女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと白百合の騎士

 昼食で混雑していた食堂も閑散とした頃、水回りの掃除を終えたエミヤは自分の部屋に戻るところだった。ジャンヌがエミヤの部屋で話をしようと彼を誘っていたからである。

「あの後ろ姿は……デオンか?」

 食堂を出ようとしたエミヤの視界が捉えたのは、白百合の騎士──デオンの背中だった。装いが特徴的なため、服装で判別できた。男装の麗人繋がりで気が合ったのか、セイバーやセイバーオルタと固い握手を結んでいた。

 デオンは入り口付近のテーブルに突っ伏している。

「どうかしたのかね? 珍しいこともあるものだな」

「エミヤ……キミか」

「随分と落ち込んでいるようだが、何か悩みでもあるのかな?」

 竜の魔女(ジャンヌ・オルタ)に使役されていた時は、召喚の時点で狂化されていたこともあり、その時とは大きく性格が異なる。それを差し引いても、酷く意気消沈している様子だった。彼女の落ち込み具合が琴線に触れたか、エミヤは世話を焼きたくなった。

「キミも知っての通り、私は竜の魔女に狂化を与えられ、藤丸立香(マスター)達の前に立ちはだかった。

 そしてその中で、私はマリー王妃に刃を向け、あまつさえ……見殺しにするところだった。キミが王妃を救っていなければ、今頃は……」

 落ち込むデオンに対し、適切な言葉が見つからなかった。英霊は既に死した存在、特異点で消滅しても影響はない。だが、それをどう感じるかは本人次第だ。騎士である彼女からすれば、面識のあったマリーに刃を向けたことが後悔となって残っている。ジャンヌとマリーが親交を結んだ過去が残る傍らで、覚えていることが必ずしも良いとは限らない。カルデアの召喚で、特異点の記憶が何故か残っている弊害が露わになった。

「つまり、会わせる顔がない……という訳か」

「恥ずかしながらね」

 デオンの言葉は真実だ。エミヤは知っていた。先日行われた二度目のお茶会で、マリーから『最近、デオンが私を避けるの』と相談を受けていたからだ。

 しかし、本来は彼女達で解決するべき問題であり、エミヤが干渉するのは筋ではない。

 だが、顔を合わせ辛い経験を持つのは、エミヤも同じだった。

「……デオン、時間はあるかね」

「ああ……時間ならあるけど。それがどうかしたのかい?」

「では、少し待っていてくれ」

 マリーは、『デオンと一緒にお話ししたいわ』と哀しげに呟いた。その時の表情を見て何も感じないほど────エミヤの心は摩耗していなかった。

 厨房に引っ込んだエミヤを待つデオンだったが、 十分としない内にトレイを持ってエミヤが戻ってくる。そのトレイには、色から察するに紅茶が注がれているであろう一杯のカップが載せられていた。

「これを飲んでほしい。他ならぬ君にね」

「……? ああ、分かった。…………これは!」

 エミヤの言っている意味はよく分からなかった。疑問を抱えながらも、デオンはカップを持つ。そして口に近づけた時、仄かなバラの香りがデオンの遠い記憶を呼び起こした。

 それだけで紅茶の正体を看破すると、熱さを気にせず一気に呷る。

「君の想像している人物からの贈り物だ。デオン……君が負い目を感じているのは分かる。君の方から無理に会いに行ってほしいとは言わんが、マリーの方から君に会いに来たその時は、逃げないでもらえないだろうか」

「…………参ったな。考えておくよ。

 それにしても随分、マリー王妃と仲が良いんだね?」

 腕組みをして語るエミヤに対し、紅茶を飲み終えたデオンは棘のある言葉で彼に微笑む。それとこれとでは話が違うのかもしれない。会わせる顔がなくても、マリーのことが心配なのだろう。意地を張らずに会いに行けばいいのではないかとエミヤは思った。

「なに、素敵な笑顔で紅茶を嗜むマリーが顔を曇らせているのであれば、何もしない訳にはいくまい?

 無論……君もそうなのだろう、デオン」

 棘のある言葉に反応することなく、エミヤは事も無げに言い切る。その返答の早さは、デオンでも目を見張るほどだった。言いたいことはもうないのだろう。言葉が終わると、デオンの飲み干したカップを下げてエミヤは厨房に戻っていった。

 その時──

「デオン……」

 背後から忘れることのない声が、デオンの鼓膜を震わせる。

 そんなはずはないと咄嗟に振り向いた。

「マリー王妃……」

 聞き違いや空耳ではなかった。デオンが敬愛してやまないマリーがそこに居た。今日の予定が正しければ、デオンの記憶している範囲では、今日のマリーはレイシフトしていたはずだった。予定よりも早く終わったのだろうかと推測できる。

 エミヤとの話を終えてから考える間もなく、マリーの方からデオンに会いに来てしまった。

「お許しください……マリー王妃、私は……貴方を」

「……顔をあげて。いいのよ、デオン。暗い顔は貴方らしくないわ。どうしてもっていうなら……私とお茶をしましょう。

 あと、王妃なんて堅苦しいわ、マリーって呼んで?」

 頭を垂れて懺悔するデオンに対し、花咲く笑顔で許すマリー。

 騎士が顔をあげた時、マリーはデオンの背後に目配せしていた。それにつられて王妃の視線の先を見ると、デオンの視界に映ったのは、厨房で紅茶を淹れているエミヤの姿だった。丁度二人分の紅茶を淹れていた。

 ここで巡り合わせたのはエミヤの手腕かもしれない。デオンは掌で踊らされたような感覚だったが、不思議と悪い気分ではなかった。

 しかし、エミヤを見た時のマリーの顔は年相応の恋する乙女の顔であり、なぜかその事実は……デオンの胸を焦がした。

 

 二人の仲を取り持つことは成功した。だが、それまでに時間を使いすぎてしまった。

 エミヤが部屋に戻ると、ジャンヌは約束をすっぽかされたことに腹を立て、ベッドで不貞寝していた。布団に包まる聖女に平謝りをして許してもらったのはいうまでもない。

 

 




 エミヤ……君が最初に淹れてくれた紅茶は、マリーのお願いではなかったようだね。不思議な人だ。私はキミが気に入ってしまったよ。
 これからは、ご主人様であるマスターとマリーを共に守っていこう。
 生前から一生独身でいいと思っていたけど、サーヴァントになってから早々にこんな気持ちになるとは……ゆくゆくは私のドレス姿でも見てもらおうかな。

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