第18話「幕開け」
ヴィーンゴールヴを失ったギャラルホルンが残存のアリアンロッド艦隊を中心に再編成が行われる。
その一方、火星の混乱を納めるために帰国したクーデリアの前にタカキが姿を見せる。
「ん…この感じで、いいかな。いや、もうちょっとこうしたら…」
「そんなに自分のガンプラを作るのに夢中になっていたら、お客さんに気づかないわよ?勇太君」
「あ…サクラさん」
顔を上げた勇太の目の前にいる彼女の名前を呼んだ勇太はすぐに腕時計を見て、頭を抱える。
カウンターの上に置かれているあらかた完成しつつある、右腕を喪失して、ランサーダートを片手に突撃するブリッツとその一撃を避けようとしながらその胴体を対艦刀で斬りつけつつあるソードストライクにその光景を見る、倒れたイージス。
これをちょっとだけ作ろうと考えていて、すっかり夢中になった上にこうしてサクラが声をかけてくれるまで気が付けなかった自分が情けなく思えてしまう。
「ジオラマね…お店に飾るの?」
「うん、バイトってことでね」
帰国して、落ち着いてからユウイチから誘われる形でガンプラショップの手伝いを始めた勇太だが、大きく変化した生活にまだまだ追いついていない感じがした。
アルバイトはこうして展示用のジオラマを作ることや店に来た客へのガンプラづくりのアドバイスに接客対応で、それらについてはまだよくて、バイト代もくれることには感謝している。
ただ、まだついていけていない変化は住む場所が井川家であることだ。
部屋が一つ空いていて、しかもミサと恋人同士になったんだからということで、両親の許しもあるうえに退院したときにはすでに引っ越しまで完了しているというあまりの準備の良さ。
高校男子特有のエロ本のようなやましいものはないとはいえ、勝手に引っ越しまで完了させられていることにはさすがに頭を抱えた。
おまけに話を聞いたミサはそこからの生活をうっかり想像してしまい、あまりの恥ずかしさに一度気絶してしまった。
「大丈夫、お客さんは来てないわ。それより、ミサはどうしているの?」
「休憩でゲームセンターにいってるよ。多分、まだまだ戻らないんじゃないかな」
「ゲームセンターって…恋人同士になっても暮らしは変わらないわね。…じゃあ、このガンダムエアリアルを一つ」
「別に無理して買わなくていいよ」
「買いたいから買うのよ、ちょっとだけ売り上げに貢献してあげてもいいじゃない。…でも、安心したわ。商店街もちょっとずつだけどいい感じになってきて」
「世界一…か。あまり実感がわかないけど」
勇太たちが戻ってきてからの綾渡商店街は世界一のチームが出たということで一度は大盛況になった。
ガンダムファンが聖地巡礼などといって、勇太たちのいるガンプラショップに立ち寄り、さらには彼らが過ごした店ということでミヤコの店に飲みに来る始末。
最近までは商店街の衰退に対して何も対策ができずにやる気をなくしていた連盟も重い腰を上げてミサがつけてくれた火を消さないためにも、まずはガンプラを利用した商店街づくり計画を始めていて、会社とも交渉を行っている様子だ。
「サクラさんも、頑張ってるじゃないか。この前のインドの大会での試合、すごかったよ」
「負けはしたけれどね。本当に世界は広いわ。サポートメカを使うことも考えないといけないのかしら」
「サポートメカ、か…あると便利だけれどね」
ガンプラバトルシミュレーターの最近のアップデートで追加されたサポートメカシステムはサブフライトシステムやミーティアのような追加装備や補助機体で、一つのガンプラに対して1機だけ同行することが可能というものになっている。
初心者の場合は作戦行動範囲拡大や推進剤の節約のためにドダイ改やウェイボートなどのサブフライトシステムを採用することが多いが、ある程度成熟したファイターはサポートメカにモビルスーツ用の装備や追加装甲を取り付けることで、かつてのストライクやインパルスが行った空中換装を可能にし、かつてのガンダムバトルのゲームで見せた連続換装攻撃などもできるようにしている。
