女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと被虐のロマンシア

 最初は気にも留めていなかった。

 あの人が連れていたサーヴァントなんて。

 あの人が頼りにしていたサーヴァントなんて。

 

 カルデアの廊下をトボトボと歩く少女が居た。雰囲気は儚い印象を与えるが、その両手は小柄な体に不釣り合いなほど大きい鍵爪をしている。

 そんな少女──パッションリップは溜息をついていた。

 何もせずに愛されたいと思っていた彼女だったが、月の裏側で無条件に愛されることが無いと教えられた。その反省を生かし、このカルデアのマスターに召喚されてからずっと努力してきた。

 しかし、その結果は芳しくない。とある縁でこの場所に招かれたのだが、古参の英霊達と未だに馴染めていないのだった。

 何もしていないにも関わらず虐められている。疎外感を感じている。パッションリップが馴染めていないと判断したのは間違いではないだろう。溜息をついたのは無理もない。

 だがそれは、彼女の視点に限った話だ。

 パッションリップには、無意識の内に相手を煽る悪癖がある。それが馴染めない大きな原因となってるのだが、口が悪いと自覚していない以上、直しようもない。

 更には、イデススキルの被虐体質が相乗効果を齎している。その噛み合った性能で、聖女の一面を持つマルタや生真面目なデオンなど、温厚よりのサーヴァントですら逃れられない。

 例外ともいえる煽らない相手は、契約したマスターであり心から慕っている藤丸立香と不思議と波長が合い師匠と呼び敬愛しているタマモキャットくらいだ。

 自分よりも弱い癖に何度も突っかかって来るサーヴァントは見苦しい。自分のように慎ましくなるべきではないか。そのような経緯について考察することもなく、己の事情を棚に上げて考えていたパッションリップは、あまり会いたくないサーヴァントに出会ってしまった。

 

「ほう、出会い頭でそこまで嫌そうな顔をされるとは思わなかったよ」

 不敵に笑うのは、赤い外套を脱いでいるエミヤだった。月の裏側で暴走していた時、自身の愛が彼に害悪呼ばわりされたことを忘れたことはない。

「何もしてないです。私は悪くないんです。可憐な少女に筋肉を見せびらかす趣味を持つ人が悪いんです」

「失礼した。見苦しいものを見せてしまったようだな、それは申し訳ない」

「理解しておきながらどうして外套を脱ぐんですか。まさか見せびらかしたいんですか」

「理由はあることはあるが、説明する程の事でもない。そもそも常に同じ格好をしているとは限らないだろう」

 エミヤは生前、似たような服装しか持ち合わせが無かったが、今はそこまで偏重している訳でもない。髪型を変えることもある。

 サーヴァントとしては赤い外套と黒のインナーが基本であるが、外套を着ないこともあるし、無銘として召喚された時は岸波白野に着替えてみて欲しいと頼まれたこともある。

「よかった。自覚はあったんですね。てっきりセンスがないのかと思ってました。でも、服のセンスはいまさら何だっていいんです。

 名前は覚えてないんですけど、折角だからアナタに言っておきたいことがあります」

「……まあ、一部は聞かなかったことにしておく」

 パッションリップに悪気はないのだが、ここまでの会話だけでもやはり言葉の選び方が壊滅的だった。

「立ち話でも構わないが、場所を変えるか?」

「別に問題ないです。

 私が召喚される前に、アナタはメルトに何かしましたね。絶対に心当たりがあるはずです」

「随分と勿体ぶった言い回しだな。そんなことを言われても私にはどうにもならんのだが、詳細を聞いてから判断しよう」

 最近はパッションリップとメルトリリスとの仲が良いらしい。互いに性格が落ち着いたからだろう、そんな感想を抱いたエミヤは、廊下の窓枠に手を置きながら続きを促した。

「もう惚気が酷いんです。どこかのアーチャーにお姫様抱っこされたとか、私だってマスターさんとお話ししたくてメルトほど暇じゃないのに、いろんな話を聞いても居ないのに自慢してくるんです。私だって、マスターさんに同じことしてほしいのに……」

