女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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七章は次回からです。


エミヤと同じ穴の狢(アルトリアウォーズ)

 激動の旅が終わり、地球に人類の歴史が戻ってから数週間が経過した。

 レフの爆破テロなど、もはや遠い昔の出来事のように感じるほどだったが、その一件による負傷者をようやく本土へ搬出できることになった。■■にあるカルデアよりも、本土の病院の方が療養に適している。一方で、特に負傷が酷かったAチームのメンバーは、未だそれに至ってはいなかった。

 グランドオーダー開始の時点で、職員の人数が大幅に減っていたカルデアだったが、未だに補充要員は来ない。カルデアの属する国連の本部が、時計塔や魔術協会への説明と対応に苦慮しているからだ。

 納得してもらうには、まだまだ時間が掛かりそうだった。立香を巻き込まないため、所長代理となったロマニ・アーキマンによる巧みな指揮で世界が救われたと報告したからだ。更に亜種特異点という悩みの種も出現したのだから、相手が後手に回るのも無理はない。

 少なくとも、直に特異点の修正任務が始まることだけは通達されていた。つまり、召喚もレイシフトも許可されている。

 初期から働いているエミヤだったが、特に影響もなく生活は特に変わらない。

 

 ──はずだった。

 

 何者かに攫われ、行く末を悟ったエミヤは、横抱きにされながらやれやれと言った様子で声を掛ける。

「今度は君か、セイバー・オルタ(アルトリア)

「この状況で軽口を叩けるとは、なかなかに肝が据わって来たらしいな」

 機嫌が良さそうな口調で、アルトリア・オルタは答える。

 現在カルデアの廊下を疾走しているが、背後からはもう一つの突風が接近していた。

 道中すれ違った職員は風の影響を受け、髪を手で押さえてはいるが、もはや見慣れたよくある日常の一幕なので特に気にしていない。

 迷惑が掛からないよう調節しているし、サーヴァントである彼女達が初歩的なミスをしないと信じているからだろう。

「褒め言葉として受け取っておこう。

 それにな、この状況の原因には心当たりがある」

「少しは改善されたか。少しだけ補足してやろう。

 ここには同じ顔が何人か居るが、誰が最も貴様に相応しいかを決める戦いだ」

「…………何を言っているんだ?」

 不敵に笑うオルタに対し、眉を顰めて理解が出来ないと言った様相のエミヤ。

「誰が一番かなど興味はない。アルトリアがどのような道筋を辿ろうと、そこに何の違いがある」

「貴様という奴は度し難いな……まったく」

 言葉とは裏腹に、その青白い顔は少しだけ赤かった。

「生憎と、今の私は君たちを蔑ろにするつもりがないものでね。寛大な心で許してもらいたい」

「……いいだろう。その言葉は私の胸にでもしまっておこう。

 ただ、シロウはそう思っていても、私たちからすればそうではない。何事にも偏りはある」

 アルトリアという少女は、我が強いが繊細な感性を持っている。選定の剣を抜かなければ、どこにでもいる少女だっただろう。記憶を引き継いでいる彼女なら、焼きもちの一つや二つは妬くだろう。

 そして、負けず嫌いだ。追手の暴風は、間近に迫っていた。

「さて、この状況をどう解決するか」

「心配はいらん。私が居る限り──」

 エミヤにそう答えるアルトリア・オルタだったが──

「安心してください」

 突然の声に、二人は意識を奪われた。

 

 はっと気が付くと、そこはベッドの上だった。

 体を起こしたエミヤだったが、横から声がかかる。

「気が付きましたか、シロウ」

「ああ、夢でも見ていた気分だ……」

 顔を向けると、ある意味で壮観な光景だった。

 純粋な聖剣の担い手──セイバー・アルトリア。その可能性の一つ──アルトリア・リリィ。聖槍の担い手──ランサー・アルトリア。反転したランサー・アルトリア・オルタ。そして、謎のヒロインX。更に、気を失って椅子に座らせられたアルトリア・オルタが居たからだ。