最も、サポートメカについてはマニュアル制御が必要となり、戦闘中にサポートメカを操作することが困難であることから、本体の動きに集中するためにあえてサポートメカを採用しないというファイターもいるとのことだ。
勇太もサポートメカの存在を知り、それが生かせるならとゲーティアに改良を加えていたが、結局ウィルとのバトルまでには間に合わなかった。
「サクラさんはどうするの?まさか、このエアリアルでサポートメカを作るとか?」
「それも面白そうだけれど…どうするかは内緒よ」
「へえ…新しい機体が出るようになるってのかい。その…なんだって?」
「追加プログラム、アドオンデース」
ゲームセンターの裏にある事務室でイラトと向き合うように座る黒いスーツの男性がノートパソコンを彼女に見せながら、アドオンについて説明する。
瞳や肌の色からは中東系と思われるが、流ちょうに日本語を話している。
ブッホ・プラグラミング社のナジール・アル=タラムと書かれた名刺がイラトの手にあり、最初に名刺を受け取った時は聞いたことのない会社に外国人の営業マンということで、あまり乗り気にならなかったものの、彼の言う新しい機体の出るプログラムには心が惹かれた。
ゲームセンターで最も多くの売り上げを出すシミュレーターをさらにバージョンアップさせれば、もっとイラトの財布に金が入る。
商店街に客が増えてきて、この流れにさらに乗りたいというタイミングでいい話を聞いた。
一昔前はパソコンゲームでユーザー達を中心にお気に入りのゲームに適用可能なプログラムを作成することがはやっていた。
MODと呼ばれるそれについての反応はゲーム会社によって異なり、とあるゲーム会社はパソコンだけでなく、通常のゲーム機にもMODを導入できるようにし、とあるゲーム会社では自社のゲームの価値を守るなどの理由でMODに対しては排他的な傾向にある。
ガンプラバトルシミュレーターの場合はチートの問題からMODを許可するか否かについて賛否両論があった。
その結果として、MODは認められないものの、既存のシミュレーター内部のプログラムを拡張するアドオンは認められることとなり、シミュレーターを管理しているバンダイやバンダイから許可を受けた個人や企業がアドオンを作成し、それらを導入しつつある。
あいにく、イラトの場合はそういうプログラムを作れる知り合いはカドマツくらいだが、彼は本業とガンプラチームのエンジニアで手一杯だ。
おまけにタイムズユニバースではようやくガンプラバトルシミュレーターが設置されるようになり、傘下の企業でアドオンの開発が行われつつあるという話を噂で聞いている。
「ブッホ・プログラミング社製のアドオン『Build Beginning』は世界中で導入されていマース。そして世界中からお便りが届いておりマース。例えば…」
ナジールがタブレット端末で記録しているお便りのデータを1つ引っ張り出す。
そして、表示された文字を読み始めた。
「先日、ウチのワイフと些細なことで喧嘩になっちまったんだ。このままじゃ、家庭が冷え切って今年の冬を越せそうにないんだ。そこで僕は自慢の金時計を質に入れて、このアドオンをプレゼントした。しかし、妻は僕の金時計に合う鎖を買うために、彼女が大切にしていたガンプラバトルシミュレーターを売ってしまったんだ。結局、僕らが送りあったものは無駄になってしまった。けれど、2人の愛を再確認することが…これ、読むお便りを間違えてマース」
応接室が冷たい空気に包まれ、痛々しい静寂がナジールに突き刺さる。
そんな中で口を開いたのはイラトだ。
「まあ、儲かるってんだったらなんでもいいさ。そのアドオンっだっけか、好きにやっとくれ」
「ありがとございまーす!」
「どうせ入れるんなら、とびきり難しい設定にしとくれ。その方がもうかるからねえ、ヒャヒャヒャ!!!」
