「うーん、このパーツだと確かに火力は上がるけど、燃費のことを考えると…」
「燃費なら、短期決戦で勝てば問題ないよ!」
「モビルアーマーやPG機体と戦うことになったら、そうは言ってられなくなるよ!」
ミサの家で、勇太とミサがアザレアの改造について朝から議論を行っている。
ジャパンカップは夏休みに入る7月下旬に行われるため、2か月近く時間がある。
ジャパンカップ出場権を手に入れたチームはそれぞれ自分のガンプラの改造を行ったり、シミュレーターに入り浸ったりして準備を進めている。
日本一になれるか否か、それはこの2か月の積み重ねにかかっている。
「でも、レールガンのままだと弾数が…あ…」
急にミサのおなかが鳴り、お互いに会話が止まる。
朝から議論と改造をしていたせいか、2人とも何も食べておらず、そのせいでミサのおなかの音は勇太にまで聞こえていた。
「ええっと、もう2時か…。その、何か食べに行く?」
今日はユウイチが町内会の旅行に行っているため、家にいるのは2人だけで、ミサの勉強机の上には彼が昼ご飯代として置いてきた2千円がある。
そのお金があれば、どこか安い外食店で一緒に食べることができるし、そんなに食べないのであれば、マチオの肉屋でから揚げやコロッケ、メンチカツといった商店街ウォーク醍醐味のものを買ってもいい。
だが、ミサは返事をしない。
「あの…ミサちゃん」
「…うわああああん!!勇太君のバカぁーーーー!!こういう時は何も言わずにそっとしておいてよぉーーー!!」
「えええ!?!?」
突然泣き始めたミサはお金をもって部屋を飛び出していく。
あまりにも急なことで動くことができなかった勇太は呆然と開けっ放しになったドアを見ていた。
(もしかして、こういうのって気にするのかな…?)
「もう、勇太君のバカバカバカ!!」
商店街を出て、表通りを歩くミサは頬を膨らませながら勇太への不満を漏らす。
勇太とチームを組んでから1か月以上経過し、彼の人となりはある程度理解できるようになった。
女の子の心境をあまり理解できていないということも少しはわかっているが、それでも不満を持ってしまう。
「こうなったら、勇太君の分も食べちゃうもん!!」
「ティッシュいかがですかー?」
どこのファミレスで食べようかと考えながら、ミサは声が聞こえた方向に目を向け、ティッシュを手にする。
だが、その人物の顔を見た瞬間、お互いに固まってしまう。
「「あ…」」
ミサの目に映っていたのは、駅の近くにある飲み放題付きカラオケ店の制服を着たサクラだった。
「お待たせしましたー。こちらはランチのポークカレードリアでございます」
ウェイトレスが持ってきたドリアをサクラは大急ぎで食べ始める。
食べ終えると今度はドリンクバーで何度も野菜ジュースを入れては飲みを繰り返していた。
「す、すごく…おなかがすいてたみたいですね…」
ひきつった笑みを浮かべつつ、ミサはハンバーグを食べ始める。
ランチメニューであるため、価格はいつもよりも安くなっていた。
「それはそうよ…。路銀がなくなっちゃったから…こうして、アルバイトを…」
「でも、なんで愛知に帰ってないんですか?」
ミサにとっての疑問はそれだ。
勇太が前に住んでいたのは愛知で、サクラとミサが出会ったのは1週間前。
リージョンカップも終わったため、愛知へ帰ってもいいはずだ。
「観光よ。せっかく東京へ来たんだし…」
「アルバイトしながら観光って…」
確かにリゾートバイトという、旅行しながらバイトをしてお金を稼ぐというのはある。
しかし、それでティッシュ配りのバイトは聞いたことがない。
それに、東京都内でのリゾートバイトの場合は時給が1000円以上であることが多く、ここまでおなかをすかせることはないはずだ。
(もしかして、勇太君のことが気になって…)
「ん…ハクション!!」
ミサの部屋の中で、独りぼっちになった勇太がくしゃみをする。
(誰かが噂してるのかな…?って、それよりも、ミサちゃん…そろそろ帰ってきてもいいころ合いなんだけどな…)
「じゃあ、どこで泊まってるの??」
「ネット喫茶で」
「めちゃくちゃ体に悪そう…」
ネット喫茶は2000円近くの出費で寝泊まりできるうえにドリンク飲み放題なところが多く、ネットや漫画があるため、ある程度娯楽を楽しむことができる。
しかし、シャワールームの使用時間は限られているうえ、当然のことながら風呂もベッドもない。
