「ちっくしょおお!!なんだよ、チートでも使ってんのかよぉ!?」
シミュレーターから出てきたタイガーが悔し気に壁に拳をたたきつける。
そして、そのあとで出てきた勇太はそんな彼をじっと見る。
「初心者としか勝負しないんじゃあ、この程度だよ」
「てんめぇ…」
「世の中には強いファイターがたくさんいるんだ。そんなことばかりしていたら、おいていかれるよ」
そういいながら、呆然とするタイガーからグシオンを取り上げ、子供に返す。
「それから、泥棒は犯罪だよ。こんなことをする人を、ファイターとしても男としても認められない」
荷物を手にした勇太は周囲の人々に騒がせてしまったことを詫びてからゲームセンターを出ていく。
彼が出ていく姿をタイガーはじっとにらみつける。
「あの野郎…つぶしてやる…!」
「はあ…やっちゃったよ…」
商店街の中にある公園のベンチに腰掛けた勇太は落ち込みながらバルバトスとまだパーツが残っている箱を見た。
仕方ないとはいえ、もう2度とやらないと決めていたガンプラバトルをある意味ではしょうもない理由でやってしまった自分に後悔した。
問題はバルバトスをどうするかだ。
「…さっきのプラモ屋に飾ってもらおうか…」
「あー!ここにいたー!!」
「うん??」
バルバトスをベンチに置き、声が聞こえた方向に目を向ける。
そこにはミサの姿があり、嬉しそうに勇太のもとへ駆け寄る。
「ねえ、君だね!!タイガーをコテンパンにしてくれたファイターって!すごかったよー、素組みで、更に武器がメイス1本なのに、あんなにできるなんてー!!」
ニコニコ笑いながら、勇太をほめたミサは彼のそばにあるバルバトスを手に取る。
「へー、バリの処理をしっかりしていて、シールの場所も正確。ビルダーとしてもいけるんだねー」
「その…君は、いったい…」
「ああ、ごめんごめん!!私はミサ、井川美沙っていうの!君の名前は?」
「…沢村勇太」
「勇太君かぁー。ねえねえ、君はどこかのチームに入ってたりするの??」
「いや…入ってないし、そもそも僕はファイターを辞めたんだ」
辞めた、という言葉に首をかしげるミサ。
立ち上がり、リュックを背負った勇太はすぐに公園を離れようと歩き出す。
「ねえ、どうして辞めたの!?あんなに強いのに!それに…この子はどうするの!?」
ベンチに置きっぱなしにされているバルバトスと箱を手にし、去っていく勇太に問いかける。
「君には関係ない。それから、バルバトスは仕方なく作っただけだ。いらないんだったらあげるよ」
振り向くことなく、そう答えた勇太はそのまま商店街を出ていった。
「あげるって…。はぁぁ…」
バルバトスを手にしたまま、しょんぼりしたミサは彼がいたベンチに座る。
(あーあ。スカウトできなかった…。このままだと商店街は…)
「ただいまー…って、言っても誰もいないか」
駅から歩いて10分のところにあるアパート、『彩渡第1アパート』の203号室に入った勇太はリュックサックを部屋に置き、居間のテレビのそばにおいてある写真を見る。
自慢げにトロフィーとブルーフレームを手にし、額のゴーグルをつけた勇太そっくりで18歳の少年がそこには映っている。
「…勇武…兄さん…」
ゆっくりと写真の前でしゃがむと、買ってきたサイダーを置いて手を合わせた。
そして、彼と過ごした日々を思い出した。
「そうだ、こうすれば楽のバリを処理できる。やればできるじゃないか」
ゆっくりと切り取ったパーツのバリを取った幼い勇太の頭を勇武が撫でる。
「でも、兄さんのほうがすごくうまいよ…」
「おいおい、お前ぐらいの年のときはすっごく下手だったんだぞ?きっと、俺ぐらいの年になれば、あっという間に追い越しちまうんじゃあないか?」
そういって、勇武は笑いながら自分が使うガンプラ、ブルーフレームの手入れを行う。
勇武は10歳年上の、勇太の兄だ。
彼は当時住んでいた愛知県の県内大会に優勝し、全国大会でも上位を争うほどの実力を持ったファイターで、当時の勇太にとってはあこがれの的だった。
ガンプラバトルも兄の影響で始めており、戦い方やガンプラの作り方などは彼から学んだ。
絶体絶命のピンチになると、青い光を全身から放って圧倒的な性能差を覆す場面があることから、当時のマスコミは彼に『青い閃光』の異名をつけた。
なお、クロスボーン・ガンダムシリーズにも同じ異名のパイロットがいるのだが、決して堅物でもロリコンでもない。
そのころの勇太の目標は自分のガンプラで勇武に勝つ、そして一緒に世界大会で優勝することだった。
あの日が来るまでは…。
それは、10年前の全国大会の2日前のことだった。
「母さん、勇太の様子は??」
