女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと竜の魔女の前日譚です。


Re:エミヤと黒き騎士王

 自室に入った途端、不機嫌な雰囲気を察知することは滅多にないだろう。

 我が物顔でソファに腰掛け、エミヤを見据えるアルトリア・オルタは、不機嫌さを隠そうともせず弓兵を睨んでいた。服装がセイバークラスの格好であるところを見ると、今日はサンタの気分ではないようだ。

 真の英雄は眼で殺すと言わんばかりの眼光は、呪術的な実害はないものの、蛇に睨まれた蛙の如く弓兵の体の自由を奪っていた。

「最近は随分と楽しそうだな……シロウ?」

 背筋に寒気が走るほどの冷たい声だった。一体彼女に何をしてしまったのか、エミヤは心当たりを探してみたが、該当する案件は無かった。

「……すまない、何のことだろうか……アルトリア」

「分かってはいたが、自覚はないか。ならはっきりと言っておこう。突撃女と随分と親し気だな?」

 痺れを切らしたアルトリアは本題を切り出して問い質す。

 ようやく話の意図を察したエミヤは、弁解を始めた。

「成程、そのことか……別に君が心配するような事態には陥っていない。ジャンヌ・オルタが鬱憤を晴らしにきているだけだろう」

「ほう……そう思っているのはお前だけかもしれんぞ、シロウ?」

「まさか好意を持たれているとでも? 私なら計画を何度も邪魔してきた男など、顔も見たくないがね」

 金縛りから解き放たれ、軽口を返せるほどに余裕を取り戻しエミヤは、立ち尽くしていた入口からゆっくり歩み寄ると、アルトリアの対面に腰を下ろす。

「ふっ……」

「何が可笑(おか)しいんだ? アルトリア」

「なに、一歩ずつ進んでいる様がシロウらしいと思ってな。だが、未だに女たらしと呼ばれているのも間違いではないらしい」

「ジャンヌ・オルタに耳が痛くなるほど言われているよ」

「それと、私は発言の一つ一つに気を付けろとも言ったな。あれはただ単純なもので、素直になれないだけだ」

「そういうものか? いまいち実感が湧かんな」

「いずれ分かることになる。突撃女は痺れを切らしたら向こう見ずだからな」

「……まあ、覚えておく」

 エミヤがそう答えると、唐突に会話が途切れる。

 両者はしばし見合ったが、弓兵が率先して口を開く。

「他に何か用でもあるのかね?」

「当然だろう。やはり鈍感か貴様は」

 