 エミヤは沈黙した。薄々気づいてはいたが、やはり己の知っていたメルトリリスとは、性格が違っていたのだという確信を得てしまったからだ。

 そして、パッションリップの惚気を聞かされているということも理解した。

「前はあんなに棘があったのにすっかり丸くなってました。嬉しいことなのに、ちょっとだけ複雑です」

 しかし、エミヤはこう言った相談事には慣れたものだ。

 すぐさま冷静な思考を以って、パッションリップにこう答えた。

「ほう、入れ込むほど惚れた相手ができたのか。ふっ──ああまったく喜ばしいな」

 誰とは言わなかったが、気付かれない範囲で回答した。

「誤魔化されませんよ、現実逃避は許しません。もしメルトを泣かせたらギュッってしますからね」

 上手くメルトリリスだけに関することだと誤解してくれた。エミヤは完全に体を窓へ向け、吹雪が収まらない外の風景を眺める。その表情は遠い目をしていた。図星と捉えたパッションリップはエミヤの態度を咎める。

 とはいうものの、エミヤにはメルトリリスの性格が変わる心当たりは全くない。再会したと思ったら、何事があったのかと困惑する程に好意を向けてきたからだ。

「君の言う通り、素直に喜ぶべきかもしれんが……いずれにせよ、私に選択権はない」

 かつて、可愛い女の子なら誰でも好きと言ったのは失言だったが、彼の本質と女性遍歴を考慮すれば強ち間違いでもない。

 もちろん、誰かに好意を示されることは嬉しくない訳ではない。だが今でも、全てを受け取る訳にもいかないし、受け取る資格もない。

「しかし、君も変わったな。これではどちらが姉か分からない」

 エミヤはそんな胸中を隠しながら、話題を変えるように姉の心配をする妹へ軽口を返す。

「本当にそうですよね。メルトは自分が姉だとか言ってますけど、私の方がお姉さんに相応しい筈です。アチラはどう見ても子供体け……って何でもありませんっ!」

「そうだな、今のうちに気を付けた方が良い。昔から苦言を呈する時に限って本人が現れると相場が決まっている」

 自覚はしていないが姉に対しては発言に気を付ける。過去に煽って失敗でもしたのだろう。

「それでも…………マスターさんに強くしてもらったから、虐められても耐えられます」

「虐められることが前提というのは如何なものかと思うがね。

 さて──」

 頃合いだと判断したエミヤは、パッションリップを真っ直ぐ見据える。

「そろそろ失礼させてもらおうか。なに、心配は無用だ。君の姉を悲しませないように努力しよう」

 そう言って、エミヤは背中を向けて歩き始めた。

「努力じゃなくて約束ですよ」

 立ち去る背中に念を押す声が届くが、二、三歩進んだところで歩みが止まった。

「ああそうだ。私も言っておきたいことがあった。

 これからもマスターをよろしく頼む。彼女達の言う通り、君の可能性を見誤っていたよ」

 言うだけ言って再び背を向けた。彼の脳裏に過るのは、白野と立香の顔だった。

 パッションリップは衝撃を以って受け止めた。かつて害悪呼ばわりしてきたあの怖い顔の男が、今の自分を認めてくれた。いや、認めさせたのだ。

「ん? マスターか…………分かった、すぐに向かう。私の部屋で落ち合おう」

 去り行く背中を追っていたパッションリップの胸中など露知らず、エミヤに立香からの念話が届く。

 在りし日のロマニ・アーキマンが突貫で調整した代物だが、残念な仕様として声に出す必要がある。機能が固定電話とほぼ同じだ。直接会って話す性格も相まって、立香は基本的に使わないが、相手を探す時間が無い時は例外として使っている。

 会話の内容は、久しぶりに三人でお茶がしたいというお願い事だった。パッションリップには分からなかったが、背中越しに立香とやり取りする姿が見て取れた。そうしている内に、エミヤは早い足取りで立ち去ってゆく。パッションリップは、ただ静かに見届けていた。

 

 マスターの立香は全員と会話するし、同行させるサーヴァントも回数が偏らない選出をしている。

 そんな彼女にも信を置く相棒が居る。真っ先に名前が挙がるのはマシュだ。

 だが、実力の高い英霊が数多く存在している中、マシュを除いて一番信頼されている英霊はエミヤだった。信頼とは別の感情を向けている相手も彼だった。

 パッションリップはこれまでに立香の様子を観察してきたが、一番楽しそうな姿を見せるのはあの三人で居る時だ。

 自分だって、立香から愛されたい。方法が分からなくても、愛されたくて前に進んできたのだから。

「アナタにだって……負けないもん」

 

 後日、エミヤに張り合って立香とべったりなパッションリップの姿が見かけられた。

 

 そして、清姫と静謐は新たな好敵手の誕生を物陰から見届けていた。

 

 




 メルトは任せますけど、マスターさんだけは渡しませんからね。
 精一杯尽くして尽くされるのは私の方です。

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