「ひどい熱だわ…。お医者さんの話だと、ただの風邪だから2,3日休めば元気になるって…」
「そうか…。だったら、1回戦は俺1人でどうにかしないと…」
その年は兄弟一緒にタウンカップとリージョンカップを勝ち進み、全国大会への切符を手にしていた。
だが、今日は勇太が風邪をひいて寝込んでしまっている。
全国大会のある名古屋へは電車で行く必要があり、駅へ向かうバスの時間を考えると、すぐに出発しなければ間に合わない。
「勇太のことは私が見てるから、勇武は大会のことだけに集中なさい」
「了解。じゃあ、勇太を頼むな。母さん」
「それから、駅に着いたらちゃんと…」
「連絡、だろ?わかってるよ」
そういうと、勇武は近くのバス停まで歩いて行った。
「ふう…遅いわね…」
出発してから2時間が経過しても、勇武が電話に出ないことを母は心配していた。
こちらから電話しても、なぜかつながらない。
「はあはあ、母さん…のど…」
「はいはい。これから持ってくるわ」
そういうと、退屈しのぎになるかもと思い、母は彼が寝ている部屋に置いてあるテレビをつける。
偶然にも、地元のニュースを伝える番組だった。
女性アナウンサーがCM中に新しい紙を受け取ったようで、手元にある紙の並べ替えを終えた後でしゃべり始める。
(ええ、これは今はいったニュースです。愛知県T市H駅へ向かうバスの真横に飲酒運転をしたドライバーが乗る乗用車が突っ込むという交通事故が発生しました。バスの乗客や運転手、ならびに飲酒運転していたドライバーに重傷者が出ています。また、バスの乗客と思われる10代後半の少年が心肺停止の状態で、現在T市民病院で治療を行っているとのことです)
「このバスって…」
ニュースの内容からして、勇武が乗っていると思われるバスかもしれないため、母親の顔が青くなる。
そのニュースと同時に母親の携帯が鳴る。
「はい…沢村です。…ええ、母親です。…えぇ!?そんな…!!」
「運が…なかったんだね。まさか、兄さんが乗っていた場所にダイレクトにって…」
その日のうちの、勇太は母親、そして会社を早退した父親と一緒に市民病院へ行って、そこで勇武の遺体と彼の遺品であるボロボロなブルーフレームを目にした。
肉親であり、目標である兄を失った勇太はガンプラバトルから離れていった。
死んだ兄との思い出がよみがえってしまうことを恐れて。
それから、彼は夢も目標もなく、無気力で流れるままに10年の時を過ごした。
高校もなんとなく選んだだけで、これからの未来を考えることもなくしてしまった。
「はぁ…疲れた…」
商店街を出た後、タイムズユニバース百貨店で必要なものを買いそろえるのに時間がかかり、すっかり疲れ切っていた勇太は起き上がると、炊飯器の中のご飯を使ったタマゴかけご飯を作り、一気にかきこんだ。
そして、風呂に入らず、パジャマに着替えないで畳の上で横になった。
そして、彩渡高校始業式の日の朝…。
「彩渡高校…ここが僕の新しい場所か…」
私服姿の勇太が廊下を歩き、自分が入るクラスの教室を探す。
この高校では生徒の自主性を尊重しており、制服がない。
そのため、全員が私服で登校している。
みんな始業式の前に教室で待機することになっている。
また、転校生が入る場合は前もって教室で担任が紹介する。
「2年A組は…ここか」
「あれ…?勇太君??」
「え…!?」
聞き覚えのある少女の声を聴いた勇太は慌てて左に目を向ける。
そこには公園、厳密にいえばゲームセンターで出会ったミサの姿があった。
「ま、まさか…2年…A組…??」
「うん」
「この、高校の…??」
「そうだよ」
改めて、世間が広いようで狭いということを実感した勇太だった。
機体名:ブルーフレーム
形式番号:MBF-P03
使用プレイヤー:沢村勇武
使用パーツ
射撃武器:強化ビームライフル
格闘武器:ビームダガー×2(ピクシー)
頭部:ブルーフレーム
胴体:ブルーフレーム
バックパック:νガンダム(ダブル・フィン・ファンネル装備)
腕:ブルーフレーム
足:ストライクガンダム
盾:対ビームシールド
10年前の勇武が使用していたガンプラ。
原作では1発しか打てない強化ビームライフルだが、追加のエネルギー・ビーム変換器をカートリッジ型に切り替えたことで、容易に交換して再使用できるようにしただけでなく、最低3発は同じもので打てるようになった。また、バックパックにはダブル・フィン・ファンネルが搭載されており、これらは一度放つと回収不能であるものの、長時間の使用が可能となっており、時にはバリアを展開するなど攻防一体の活躍が期待される。現在は形見として勇太が所持しており、最低限の修理がされているものの、これがガンプラバトルに出たという記録はない。