きちんと睡眠をとるという点ではカプセルホテルと比較するとかなり見劣りがある。
そんなところに年頃の女の子が1人で寝泊まりするのは危ない。
「言い返せないわね…。結果としてあなたにおごられる形になったんだし…」
「あ…そうだ!ウチに泊まっていくのってどうですか??」
「…え?」
突然のミサからの提案に困惑する。
以前、ミサとガンプラバトルをしたときに、彼女に大きなダメージを与えている。
それにもかかわらず、そんな相手に家へ泊ることを提案するミサの考えが彼女にはよくわからなかった。
「その代わり、私にガンプラバトルとガンプラの作り方を教えてください!!」
「ええっ!?な、なんでジャパンカップで戦う相手にそんなことを教えないといけないの!?」
「そんなこと言って、またおなかペコペコになったらどうするの?」
ミサの指摘にサクラは口を紡ぐ。
現在、サクラの財布に残っている残金はネット喫茶での宿泊費を除くとたったの17円。
そのお金では当然食費を賄うことなんてできるわけがなく、週給とはいえ、次の給料日まで4日残っている。
腹を空かせて倒れてしまったとなると、首は避けられないし、それからまたバイトを探さないといけなくなる。
ネット喫茶に泊まるお金で愛知へ帰ればいいのに、という意見もあるが、今の彼女にはそのような選択肢はない。
背に腹は代えられない。
「それに、サクラさんの言う通り、今の私は弱いから…。勇太君と一緒に戦うためにも、もっと強くならないと…」
サクラとの戦いでの敗北、そして勇太とのガンプラを交換してでのバトルで、ミサは自分の力不足を実感し、自分のまだ気づいていない力も実感した。
サクラを倒し、日本一になるために、是が非でも強くならなければならない。
ミサはじっと打算のない純粋なまなざしをサクラに見せる。
「…その眼、勇太にそっくりね」
「え…?」
「いいわ。ただし、1週間だけよ。それから…もう1品注文させて。それなら、応じてもいいわ」
「…はい!!」
「それから、敬語はいいわ。それに、私のことはサクラって呼んで」
ウェイトレスを呼ぶベルを鳴らし、サクラはメニューを開いて何を注文しようか考え始めた。
「うん…ありがとう、サクラ。ってあれ?何か忘れてるような…ああっ!!!」
あることを忘れていたミサはハッとして椅子から立ち上がる。
次第に顔を青くしながらサクラを見る。
「どうしよう、サクラ…」
「…どうか、したの?あ、次は野菜がたくさん入ったミネストローネを…」
「はい、かしこまりました」
注文を聞いたウェイトレスは笑顔で返事をし、厨房へと戻っていく。
「…勇太君のご飯代も使っちゃった…」
「おなかすいたなぁ…」
机の上に置いてあるHGガンダムバルバトスルプスレクスの箱を見ながら、勇太はつぶやく。
家に帰っても食材がなく、これが終わった帰りにマチオの店で肉を買い、近くにあるスーパーで調味料や野菜を買おうと思っていた。
このまま腹をすかせた状態でガンプラを作っても失敗するだけだ。
「腹が減ってはガンプラバトルはできぬ…ってね」
幸い、自分の財布は持ってきているため、マチオの肉屋で唐揚げを買おうと思い、立ち上がろうとする。
「ただいまー…」
「あ、帰ってきた?」
1階からミサの声が聞こえ、勇太は再びその場に座ってミサを待つ。
数分するとドアが開き、そこにはミサとサクラの姿があった。
「あ、ミサちゃん…サクラさんまで…」
「またあったわね、勇太」
「ええっと、勇太君、あの…そのー…」
「ミサ、ちゃんと言わないとダメよ?」
フゥ、とため息をつきながらサクラはミサに諭す。
自分が食べた分の代金の正体については帰宅中に説明されており、こんなことになるのなら、意地でも断ればよかったと後悔した。
「勇太君、ごめんなさい!!勇太君のご飯代、全部使っちゃった…」
「…ええっ!?まさか…サクラさんに…??」
サクラがいるため、まさかと思いながら聞いた勇太の言葉を肯定するかのようにミサは首を縦に振る。
やっぱり、と思いため息をついた勇太は財布を手に取る。
「あの…勇太君?」
「適当に買って、食べてから帰ってくるよ…」
それだけ言い残すと、勇太は部屋を出ていく。
怒ってはいないが、少しがっかりしている様子で、それがミサの罪悪感を増幅させる。
(ほんっとうに…ゴメン!!今度何かおごるから許してね、勇太君!!)
