「勇太君と…?」
「そう、私は勇太と一緒にガンプラバトルをやっていたファイターよ」
「ということは、サクラさんも勇太君のお兄さんからガンプラバトルを?」
「当然よ、あの人は私の目標なんだから…」
勇武から教えられたのであれば、ミサもサクラの強さに納得できた。
彼の弟である勇太の実力を、近くで見続けてきたミサ自身が何よりも知っているのだから。
「まったく、わからないわね。勇太がどうして、あなたみたいな弱い子と一緒に戦おうと思ったのか…?(どうして、私と一緒に戦おうって思ってくれなかったのか…)」
勇武の葬式のときの勇太の顔を思い出す。
その時の彼は完全に気力を失ってしまっていて、火葬場までいき、遺骨を納める時も表情1つ使えることがなかった。
兄と一緒にバトルをして、ガンプラを作っていた時のあの元気な笑顔はもう2度とみられないものと思っていた。
「弱い、弱いって…。確かに今はあなたに勝てないくらい弱いかもしれない!!けど…!」
「けども何も、仮にリージョンカップを突破したとしても、あとどれだけの時間が残っているのかわかっているの?」
リージョンカップが開催され、すべての地域で優勝者が決まるのは5月下旬。
そして、ジャパンカップが開催されるのは夏休みが始まってから1週間後に当たる7月下旬。
つまり、強くなるまでの時間はあと2,3か月程度しかない。
「ちなみに、私はシード、つまり委員会推薦枠で今回のジャパンカップに出場するの。リージョンカップへの出場が免除されてる。そして、予選なしで本選への出場が約束されているわ。それがどういう意味か…分かっているわね?」
ジャパンカップは47都道府県の代表チームに加えて、運営委員会が推薦した1チームが予選と本選で戦うことになる。
だが、推薦基準が非常に厳しく、過去数年にわたる公式・非公式問わず、すべての大会の記録を見られ、さらには委員会に作ったガンプラを1つ提出(といっても、審査後は速やかに返却される)しなければならない。
そのため、ほとんどの人は最初から委員会推薦でジャパンカップに出場しようとは思わないし、むしろそれよりも地道にリージョンカップ優勝での出場のほうが近道になる。
だからこそ、推薦されるということはかなりの実力があるということを意味する。
「つまり、私に勝てないようでは…日本一なんて無理、ということよ」
「くうう…」
ジャパンカップに出場したことがないミサでも、推薦枠で出場したチームの実力はよくわかっている。
推薦枠のチームは毎回のように決勝に進出しており、優勝もしくは準優勝の常連となっている。
「それじゃあ…ミサさん」
サクラは屋上を後にする。
1人残されたミサのジャケットの中にあるスマホが鳴る。
相手を確認しないまま、ミサは電話に出る。
「もしもし…」
(もしもし、ミサちゃん??ごめん、さっき電話に出られなくて…)
「勇太…君?」
相手が先ほど電話に出ることがなかった勇太であったことに驚く。
サクラの話しぶりで、彼女に何かをされたものだと思っていたため、その驚きは大きい。
といっても、彼女が勇太の元仲間ということを知った後から、本当に何かをしたのかという疑いを抱いていたのだが。
(さっきまで風呂に入ってて…それで、何かあったの??)
「…ううん、なんでもない。なんでもないよ…」
消えていくような小さな声で返事をしたミサはそのままスマホを切る。
スマホを強く握りしめ、ミサは必死に涙をこらえ続けた。
「もしもし…。ごめんなさい。無理を言ってしまって。ええ、シミュレーターの撤去、お願いします。はい、はい…じゃあ、あとは…」
歩きながらどこかと電話を終えたサクラは勇太が住んでいるアパートの前で足を止める。
勇太がいる部屋の前に来たサクラはインターホンを鳴らす。
「はいー!」
中から声が聞こえ、すぐにパジャマ姿の勇太が出てくる。
「え…?サクラ、さん?」
「久しぶりね、勇太」
驚きながら彼女を見る勇太をサクラは無表情で見つめていた。
「…」
「…」
折り畳み式のテーブルの前に置かれた座布団の上に座るサクラと冷蔵庫からコーラを出す勇太はずっと無言のままだった。
コップを2つだし、その中に氷を入れ、そのあとでコーラを入れてテーブルに置く。
おかわり用に、コーラが入ったペットボトルも置いている。
「…ごめん」
「ごめんって…何が?」
「その…ずっと、連絡入れなくってさ。それに…」
「それ以上は言わなくていい。わかってるから…」
勇太が入れたコーラを飲み、サクラは勇太を制止させる。
「…。ガンプラバトル、また始めたのね」
「…うん」
「なんで、私を誘ってくれなかったの?」
コップを置いたサクラは勇太に問いかける。
といっても、今のサクラが勇太と一緒に戦うことができないというのはわかっていることだ。
タウンカップ、リージョンカップの参加チームには同じ市もしくは県に住んでいる人間だけでメンバーを組むことが義務付けられている。
引っ越しにより、愛知から東京に移り住んだ勇太は当然、サクラと組むことができない。
頭ではわかっているが、どうしても勇太が自分ではなくミサを選んだことに納得することができなかった。
