女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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設定変更で加えたものを使用しているので、微妙に違うUBWルートです。


番外編
アーチャーと赤の少女


『────右に避けろ』

 満身創痍の弓兵は、その言葉が終わると同時に引き絞った弦を解放する。

 使い慣れた黒弓に番えた剣は、寸分違わずに狙いへと向かい、彼の英雄王の額を貫いて絶命に足る止めを刺した。

 既に瀕死だったギルガメッシュは、怨嗟の断末魔を残して消滅する。これによって、アインツベルンの城で串刺しにされた雪辱を果たすことができた。

 件の男──アーチャーが視線を下に向けると、その先にはもう一人の人物が居た。蓄積した疲労で気絶し、柳洞寺の境内で倒れ伏す衛宮士郎だ。彼に、立ち上がる気配は微塵もない。

 本来の目的を考えれば絶好の機会だ。今なら衛宮士郎を容易く葬ることができるが、もうその必要はなくなった。

 アーチャーは自分殺しを果たすため、布石を打ち、全てを投げ打ってきた。だが、そんな未来は過去に否定された。

 理想を綺麗だと感じ、正義の味方になろうと憧れた最初の想いは──決して間違いではない。

 その一心で、理想の成れの果て(アーチャー)を前にしても、衛宮士郎は一歩も引かなかった。思いの丈を込め、未来の姿に突き立てられた一撃は、何よりも彼の心を雄弁に物語っていた。

 今になって初心に帰らされるとは思っても見なかった。運命というものは、随分と皮肉が好きらしい、エミヤはそう思わずにはいられなかった。

 だからだろうか、見捨ててもよかったのに、最後の最後で衛宮士郎の命を救った。

 召喚された当初の計画をここまで狂わされてしまった。自嘲気味に口の端を歪ませると、役目を終えた黒弓の投影を破棄し、魔力に還元する。

 影ながら凛達のサポートしてきたが、相当に無理をしてここまで生き延びた。

 全て遠き理想郷(アヴァロン)が健在だった頃なら、多少の無茶は何とかできていた。贅沢を言えばあの回復力が欲しかった。しかし、そう言える資格はとっくの昔に捨ててしまった。

 弓兵に与えられるスキルの『単独行動』を含めて色々と手を尽くしたが、もはや限界が近いらしいと直感的に理解する。

 ────誰にも気づかれぬうちに消え去るとしよう。

 傷だらけのボディーアーマーに、所々破れた赤い外套、戦いの壮絶さを示す証を直す余裕もなく、足を最期の地へ向ける。

 自然とこの場所を目指していた。

 そして、あの丘を目指していると過ぎ去った時を思い出す。生前の聖杯戦争をともに駆け抜けた、あの騎士王との別れの時を──

『シ■■……ま■、あ■た■■■■い』

 擦り切れた記憶では鮮明に思い出せない。

 摩耗した穴だらけの記憶では、その言葉を思い出すことができない。

 セイバーは最後に何と言っていただろうか。などと考える自分はつくづく薄情な男だと、アーチャーは吐き捨てるように呟く。

 生前に散々恩恵を受け、別れの餞別で全て遠き理想郷(アヴァロン)を渡してくれたのは、他でもないセイバーだというのに。

 澱んだ考え事をしている内に、開けた場所に出た。

 夜明け前の景色がアーチャーの眼前に広がる。もうじき顔を出すであろう朝日の輝きが、山間を照らしていた。

 幻想的な景色を前にして、不思議と懐かしさを感じてしまう。

 同時に、この美しさは今も昔も変わらないことを実感する。

 こんなにも落ち着いて夜明けを迎えたことは、アーチャーの生涯で一度しかなかった。

 様々な感想を抱きながら、丘の先端に立ってこの戦いを思い返す。

 ────イリヤには許して貰えないことをした。

 凛を裏切ってメディア(キャスター)側についた頃に、イリヤがギルガメッシュに殺害されたことを、キャスターの口から聞いた。

『お姉ちゃんはいつだって……シロウの味方だからね』

 ホムンクルスであるイリヤは短命だったが、最期の時まで姉であろうとした。

 寿命に気付いた時には手遅れで、最善を尽くそうとしたが、イリヤ自身がそれを望まなかった。

 その時の言葉だけは、掠れることなく記憶に残っている。あの時に何と答えたかは覚えていないが、正義の味方になろうとした自分が何を言うかは見当がつく。

 エミヤの知る存在(イリヤ)と違うと分かっていても、義理の姉をみすみす見殺しにしてしまった事実は覆らない。

 ────もはや会わせる顔がない。

 イリヤは今でも、こんな掃除屋の味方でいてくれるのだろうか、憂鬱な気分で落ち込んだアーチャーの頬を、そよ風が撫でるように吹き抜けていく。外套の裾のはためく感触が、不思議と心を穏やかにする。

 胸の(つか)えが取れた今のアーチャーは、穏やかな心持ちでいられるが、座に帰ればただの記録になる。

 英霊は一時の幻、例外はあってもいずれ別れが来る。

 聖杯戦争で生き残る資格も、サーヴァントとして存在する目的も、全てが無くなってしまったから、このまま消えゆくことに抗うことはしない。

 だが、アーチャーの唯一の心残りは、凛と袂を別ったまま消えてしまうことだ。折角得た自分なりの"答え"も、ずっと胸に秘めたままだ。

 ────生前で一度、凛に救われた。

 その時は恩人の正体が分からず、生涯持ち続けた所有者不明の宝石は早い内に返すことができたからいいものの、喧嘩別れは生前の二の舞だ。

 そんな心配をしていても、凛の(あずか)り知るところではないだろう。終わった存在であるアーチャーがこれ以上関わるのは、無粋というものだ。この時代に、衛宮士郎は一人で十分なのだから。

 贅沢を言えば、凛が傍に居れば衛宮士郎も安心だ。

 なぜならば、道を正してくれる彼女が居れば、守護者(エミヤシロウ)になる可能性はないからだ──

『────アーチャー!』

 幻聴ではない確かな凛の声が、アーチャーの耳に届く。

 これまで彼女を裏切り、囮にして、なお弓兵を追いかけてきたという事実に、アーチャーは驚愕せざるをえなかった。

 非常に徹しきれない魔術師は、契約すら断ち切ったサーヴァントを心配してくれているようだ。

 ────流石に心の贅肉が過ぎるぞ。

 そう皮肉を言いたいところだが、またとない機会だ。

 凛の騎士としては失格かもしれないが、弓兵(アーチャー)衛宮士郎(エミヤシロウ)として、彼女に別れを告げる。

 駆け寄ってきた凛は、息を切らしながら弓兵の背後で立ち止まっている。

『そういう訳だ、今回の聖杯は諦めろ凛』 

 やれやれと言った手振りを用いて、背中越しに語り掛けるアーチャー、凛はそんな騎士(エミヤ)の背中を見据えている。

 

 ────たった一度の敗北が、運命を決定的に変えた。

 




 未練なんて、本当は話すつもりはなかったんでしょうね。私が気に病まないように、敢えて言ってくれたんでしょう。
 やっぱりお人好しなところは、英霊になっても変わらないのね。ちょっとだけ安心したわ。
 あなたとの約束は、必ず果たすから…………アーチャー。

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