女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと夏の砂浜《前編》

 水平線と青い海、白い砂浜、照り付ける太陽、絶好の海水浴日和だった。

 

 ロマニがシステムを改良し、試験的に導入された大人数でのレイシフトだったが、不運にも時空の落とし穴に邪魔をされてしまった。これまでに時間の流れが異なったり突発的なレイシフトを経験していたためか、カルデアの対応も早かった。しかし、慌てながらも必死だったロマニの解析によって、そう簡単に帰還できるような案件ではないことも判明した。その結果として、見知らぬ南国の島に降り立った立香一行は、束の間のヴァカンスを楽しむことにした。

 そして、それを尻目に黙々と住まいの建設を続けるのは、エミヤを差し置いて他にはいない。華がある女性陣に囲まれるよりも、汗水流して家を建てる方が性に合っている男だった。

 家を丸ごと投影した方が早いかもしれないが、魔力の消費もばかにならない。万が一を考えて島の木を使ってツリーハウスの建設に勤しんでいた。

 だが、本当の狙いは他にもある。

「エミヤは泳ぎに行かないの?」

「ドクターロマンも言っていたが、ここも時間の流れが異なるらしいからな。腰を据えて待つだけの機構は必要だろう。最小限の範囲で、ということになるが」

 泳ぎに誘われるのを断りやすいからだ。地上に降りたエミヤへ、水着姿(・・・)の立香が声を掛けてきたように。余談だが、彼女の水着は決してエミヤのお手製ではない。

 その理由を説明できる人物──スカサハも、立香とエミヤの元にやって来た。

「家くらいならばルーンを組み合わせてお手軽に作れるのだがな」

「結局資材が必要になる以上仕方があるまい……し、師匠」

「ん? 一瞬間があった気がするが──」

「──ただの気のせいだろう。スカサハ師匠」

 エミヤの投影した布をスカサハがルーンで加工したものだからだ。これまでに色々と経験したエミヤならば、線引きくらいは弁えている。

「それで、何か言うべき事は無いか?」

 両手を広げ、かかってこいと言わんばかりの格好だが、生前の経験が役に立った。凛とルヴィア曰く、こういう場合は褒めるべきらしい。

「ふむ。実によく似合っていると思うが? 綺麗さが際立つと言うべきか。

 マスターもよく似合っているな。実に君らしい」

「……まあ、悪くない」

「エミヤ、不意打ちはずるいなぁ」

 スカサハが霊基を弄って、この場に居る女性陣全員が水着姿になっていた。そして、エミヤは辞退した。

 クー・フーリンが居たら同じ質問で揶揄うだろうスカサハだが、思いの外に素直な称賛が返ってくるのは悪い気がしない。

 

 立香とスカサハも海へと去っていき、エミヤは作業を再開していた。

 手を休めずに思考を重ねる。この島には、魔獣以外(・・・・)の生物が居なかった。エミヤが小舟を作ってアンとメアリーが外洋から見た結果、絶海の孤島だという情報が付け加わっただけだ。スカサハは何か引っかかったように考えていたが、この状況を覆せるものではないと言っていた。

「木の実が生っていて助かりましたわ」

「食べられる魚はいなかったからね」

 下の方から声が聞こえる。食料調達に出ていたアンとメアリーが戻ってきた。拠点である以上、食料を貯蔵しなければならない。無人島のサバイバルにおける目利きは、二人の経験の方が勝る。

