全身の力と連動して放たれたそれは一撃、二撃、三撃と折り重なり、反攻の隙を与えぬ高速連撃となって対象を蹂躙していく。その威力は凄まじく、魔神柱には耐え難い苦痛になっていた。
「おのれ!?
下等生物の分際で我に刃向かうか!!」
強い怒りで無数の眼球が怨敵を睨みつける。
それをモードレッドはただ静かに受け止めた。
「これでお終いだ」
モードレッドが魔神柱よりも高く飛び上がる。剣先には一際鋭い雷撃が迸り、振り下ろされた時にはアスモダイは真っ二つになっていた。
「やったね!!」
立香がモードレッドに抱きつく。全てが終わったと思ったからだ。
だがモードレッドの表情は依然険しいままだった。彼女の直感がまだ終わりじゃないと告げていた。
そしてそれは的中する。
四つの雷がモードレッド達の前方に次々と落ちた。その一つ一つからアスモデウスの影が顕れて笑った。
「……頼光の宝具だな。
さっきのは分身か」
モードレッドが言った。
想定外の出来事に焦りが生まれる。
「その通りだ。
使ってみると中々便利なものだな」
状況は最悪だった。
広範囲に展開されては、一方向にしか進まないモードレッドの宝具では一掃仕切れない。その上、傍には立香がいる。
「伏せろ!!」
モードレッドの怒号が飛ぶ。見ると、四体のアスモダイが魔力砲を放とうとしていた。
モードレッドは覆い被さるようにして立香をしっかりと抱き締めた。
数秒後、モードレッドの絶叫がこだまする。己の主人を守るため、全ての攻撃を肉壁になって受け止めたからだ。
「いや……。
いやあああぁぁぁっ!!??」
立香の心に絶望が広がる。
モードレッドはかろうじて意識は保っていたが、全身から力が抜けて虫の息だった。
「どうしよう…私の、私のせいで……」
その瞳から涙が流れる。
「投降せよ」
アスモダイの目玉が不快に歪む。
「その女を死なせたくないのだろう?」
モードレッドは首を振った。
「駄目、だ……」
息も絶え絶えに、彼女は立香に言った。だがその制止は彼女に届かない。
「……どうすればいいの」
モードレッドを抱き抱えたまま、立香は尋ねた。
「肉体を我に委ねよ」
「私をどうするつもり」
「言ったであろう。絶望を刻みつけると」
立香は瞼を閉じた。
するべきことはすでに決まっていた。
「私、モードレッドを助けたい」
立香が耳元で囁いた。
「やめ、ろ」
声を何とか絞り出して、モードレッドは立香を引き止めようとする。
「た、の…む……。やめて、くれ……」
立香の肩に熱いものがこぼれ落ちた。
「ごめん。それはちょっと聞けそうにない」
立香はモードレッドの頬にキスして、左手をかざした。
「令呪を以て命ずる!!
逃げて、モードレッド!!」
手の甲の紋章が赤く光り、そのうちの一画が消費された。
行使された絶対命令権は一時的な奇蹟さえ可能にし、サーヴァントをカルデアに空間転移しようとする。
その直前、立香は笑ってモードレッドを見送った。
「さようなら。
あなたのこと、いつまでも愛してる」
令呪に抵抗しようともがくが、それも傷ついた体では無理な話だった。
モードレッドの視界が頭痛がしそうな白で染まる。しかし、脳裏に焼き付いていたのは最後の立香だった。
涙で濡らしながら、それでもモードレッドを傷つけまいと微笑む馬鹿な彼女の優しさだった。