「それに、私には何も伝えないで…」
「1シーズンだけだよ。そういう約束をしたから…」
「1シーズンだけやって、本当に満足なの?」
突っ込まれた勇太は沈黙する。
最初はミサの熱意に惹かれる形でこうしてガンプラバトルをもう1度やるようになった。
だが、タケルとの戦いとロボ太やカドマツの加入、そして覚醒を自分で発動できるようにするための特訓をする中で、迷いが生じ、自分でもわからなくなっていった。
自分はミサのためだけにこうしてガンプラバトルをしているのか、それともガンプラバトルから本当は遠ざかりたくないのか、と…。
「勇太、チームの人数制限はPGやモビルアーマー、戦艦を使用する場合は2人、PG以外のモビルスーツを使う場合は3人。今、私たちのチームには1人だけ空きがある」
「…つまり、何を言いたいの?」
「今なら、あなたを私たちのチームに入れることだってできる。はっきり言って、彼女と一緒に勝ち上がるのは無理よ」
サクラのはっきりとした言葉を勇太は反論しなかった。
ジャパンカップを勝ち上がることを考えると、今の彼女では力不足であることは彼自身もよく分かっていた。
「あなたの戦い、見たわ。ブランクがあるけれど、それでもジャパンカップを勝ち上がれるだけの力がある、だから…」
「誘ってくれるのはうれしいよ。けど…今はできれば、ミサちゃん達と一緒に勝ち進んでいきたい…」
「勇太…」
「正直に言うと、1シーズンだけやって、自分の気持ちに区切りがつくか、よくわからない。それに…バトル中はいやでも兄さんのことを思い出してしまうし…。だから、確かめたいんだ。僕にきっかけをくれた彼女と一緒に…」
じっと、サクラの目を見ながら勇太は言う。
その目は勇武が生きている時に見せた、あれ以来見ることのなかった一途な光のこもった目だった。
「…そう」
決意は変わらないだろうと判断したサクラは立ち上がる。
「サクラさん、駅まで送って…」
「いいわ、それよりも…」
サクラはじっと立ち上がろうとしている勇太の目を見る。
「言ったからには、ジャパンカップで私と戦うまでは1回も負けないで」
そう言い残し、サクラは部屋を出ていく。
1人になった勇太はしばらく彼女が出ていったドアを見つめた後で、ベッドの上に置いているハロを手にする。
「…また1つ、負けられない理由ができちゃったな…」
ノートパソコンのキーを打ち、これまでのガンプラ制作及び戦闘データをまとめ始める。
翌日、リージョンカップ会場。
「ミサ!バックアップを頼む!」
「りょ、了解…!」
オーガスタ基地のフィールドで、ロボ太からの通信にたどたどしく答えたミサは高台へ向かい、レールガンの照準を合わせる。
リージョンカップ本選は1チームVS1チームでのノーマルバトルとなっており、タウンカップと同じ形となっている。
騎士ガンダムの前にはジム・ストライカー用の装備が施されたジェスタがいて、電磁スピアとツイン・ビーム・スピアが何度もぶつかり合う。
「くっ…SDガンダムにしては、やってくれる!」
「SDガンダムを舐めてもらっては困るな!!」
電磁スピアのビームガンが連射され、ジェスタの全身を覆うウェラブルアーマーがそれに反応して爆散していく。
「見えた!そこぉ!!」
照準合わせが終わったミサがレールガンの引き金を引く。
T字型の質量弾がまっすぐ飛んでいき、あろうことかロボ太の右腕ごとジェスタを貫いた。
「な…!?」
「嘘!?なんで!?」
ロボ太もミサも、まさかのフレンドリーファイアに動揺する。
そうしている間に、ミサの背後には銀色に塗装されたゴッドガンダムが現れ、サブレッグを赤く光右手でつかむ。
「しまっ…!!」
今になって、ミサはコックピット内に響く警告音の存在に気付いた。
やむなくサブレッグをパージし、ゴッドフィンガーが発動する前に離脱する。
「ミサ!!」
「こいつで、決めたみせるぅぅぅ!!」
既に左手のゴッドフィンガーの準備を終えていたゴッドガンダムがうつぶせに倒れたミサに迫る。
電磁スピアを投げたとしても、モビルファイターの高い反応速度と機動性の前では間に合わない。
「負ける…!」
「させるかぁ!」
ゴッドガンダムの左側にいた勇太のバルバトスの両腕に装備されているワイヤークローが発射され、左腕を拘束する。
そして、両足に装着されているビームガトリングガンが発射され、左腕の関節部分に数発が命中した。
「しま…!」
関節が破壊されたことで左腕が折れて、コントロールから離れたゴッドフィンガーのエネルギーがその左腕の中で暴走し、爆発する。
爆発によって2機のモビルスーツの表面が熱せられ、更に発生した閃光によってゴッドガンダムの視界が封じられる。
「おのれぇ、悪魔の名を持つガンダムめぇ!!」
「神様の名前をつけるよりはマシだと思うけど?」
両腕のワイヤークローの基部をパージしたバルバトスが視界が封じられたゴッドガンダムの両肩の上に立ち、両手には太刀が逆手で握られている。
そして、コックピットに向けて思いっきり刃を突き立てることでゴッドガンダムを撃破した。
(リージョンカップ1回戦第2試合、勝者は彩渡商店街ガンプラチーム!!)