 半日以上の時間があったために、丁度よく建設作業が終了してしまったのは、不幸と呼ぶべきだろうか。

「そうか、食糧庫も作るべきだな」

「そんなに働いて大丈夫なの?」

「息抜きがてらに私たちと遊びません?」

「それは光栄な話だが、こればかりは早急に作るべきだ。

 ……時間があればお相手させてもらう」

 再び降り立ったエミヤは未だに働く意思を見せる。

 呆れた目で威圧する二人に押されて、エミヤも妥協するしかなかった。

「そういえば、僕たちの感想も聞きたいな」

「名案ですわね、いかがですか?」

 意味ありげにポーズをとるアンとメアリーに苦笑しながらもエミヤは答える。

「海賊としての誇りを感じる二人ならではの意匠だな。

 ただ……」

 歯切れが悪くなるのは当然だった。

 アンとメアリーの手足には、枷のようなものが、陶器のような白い首元には、似つかない首輪がついていた。

 霊基を弄ったのはスカサハだが、イメージは対象に依存する。海賊である二人の過去からして、つまりはそういうことだろう。

「ああ、これが気になる?」

「気にする必要はありませんのに」

 一歩引いたエミヤの回答に不完全燃焼だった。

 

 遊ぶ約束をしたのならば、さっさと片付けた方が良い。

 食糧庫も簡易的なものだ。難民キャンプなどでの経験もあるから、初めて作るものではなかった。

 敷物を置き、ピンと張ったロープに布を被せるだけの非常にお手軽なものだが、長居はしない以上、これで十分だった。

 いざロープを投影しようとした時、右後方から差し出されるものがあった。

「これは何かに使えませんか? シロウ」

 差し出した人物はアルトリアだった。輪っかのように巻かれた太い蔓をその手に持っている。

「よく分かったものだ。いや、君は時々鋭いから当然というべきか」

「ええ、そんな気がしましたから。また一人で抱え込んでいますね」

「まったくもって反論のしようがないな」 

 仕方がない人だと言わんばかりに見つめるアルトリアの視線から逃れるように、エミヤは顔を背ける。

「どうしましたシロウ、それだと私の姿がよく見えないのでは? 

 皆と同じように聞きたいことがありますから」

「先程見たさ……月並みだが、似合っているよ。

 私には覚えがないが、そのデザインは君の存在を引き立てている」

 エミヤはそう返事をしたが、アルトリアが何も反応しないため、不審に思って見つめ直す。

「その言葉は面と向かって話すものです」

 記憶にあるものと同じ微笑みがそこにはあった。

 

 作業が終わると、アンとメアリーとの約束を果たすために砂浜に来たエミヤは、外套を脱ぎ捨てて黒のインナーで過ごすことにした。

 到着すると二人のほかにマリーが居た。話を聞けばビーチバレーをしたいらしい。霊基を弄った結果、彼女はビーチボールを携えるキャスターになったが、球技には魔術師という異名が存在するため違和感はない。

 そこからはアンとメアリーの熟練のタッグ、マリーとエミヤの即席タッグで試合をする運びになった。

 一方的かと思われたが、意外にも接戦を繰り広げた。エミヤが出来る限りのフォローをしたことも一因だが、運動に慣れていないマリーがあらぬ方向にボールを打ち込んでも、一度も相手コートからはみ出さないこともそうだった。偶然にも回転を掛けていることがエミヤの視力で把握できたが、末恐ろしい幸運だった。

 僅差で敗れたものの握手を交わし、互いの健闘を称え合った。

「エスコートしてくださってありがとう、シロウ」

「王妃殿に何かあっては一大事だからな」

「もう……意地悪な人ね」

 花の様な笑顔で冗談を受け流すマリーは、水着の上に白いワンピースを着て、同じ色でつばの広い帽子を被っていた。波打ち際で素足を濡らす彼女をエミヤは腕組みしながら眺めていた。

「でも、そんなあなたに答えてもらいたいわ。この衣装は、わたしに似合っているかしら?」

「ああ。……そうだな、映画の主演と言われても信用できるほどに似合っているな」

「ありがとう。今日は王妃としてのわたしがお休みなの。今だけは、マリーとして微笑んでいたいから」

「私には不相応な言葉だが、今だけは謹んで御受けしよう」

 

 カルデアからの連絡は未だない。

 ヴァカンスはまだまだ続く。

 

 




 慌ただしい管制室で作業するロマニは、手を休めることなく、事態の解決に動いていた。
「やっぱりまだ早かったのかなぁ……なんて、今はそれどころじゃないか。
 完成するにしても、これが役に立つ時が来なければいいんだけどね」

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