 あまりの情報量の多さに、言葉が続かない。

「気にしないで下さい。抜け駆けは厳禁という決まりですので」

 取り付く島もなく、有無を言わせぬ雰囲気を醸し出しているランサーのアルトリアにそう言われると、エミヤも従うしかなかった。

「どこかで聞いた話だ。

 それにしても、珍しい顔が居るな」

 納得することにしたエミヤは、話題を変えて疑問を呈す。その相手はヒロインXのことだった。

 アルトリア顔は全員倒すと息巻いている彼女が、大人しく同じ空間に居ることに違和感を抱いたからだ。

「あまり過激な発言をするとアホ毛(これ)の命が……いえ、なんでもありません。

 考え方を変えてみたのですよ。私がシロウのヒロインになることでアルトリア顔の連中を精神的に抹殺できるのだと」

 前半は小声で、後半は大声で発言した。周りからの鋭い視線もどこ吹く風と言った風体だ。

「叶いもしない夢は言うだけ空しいものだ」

「ほう、負け惜しみですか。受けて立つのも吝かではありませんよ」

「け、喧嘩はいけません。師匠も別の私も仲良くしましょう……」

 冷徹な眼差しのランサーオルタに対し、ヒロインXは余裕の表情だった。自信の根拠がどこから湧いてくるのかは、彼女のみが知っている。

 そんな一触即発の雰囲気を仲裁するのはリリィだった。おどおどしているようで芯の強い性格は、騎士王の片鱗を感じさせる。

「騒がしくてすみません、シロウ」

「気にしなくてもいい。部外者は早々に退場しよう」

 申し訳なさそうなアルトリアに断りを入れると腰を上げる。だが、立ち上がることはできなかった。

「……何の真似だ? セイバー」

「早い段階で結論付けるのはあなたの悪い癖だ。話はまだ終わっていませんよ」

 敢えてクラス名で呼んでは見たが、無駄な抵抗に過ぎなかった。

 肩を抑えるアルトリアの顔には笑顔が浮かんでいるが、同時に嫌な予感がエミヤの脳裏をよぎる。

「頑固者であると私も理解していましたが、まだまだ甘かったようですね」

「──はい。私も同じ結論に至りました」

 セイバーのアルトリアに、ランサーのアルトリアが加勢する。元が同じだからだろうか。息が合っている。

「貴方は守る存在でありながら、自分の傍に守る人が居ることを良しとしない」

「その認識を変えることが一番の特効薬でしょう」

「わ、私も不肖の身ながらお手伝いします!」

 アルトリア、アルトリア・リリィ、ランサー・アルトリアが流れるように会話を繋ぐ。

 その内容の意味はすぐさま理解はできないが、好意という感情からきていることくらいは理解できた。

「手温いな。言って聞くような男ではない。こちらが手を引かなければ容易く道を踏み外すだろう」

「甚だ遺憾ですが、珍しく意見が合いましたね」

 ランサーのアルトリア・オルタとヒロインXは、前に出た二人のアルトリアに対峙する。

「やはり、手を取り合うことはできませんか?」

「マスターの命が無ければ、被害は甚大だっただろう。それを考慮すれば平和的だ」

「師匠……」

「弟子よ、貴方と言えど私の前に立つなら容赦はしません。師匠と弟子は闘う運命にあるのです」

「──白熱しているようだが、一つだけ言いたいことがある」

 一斉に視線が向けられる。

 椅子に縛られていたアルトリア・オルタは目を覚ましたらしい。

「何用ですか、黒い私。抜け駆けの反省でもしましたか?」

「今更詫びることなどない。どの口が言うのか、昨日(さきに)抜け駆けしたのは光の私──貴様だっただろう。

 それはそうと……槍の私がシロウを連れて出て行ったようだが、追わなくていいのか?」

 その言葉を受けて四人が辺りを見渡すが、話題の人物は忽然と姿を消していた。

 

 再び逃走劇が始まったのは言うまでもない。

 




「成程……あの様に誘うのですね。勉強になります」
「この聖女サマは一体何を言っているのかしら。あんなのが参考になるとでも?」
 ジャンヌ・ダルクとジャンヌ・オルタは、物陰からアルトリア達の大捕物を観察していた。オルタの顔は呆れ顔だった。
「この状況で沖田さんが一緒に居る意味あります? というか仲良いですね」
 通りすがりの沖田も、なぜか参加させられていた。三人が縦に顔を出す姿は団子のようだった。
「ええ。可愛い妹ですから」
「ハアッ!? 冗談はやめなさい。
 第一、アンタが姉だなんて認めないわよ」
 オルタは沖田の発言を否定し、ジャンヌに釘を刺す。しかし、その反応は照れているようにしか見えなかった。
「そういうことにしましょう。沖田さんは空気が読めますから。
 あ、ついに花嫁姿のネロさんも参戦しましたね」
 迂闊に助けることもできず、孤軍奮闘のエミヤだったが、意外にも一人で切り抜けるのだった。
 後に残ったのは、恥ずかしさで身悶えするアルトリア一行だった。

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