セイバーを召喚する前の話だ。
人理焼却を覆すための旅の始まり。藤丸立香、マシュ・キリエライト、エミヤの三人で挑んだ最初の特異点──フランス・オルレアン。
魔道に堕ちたジル・ド・レェの歪んだ願望によって蘇り、オルレアンに災厄を振りまく
多くのサーヴァントと出会い、かの聖杯大戦と同規模の争いの果てに────軍配は聖処女に挙がった。
戦っては移動し、その分の時間が過ぎていく。日が落ち、夜になれば森の中で二回目の野営地を整える。エミヤは毎回手際よく用意している。最初は野宿に難色を示していたマスターの藤丸立香も、二回目ともなればフォウを抱き枕にして何の抵抗感なく眠りに付いている。
一方、彼女のもとに集った英霊達は、穏やかな寝顔のマスターが就寝している間、サーヴァントの性質を生かして夜通し護衛しなければならない。
焚火を中心に二人の少女が座っている。
先程から俯いて黙ったままの少女は、この特異点に来て力を貸してくれたルーラー、
そしてもう一人は、もはや目を瞑り就寝しているマシュ・キリエライト。元は人間であるため夜更かしには慣れていないのか、こっくりこっくりと舟をこいでいる。
マスターの就寝を見届けたエミヤが戻って来た。マシュの動きを見て穏やかな笑みを浮かべると、毛布を投影して彼女にかける。その後に元々座っていた位置へ戻ると、無言で焚火に木を焼べた。
ふと、エミヤの隣に座っていたジャンヌが口を開く。
『エミヤさんは……家族のことを覚えていますか?』
勇猛果敢な聖処女が投げかけてきたのは何気ない質問だった。錬鉄の英雄は少し悩むと返答する。
『ああ……覚えているよ。といっても、情けないことに思い出したのは最近だがね』
『よろしければ、聞かせていただけませんか?』
『……あまり聞いてて気持ちのいいものじゃないぞ?』
脅かしを込めて最終確認するが、眼から伝わるジャンヌの意志は固かった。観念したエミヤは語り始める。
流石に多少ぼかしたが、実の両親を災害で失い、義理の父親に拾われ、義理の姉や妹分と過ごした穏やかな日々を、一つ一つ懐かしむように語り始めた。
真剣な眼差しで聞いていたジャンヌは、話が進むにつれ目を見開いていった。
『……すみません、気軽に聞いていい内容ではありませんでした』
『君は知らなかったのだから無理もない。私が勝手にジャンヌに聞かせただけだ。だから気にしなくていい』
ジャンヌの開口一番の言葉は謝罪だったが、エミヤは何ということはないと返す。その言葉の中には相手を慮るエミヤのさりげない気遣いが感じられ、ジャンヌにとっては何よりも嬉しかった。これまで、エミヤには何度も助けられたが、その中でも記憶に残っているのは、出会った初めの頃の出来事だ。
生前のジャンヌは前線を走っていたが、ステータスが下がっているため今回は立香と同じ後衛に回っていた。代わりにマシュとエミヤが前線を走り、敵を打倒していった。時折、彼女達が討ち漏らした敵をジャンヌが捌いていたが、運悪く止めを刺しきれていなかった竜に隙を突かれた。
立香が鋭利な爪に引き裂かれそうになり、宝具も間に合わない。ジャンヌはマスターを守るため、傷を負う覚悟で反撃の構えに入ったが、不思議なことに竜は突然崩れ落ちた。
『怪我はないか? こちらの不手際だからな。余計なお節介を焼かせてもらった』
竜の後ろから黒白の双剣を携えたエミヤが現れた。そこで守られたことにジャンヌは気付いた。
十全の力があれば遅れをとらなかった相手だけに、守られた自分の弱さにジャンヌは歯がゆい思いをした。だが、マスターのついでだとしても、守ってもらえたことが何よりも嬉しかった。誰に言われなくても、エミヤにとって仲間を守ることは当然なのかもしれないが。
生前、捕らえられたジャンヌが処刑される原因となったのは、守っていた
ジャンヌには、背中を預ける相手が居なかった。ジルとはまた違う役割の存在だ。傍にエミヤが居て共に戦えていれば、彼女の運命は大きく変わっていただろう。だが皮肉なことに、処刑されていなければこの弓兵に会うこともなかった。
ただ、エミヤと言う男の生き方には気になる点がある。損得勘定で動かず、時には無茶をする姿を見た。その度に胸が痛くなるし、無事だと安堵する。彼女自身、愛といえば慈愛しかわからなかったが、これが恋愛というものなのか。そう思うと、胸の温かさが愛おしく感じられた。
『……ンヌ……ジャ……ヌ』
『ジャンヌ』
突然のエミヤの声にジャンヌはハッとする。言われるまでもなく、呆けすぎていたようだ。
『ごめんなさい、エミヤさん。少しボーっとしていました』
『それは大丈夫なのか? 疲れているならゆっくり休んだ方がいい』
心配してくれるエミヤの優しさは、彼本来の性格なのだと思えるほど自然なものだった。
『ご心配には及びません。まだ大丈夫です。
エミヤさんのご家族は、楽しい方達だったのですね』
『そうだな……あの時間が無ければ、オレという存在はなかった。こう言っても過言ではないな』
そう語るエミヤの横顔は、先程までの懐かしさに加えて、哀しさを滲ませる複雑な表情だった。
『私も……そう思います』
ジャンヌが語る本心。救国の聖処女も、ただの村娘として過ごした時間があるということだ。
それ以降、二人に会話はなかったが、ジャンヌがエミヤの傍から離れることもなかった。
そして、この後会うことになる
時は現在のカルデアだった。
「どういうことですか……シロウ、今なら弁明を聞きますよ?」
「逃がしはしないぞ、シロウ」
「お……落ち着け、セイバー」
エミヤは、二振りの聖剣と二色のセイバーに詰め寄られ、絶体絶命の窮地に立たされていた。
その原因は──傍に居た。
「安心してください、エミヤさん。この旗があればあなたを守ることができます」
アルトリア・オルタが召喚された数日後に呼び出されたジャンヌ・ダルクが、エミヤに引っ付いていたからだ。
「それは、根本的な解決になっていないぞ。
──ジャンヌ、とにかく離れてくれ」
「それはできない相談です。ようやく思い出しましたが、月での借りを返していませんから」
「──助けてくれ、マスター!」
悲痛な叫びに応える者は、残念なことに不在だった。
はっきりと宣言しておきます、私はエミヤさんが好きです。
背中を預けて戦う中で、ずっと見ていました。
黒い私に揺さぶられて、自分自身を信じられずにいた私に、その真っ直ぐな瞳で、「君のことを信じている」と言ってくれました。
根拠はないはずなのに、すんなりと受け入れることができて、彼の信頼に応えようと、最後まで諦めずに戦えました。
マスター曰く、明日は明日の風が吹くらしいですが、それでもこの想いは何度明日が過ぎようとも変わりません。