 仕切り直しを含めて休憩を挟む。

 アルトリア・オルタはエミヤの作り置きしていた試作品のお茶請けをつまみながら、砂糖がたっぷりと入った紅茶を啜っていた。

 彼女の嗜好を把握していたエミヤは、砂糖が多めでも問題ない紅茶の淹れ方を会得していた。黒き騎士王の満足気な表情を見ながら、確かな手応えを感じていた。

「悪くない。私の好みを把握しているようだな。あの時もこれくらいの対応があればよかったが……」

「無理もない。私も少しばかり性格が変わっていたからな。

 ──しかし、先程はすまない。生憎と鈍感なものでね」

「全くだな、シロウが頑固者であることを失念していた。早々に変わるほど素直ではなかったか」

「君の方こそ……な」

 エミヤの含みのある言い回しをアルトリアは軽くいなす。生前よりもお互いのことを理解しているからこそ喧嘩にはならない。

「しかしな、会いに来た理由を察してもよいだろう? 散々アピールして気付かれていないというのは、なかなかに堪える」

「入って早々に射殺すような視線でそれを言うのか、アルトリア……額面通りの殺し文句と捉えられても文句は言えんぞ?」

 腕組みをして苦言を呈するエミヤだったが、張本人のアルトリアはどこ吹く風かと気にも留めておらず、お茶菓子を頬張っていた。

「そこを察するのが貴様の仕事だろう」

「肩の荷が重すぎるな。

 ──ところでアルトリア、一つ聞きたいのだが?」

「何だ?」

「私の目から見ても浮かない顔をしているようだが、また何かしてしまっただろうか?」

 突然の問いかけに、表情の変わらない騎士王の顔に動揺が走る。他人には見せられない、呆気にとられた顔だった。

「……シロウ、本当に貴様という奴は……」

 珍しい表情はほんの一瞬で、すぐさま苦笑いを浮かべる。

「……いいだろう、先程の返答で大体分かってしまったのだ。シロウは私の好意に応えるつもりが無いとな。一切動揺しないなど、一周回って清々しいほどだ。

 ──いや、これ以上挙げ連ねるのは負け惜しみか。私はシロウにとって、行く末を縛り付けた過去の憧憬だ」

 アルトリアは堰を切って語り始める。その口調にいつものような覇気はなく、折れてしまいそうな少女のようだった。

「────それは違うな」

 静かに黙っていたエミヤは、独白が終わると同時に反応した。

「君は縛り付けたというが、正義の味方(この)道を目指したのは他ならぬ私自身の意志だ。かつてはそれを悔いていたが、今はそう思っていない。それにな……セイバー、守護者として擦り切れる日々の中でも、君との出会いを忘れた事は無かった。それすら忘れてしまったら、オレはオレで無くなっていただろう」

「シロウ……なら──」

「──だが、君に抱いていた想いが何だったのか、今となっては分からない。間違いなく言えるのは、憧れていたことだけだ」

「……そうか」

 当時の記憶を得ているアルトリアは、その時から衛宮士郎(エミヤシロウ)に好意を持っていたことを思い出している。だが同時に、その想いを押し殺してでも聖杯が欲しかったと理解している。それをいらないと断言できれば、また違う結果になっていただろう。

「それにな、君を含めて慕ってくれるのは嬉しいのだが、今は応える訳にはいかない。マスターの戦う相手が規格外である以上、気を抜くわけにはいかないからな」

「ほう……今は、か」

「まあ条件として、特異点の修復が終わってもここに残れればの話だ。こうして会えただけでも奇跡的という他ない」

「そうだな。それでシロウが女たらしでなければ、私も安心できたのだがな」

「痛いところを突いてくれる。至って普通の行動をしているだけだがね」

 アルトリアがしたり顔で放った言葉に、エミヤは首を竦めた。

「ふふ……何が琴線に触れるか分からないぞ」

「仮に分かっていても、私は同じことを繰り返すのだろうな。それが誰かの為になるなら、私は本望だ」

 生前の記憶を取り戻し、正義の味方の原点を見つめ直した彼でも、根本の部分は未だに変わらない。積極的に自分を犠牲にする姿勢は、死を以てしても変えるには至らなかった。

 しかし、全く変わっていない訳ではない。歪んだ自己評価を変えようなどと、生前では自覚して口にすることが無かったのだから、大きな成長だろう。

「茶も堪能した、そろそろ私は帰るとしよう」

「相変わらずの食べっぷりだな」

 棘があるような言い回しだが、その表情に曇りはない。

 エミヤはアルトリアの食べる姿を見て、作った甲斐があったと心が満たされるのだ。

「ああ、言い忘れていたな」

 出て行く直前になっていきなり振り向いた。

 予期していなかっただけに、エミヤは珍しく目を丸くする。

「私に言った言葉、我が内なる光にも伝えてやれ。アレも溜め込むタイプだからな」

「……ああ、分かった。ちゃんと伝えておくよ」

 エミヤの返事に満足したのか、アルトリアが二度と振り返る事は無かった。

「まったく……やはり変わっていないんだな、アルトリア」

 自然と砕けた口調で見送った。

 

 後日、エミヤは、アルトリア・オルタの講評していたジャンヌ・オルタの向こう見ずな行動を目の当たりすることになる。

 




 剣の道は違いましたが、未だに正義の味方を目指すなら、その背中は私が守ろう。

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