月面、フォン・ブラウン近郊。
デラーズ紛争の際に、フルバーニアンが初陣を飾ったその場所にゲーティア、アザレア、バーサル騎士ガンダムが降り立つ。
宙域にはドラッツェやリック・ドムⅡ、ゲルググMといったデラーズ紛争時代のモビルスーツ部隊が出現する。
「おらおらー!悪い敵はいねえがー!でてこいや、コラーー!」
「頭でも、ぶつけたのか…?」
急にわけのわからない言葉を発しながら、アロンダイトで敵に切りかかっていくミサの様子にロボ太が困惑する。
マシンガンやバズーカの弾幕にひるむことなく突っ込む様子は勇ましくもあり、狂気じみた何かも感じられた。
「そんなんじゃない!」
「では、どうしたというのだ?そんなにイライラして」
「昨日、父さんに怒られた。店番、さぼっただけなのに」
「ミサが悪い」
「なんだよもう!勇太君だけじゃなくて、ロボ太までそっち側か!!!」
「そっちとは、何時の方向だ?」
「方向じゃない!父さんの味方なのかってこと!!」
デラーズ・フリートのモビルスーツ部隊をなぎ倒していくミサだが、それでも心が晴れない。
きっと、サウザンド・カスタムのように一騎当千を果たしたとしても、まだまだ物足りないだろう。
「そもそも、店番という役目を放棄したのだ。罰を受けるのは致し方あるまい」
「大人の意見か!?そんなの聞きたくない!!花も恥じらう17才が、おとなしく店番なんかしてられるかー!!どうせ、あと少しでのんきに遊んでいられなくなるのにさ」
「む…?」
「来年の今頃は受験勉強か…。ああ、つらい時が見せる!」
「来年…受験…進学…」
勇太とミサが通っている学校は進学校で、時折受験のための模試も行われる。
勉強中心のクラスでは、既に受験のための勉強を開始するために教科書を終えて、赤本やセンター試験の過去問、進学塾が行う模試の過去問を連日解いているという。
これからどんどん遊ぶ時間が減っていく未来をミサは受け入れられない。
「…主殿、ずっと黙っているが、何か言ってくれぬか?このままではミサが…」
「ごめん、ロボ太。今は何も聞かずにミサのサポートを…」
ヘルメットに隠れた勇太の頬には真っ赤な手形がついており、仮想空間の中であっても痛みを感じていた。
(ハイムロボティクス商品開発室で、初めて起動したときのことを覚えている。右も左もわからない若輩ながら、彩渡商店街のとある玩具屋にて、ロボ太というパーソナルネームを授かった。ロボットであることをそれとなく主張しつつも、古風な響きで大人の覚えよく、短くて子供にも覚えやすい。中々な名前だと思う。これが製造番号のまま呼ばれていたら、私の毎日は今より色あせたものとなっていたかもしれない。名前を授かり、それと同時に主と出会い、多くの強敵とガンプラバトルを戦う日々。人と共に遊ぶために作られた、トイボット冥利に尽きるというものだ。しかし…私は知っている。この素晴らしき日々が永久に続くものではないということを。人は、いつしか大人になり、玩具から卒業していくことを)
「うーん、こいつは妙だな…」
マンションの一室で、カドマツはデスクトップPCのモニターに表示されるログをキーボードを打ちながら解析していく。
勇太たちを招いたことはないが、ここがカドマツの家であり、職場に近いことからここを選んだ。
あまり服装に気を使っていないことから、普段の仕事用の研究着姿ではあるものの、休みであることからネクタイはつけていない。
「なぁ、お前はどう思う?」
「休みに突然自宅に呼び出して…やることはトイボットの解析かよ!?」
パソコンデスクに腰かけるモチヅキはギリギリと歯ぎしりをしつつ、拳を握りしめる。
独身で同年代の異性が休日に外のどこかではなく、自宅に呼び出す。
大人の場合、いくら友人であったとしても異性相手にそんなことをするのはめったにない。
そんなことをするのは恋人に対するもの。
朝に急にカドマツからメールで呼び出されたとき、モチヅキは驚きを隠せなかった。
何度も冗談じゃないかと思い、確認したが、返事は『早く来い』、それだけ。
もしかしたらと思い、いつもよりも身だしなみに気を使ってからカドマツの家に来たが、待っていたのはログ解析。
身だしなみに気を使ったといっても、デート用の服なんて持っているはずのないモチヅキの服装もまた、カドマツと同じく仕事着という残念さがあるが。
「ん…?なんだと思ってたんだ?」
「え…いや、その…」
とても勇太とミサみたいなことを考えていたなんて言えるはずもない。
カドマツの様子から、モチヅキに対してそんな感情を抱いているとは到底思えなかった。
「トイボットのログ解析だよ!!!」
「だったらいいじゃねえか。なんで怒ってるんだよ?」