「おいミサ…今回のお前、らしくなかったぜ?」
1回戦が終わり、チーム別に用意された控室に戻ったミサをカドマツが心配そうに見る。
フレンドリーファイアはどんなに対策しても、起こる可能性のあるものだということは分かっているものの、今回は相手がほぼ直線で動いており、騎士ガンダムとのサイズ差もあって、そうなる可能性の方が低いし、味方に当てずに敵を撃破することも十分に可能だ。
しかし、今回は見事に騎士ガンダムの右腕に命中してしまっている。
レールガンの威力を考えると、これで騎士ガンダムが撃墜レベルのダメージを負っても不思議ではない。
「…ごめん」
「ま、今回は勝ったからいいけ…」
「勝ったなら、勝ったならそれでいいの!?」
顔を下に向けたミサがカドマツの言葉に強い口調で反論する。
いつものようなふざけた感じではなく、さすがのカドマツも沈黙する。
「勝ったからって言って、こんなの…こんなの全然だめだよ!こんなんじゃ、こんなんじゃ…」
「ミサちゃん…?」
「ああ、ごめんね?ちょっと調子悪いから…外で空気を吸ってくるよ!」
ちょうどコーラを買って控室に戻ってきた勇太に顔を見せないように、ミサは控室を飛び出していく。
「ああ…あいつ、どうしちまったんだ?」
頭をかきながら、カドマツは彼女をどうすればよいのかと考え始める。
「…すみません、カドマツさん。おつり、ここに置いておきます!」
急いでカドマツの分のコーラとおつりの小銭を机の上に置き、勇太はミサを追いかける。
よほど急いでいたのか、置いた小銭は飛び散っており、何枚かは床に落ちてしまっている。
「勇太!?ったく、人様のお金は丁寧に扱ってくれよぉ」
床に落ちた小銭を拾うカドマツからは悩みが嘘だったかのように消えてしまっていた。
ここは自分がどうにかするよりも、一緒に戦うチームメイトが助けたほうが良いだろうと思ったためだ。
「さてっと…あいつらのためにデータを集めねーとな」
コーラを片手に、カドマツはテレビをつけた。
機体名:ジェスタ・ストライカー
形式番号:RGM-96FP
使用プレイヤー:リージョンカップ出場者の誰か
使用パーツ
射撃武器:ビームライフル(ジェスタ)
格闘武器:ツイン・ビーム・スピア
シールド:シールド(ジェスタ)
頭部:ジェスタ
胴体:ジェスタ・キャノン(ウェラブルアーマー装備)
バックパック:ストライカー・カスタム(ネメシス仕様)
腕:ジェスタ・キャノン(ウェラブルアーマー装備)
足:ジェスタ・キャノン(ウェラブルアーマー装備)
1年戦争末期に活躍したジム・ストライカーの戦闘データを基に設計されたジェスタの新たなバリエーション、という設定で作られたガンプラ。
元々高い拡張性を誇るジェスタは様々なオプションパーツを取り付けることが可能であり、ジェスタ・キャノンの増加装甲とストライカー・カスタムのウェラブルアーマーを装着することで高い防御性能を発揮している。
バックパックがストライカー・カスタムのものとなっているため、ツイン・ビームサーベルやバースト・ナックル、スパーク・ナックルといった多種多様な接近戦用武装の使用が可能で、近接戦闘で真価を発揮する。
しかし、接近戦主体であることから乗り手を選ぶ機体であり、パイロットとなると思われたトライスターのワッツもジェスタ・キャノンへの換装を希望したため、日の目を浴びることがなかったという設定も含まれている。