「アドオンかぁ…。いろんな設定のステージがあるっていうのは面白いけど、バンダイも管理が大変になるだろうね」
(まあ、それも織り込み済みでやってるんだろうさ。ウチもいろいろアドオンを作ってるけど、やはり先を越されまくりで正直苦戦してるよ。まあ、新しい領域だし、やるだけのことはやるさ)
テーブルに置いてあるスマホから聞こえるウィルの声に耳を傾けつつ、勇太はジオラマを作成する。
サクラに注意されてからは接客を頑張ったため、今はやり残したところを作ることで、明日に間に合わせる。
あの決戦を終えてから、時折勇太は電話番号を交換したウィルと電話でやり取りをしている。
ガンプラバトルの世界に戻ったウィルはミスターガンプラから自分の後継者にならないかと言われたが、タイムズユニバースのCEOとしての責務を理由に断り、その代わりに経営者としてガンプラバトルの面白さをできる範囲で伝えていくことを決めた。
アドオン開発の開始はその手段の一つで、世界選手権での功績がいい宣伝手段になったが、それでも既に開発を始めているライバル会社の存在から苦戦している。
(まあ、僕の話はいいんだ。それで、君たちはどこまで進んだのかな?一緒に住んでるんだろう?)
「え、ああ…それはその…」
(はは、いつか日本に来た時にでも聞かせてくれ。じゃあね)
歯切れが悪くなった勇太の反応を笑ったウィルが電話を切り、スマホをポケットに入れた勇太はため息をつく。
実際にどこまで進んだのかを言ってしまっては、次の対戦でそれをネタにされるかもしれない。
それで動揺するのを彼は見逃さないだろう。
それに、そのことを話すのはあまりにも恥ずかしく、思い出すだけで頭の中が沸騰してしまう。
「勇太くーん!ごはんだよー!」
「あ、はーい!今行くよー!」
下から聞こえたミサの声。
はたから見ればもはや家族のような会話をした勇太は部屋を出て、ミサとユウイチの待つ居間へと向かった。
「アドオン、かあ…。まあ、ライバルが多い分燃えるっていうのもあるけどね」
電話を終えたウィルは背もたれに身を任せつつ、今後の展開を考える。
やはりガンプラバトル事業に新規参入し、同時にアドオンにも関与することについては、既に事業にかかわっている会社と比較すると出遅れてしまうのは明白だ。
タイムズユニバースの技術や規模を生かした、良質なアドオンを開発することはできるだろうが、ライバルは世界中に存在し、それは企業だけでなく個人も存在する。
この熾烈なガンプラバトル業界は頭を使うことにはなるが、いい刺激にも感じられた。
「それにしても、問題はバイアスだ。あいつはどこへ行ったんだ…?」
軌道エレベーターの事件は最悪の場合は宇宙開発をとん挫させかねない事件で、現在バイアス一味は国際指名手配されており、最近になってバイアスの協力者や部下が逮捕されたという話は聞くが、肝心のバイアス本人の行方が分からない状態だ。
逮捕した協力者もバイアスがどこにいるのかわからない様子と聞く。
「奴の暴走は僕の責任でもある。インターポールが動いても難しいとなれば…」
サポートメカのルール
世界選手権終了後に行われたアップデートにより、これまではステージごとに設置されていたサブフライトシステムなどのサポートマシンをファイターが自作し、ガンプラと同時に出撃させることが可能となった。
ただし、無制限にサポートメカを出撃させることができるわけではなく、以下の制約が設けられている。
●同時に出撃できるサポートメカはファイター一人につき1機まで。
●オートパイロットにすることはできず、サポートメカについてもマニュアルで操縦する必要がある。
●サポートメカはサブフライトシステムやオーキスのようなアームドベースなどを指し、モビルスーツやモビルアーマー、戦艦、SD機体をサポートメカとすることはできない。
●PG機体を使用する場合はサポートメカを使用できない。