「別に怒ってねーよ!」
「そうか…んじゃ、続けるぞ。最近、ロボ太の思考ログに頻繁に現れる単語があってな。それについて、第三者の意見が聞きたいんだ」
モニターに表示されるログはロボ太のもので、現在ロボ太は部屋の隅でスリープモードに入っている。
専用の装置で充電をしつつ、ロボ太の思考ログ等をパソコンにコピーしていく。
ガンプラバトルをするトイボットのロボ太の存在はハイムロボティクスにとっては大きな宣伝となっており、世界選手権では世界中のSNSで話題となった。
また、定期的にそうしたログデータなどを時折カドマツが解析をして、職場に提出している。
それに基づいて、今後正式に生産されることになるトイボットの開発が行われる。
ただ、最近になってロボ太の思考ログに妙な動きがあり、それについてフラットな意見をしてくれる存在として真っ先に脳裏に浮かんだのがモチヅキだ。
勇太とミサでは、ロボ太と一緒にいる時間が長いために感情移入してしまう。
だとしたら、ロボ太のことを知りつつも大人として意見を出してくれる人間がここでは最適だ。
怒るモチヅキはカドマツの入れたコーヒーを飲みながらモニターを見る。
「自己…存在理由、現実、理想…思春期?」
ロボットらしくない、まさに思春期の少年少女のような言葉。
何も考えずに、率直に口にしたモチヅキの言葉にカドマツは目を光らせる。
「なんてこった!?俺が造ったAIには思春期が来るのか!やはり、俺が天才か!?」
「呑気か!?もうちょっと真面目に考えろ!」
「ん?何をだ?」
「もし仮に、これが人間の思春期としたら、自分と他者の関係を強く意識し始めるはずだ。他者を見て自己を認識し、そこから自分がどうありたいかを考え始める」
「何が言いたいんだ?」
「ロボットってのは最初から何か目的を定めて作られるものだ。自分がどうありたいか、なんて考えても仕方ないだろ?」
最初から人を乗せて道路を走ることを目的として作られた自動車が運転手や同乗者、そしてすれ違う他の車や人々を意識した結果、飛行機になりたいとしても、そんなのは改造されない限りは不可能で、それを自動車が求めたとしても、人間が必要と感じないか好奇心を抱かない限りはそんな酔狂なことはしない。
その車に乗せたAIがどんなに願ったとしてもだ。
「トイボットはトイボット以外にはなれない。なったら、商品として問題だぞ」
「トイボット以外…か…」
ロボ太を作り、テストという名目で勇太とミサに貸し出し、一緒にガンプラバトルを続けるようになってから、いつからか無意識にカドマツもロボ太をただのプロトタイプのトイボットとみることができなくなっていた。
自分が造った、交流したという愛着も確かにある。
そして、交流の中でロボ太にトイボット本来の目的である、子供たちと一緒に遊ぶロボット以外のものを求めている。
モチヅキと話す中で、そんな己を認識した。
「…あと、ちょいちょい出てくるこれは何だ?店番、宿題、お使いって…」
「あの嬢ちゃん…ロボ太に何やらせてるんだ?てか、勇太の奴も、一緒に住んでるなら、止めろよ!あいつ…だんだん嬢ちゃんに甘くなってきたかぁ!?」
(私は…人を喜ばせるために作られたものだ。だが、私自身がこの毎日を好ましいものとして過ごしている。この、身に過ぎた毎日をこのまま安穏と過ごしていいものなのだろうか?いずれ、主殿とミサは大人となる。社会人となり、あの様子であれば…ゆくゆくは結婚するだろう。そして…私と別れる日も必ず来る。その時のことを考えてしまう。それは、めでたいことのはずだ。人の成長は素晴らしいとデータにも書いてある。しかし…その時私はどうなるのだろうか?電源を落とされ、倉庫にしまわれてしまうのか?二度と起動されない、永遠に続くスリープ状態とはどういうものなのか?ああ…それならば、いっそのこと、解体され、リサイクルされた方がマシなのではないか?この…この気持ちは何だ?わからない…)
「…あ!!」
夜の自室で勇太が造っているバーサル騎士ガンダムのスペアパーツだが、勇太の手元が狂い、バリ取りの際にパーツの一部まで切除してしまった。
ニッパーを置き、切れてしまった部分を見つめる勇太。
「あっちゃー…このパーツ、まだ在庫あったかなー…?」
「勇太君、お風呂空いたよー」
ノックと共にミサの声が聞こえる。
一度パーツを机に置いた勇太はベッドの上に用意してあるパジャマとタオルを手に取る。
「わかった、すぐ入るよ」
別のドアが開閉する音を待ってから、パジャマを持った勇太が電気を消し、部屋の外へ出る。
机の上には作りかけのスペアパーツの他に、チーム全員で撮った写真が入った写真立てとバーサル騎士ガンダムが置かれていた。