「ごめん、勇太君!先帰ってるね!!」
「あ、うん…」
翌日、ホームルームを終えて下校時間になるとミサは真っ先に教室から飛び出していく。
さっそく今日からサクラによるミサの指導が始まる。
なお、サクラが泊まることについてはユウイチが快く合意した。
というのも、ミサと勇太の友達である彼女を放っておくわけにはいかないかららしい。
「にしても、すげえなあ。沢村と井川って。リージョンカップ突破して次はジャパンカップかぁ」
「ラッキーなことが多かったからね…」
「謙遜するなよ。もしかして…愛の力ってやつか?」
「あ、愛!?!?」
冗談半分に言われた言葉に勇太が顔を真っ赤に染める。
勇太の脳裏にはリージョンカップ優勝の打ち上げの時のことが浮かんでいる。
間違えてお酒を飲み、酔っぱらってしまったミサがあんなに大胆なことをしてきて、その時はものすごくドキドキした。
「で、実際のところはどうなの?沢村君!」
「ミサちゃんとはチームメイト以上に男女の…」
「う、うわあああああ!!!!!」
悲鳴を上げた勇太はカバンをもって教室を飛び出していった。
イラトゲームセンターのシミュレーターでは、ミサとサクラが乗り込んでいて、南極で模擬戦を行っていた。
「くぅぅぅ…!」
「違う、パターン化してる。そんなんじゃ、すぐに次の攻撃を読まれるだけよ」
ガンダムヴァーチェのバックパックに換装し、ミサイルポッドやフラッシュバン、マイクロミサイルランチャーといった実弾型のオプションパーツを取り付けたアザレア、アザレアパワードから発射されるミサイルの雨をサクラが操るジム・スケーターがフィギャスケートをするかのように華麗に滑りながら回避する。
より火力を増したアザレアに対して、ジム・スケーターは極限まで装甲を削っており、両足にはその名の通り、フィギュアスケートのスケート靴のパーツが取り付けられている。
百式のような避けて当てるという動きを想定したもので、武装もライフルとダガーナイフのみというシンプルな形となっている。
「だったら…!」
「読みやすいのよ、あなたの動きは!!」
GNキャノンを発射しようとしたアザレアの足場がライフルで崩される。
体勢を崩した状態で発射されたビームはどんなに火力があろうとあたるはずもなく、あらぬ方向へ飛んでいき、ガンペリーの残骸に命中した。
「もらったわ!!」
ダガーナイフを左手に握ったジム・スケーターが上空へジャンプし、そのまま転倒したザレアの胴体に馬乗りになる。
そして、コックピットめがけて刃を突き立てた。
ミサの敗北によってシミュレーターが終了し、2人は出てくる。
「相手は貴方の思惑通りに動かない。今回の場合は私に対する攻撃ではなく、氷を壊すことを考えれば、動きを封じ込めることができたわ」
「くうう…もう1戦お願い!」
「いいわよ、あなたの気が済むまで」
「ウヒャヒャヒャ…これはいいねえ。青春ってもんさぁ」
お金を投入し、再びシミュレーターに入った2人を見たイラトが嬉しそうに笑いつつ、そろばんを弾く。
「青春、ですか?」
「そうだとも。若いもん同士、ライバル同士が切磋琢磨してお互いに高めあう。これが青春と言わねえで難になるんだい?」
青春について語ってはいるものの、本音はこうしてバンバンお金を落とす2人の客の存在がうれしいだけなのだろう。
インフォはそれを口にすることなく、ほかのゲーム機の点検を開始した。
対戦格闘ゲームのチェックを開始したインフォがプログラムチェックのためにマニピュレーターをセットすると、一瞬だけブルッと体が震えた。
「うん?どうしたんだい、インフォ。ロボットのくせにさむがって」
「…いえ、なんでもありません(なんでしょう…さっきの感覚…?)」
インフォはチェックを終えると、体内のプログラムの簡易点検を開始するが、特に問題はない。
気のせいだろうと思った彼女は、ガチャポンの景品の補充を始めた。
機体名:ジム・スケーター
形式番号:RGM-79S
使用プレイヤー:凛音桜
使用パーツ
射撃武器:専用ライフル
格闘武器:ダガーナイフ
シールド:なし
頭部:ジム改
胴体:ジム改
バックパック:アクア・ジム
腕:ジム改
足:ジム改(スケート靴装備)
ジム改を南極のような氷上戦用に改造したガンプラ。
機体の装甲を極限まで削り、更に両足に自作のオプションパーツであるスケート靴を装備したことで、氷上ではファイターの腕次第ではプロのスケーターのような動きをすることが可能で、そのスピードとリズムによって相手の攻撃を回避する。
装備されている専用ライフルは従来のライフルと比較するとかなり切り詰めた形となっており、発射口が2つになっている。
上は実弾を、下はビームを発射でき、柔軟な対応ができるようになっている。
バックパックがアクア・ジムのものとなっており、水中用チューンも施されているため、水中戦も可能ではあるが、装甲を削ったため、ほかの水陸両用型モビルスーツと比較すると長時間深海で行動することができなくなっている。
なお、サクラのガンプラ共通の特徴として、色彩は白が中心で、乱れ桜のペイントがある。