女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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二話分纏めたので長めです。


エミヤと聖槍の騎士王

 砂漠を支配する古の(ファラオ)、聖地に君臨する獅子王、二大勢力に振り回される山の民。各地を巡り、歴代ハサンの力を借りた立香一行は聖都の攻略に挑む。

 行く手に立ち塞がる祝福(ギフト)を受けた円卓の騎士を倒し、とある騎士の悲願を果たす為に足を止める事は無い。

 その先で、真名を得た盾の少女は白亜の城を顕現させる。忠節の騎士は、仕えた騎士王の為に獅子王を殺す。そして赤い弓兵は、彼女の成れの果てが創り上げた究極の理想に相対する。

 

 食堂で作業していたエミヤが部屋に戻ったのは、予定よりも遅い時間だった。今日に限って雑談に誘うサーヴァントが多く、ついつい話し込んでしまった。

 少しばかり反省しながら自室に辿り着くと、部屋の前で佇む女騎士を視界に捉える。

「来ましたか……アーチャー」

 ランサーオルタを裏とすれば、このアルトリアは表と呼べる存在である。

 兜を外しているため、凛々しい顔立ちを余すことなく認識できる。聖槍を振るったために成長したその姿は、大人になったアルトリアともいえる。愛馬のドゥン・スタリオンはラムレイ同様、部屋で留守番役を任されているらしい。

「珍しい客人もあるものだ。いつから待っていたのかは分からないが、部屋の中で待っていればよかっただろう」

「先程来たばかりでしたから心配には及びません。そもそも、サーヴァントにそのような気遣いは無用では?」

 訝しげな顔をするランサーのアルトリアから、尤もな返答をされる。

 先客が居ることに慣れ過ぎてしまったが、とりあえずエミヤはその事実を脇に置くことにした。そして、提案するのはいつもの誘いだった。

「だが、少しとはいえ待たせたのは事実だ。茶の一杯くらいは振る舞わせてくれ」

 

 ソファに座る白銀の騎士に紅茶を差し出すと、弓兵は対面に腰掛ける。

 それを見届けたアルトリアは、眼差しをカップに向けるとおもむろに口に運んだ。

 彼女が感想を述べる事は無かったが、飲む姿を眺めていたエミヤは、アルトリアの眉が微妙に変化したことを見逃さなかった。

「その様子では喜んでもらえたようで何よりだ。

 ──紅茶のお供にクッキーなどは如何かな?」

「……遠慮なく頂きましょう」

 確証もない予想だったが、答えは芳しいものだった。それを聞いて、事前に用意しておいた皿を差し出す。さり気なく勧めたお茶請けだったが、アルトリアは何度も手を伸していた。別人でも味わって食べてもらえるなら、エミヤは満足だった。

 皿のクッキーが半分に減ったころ、アルトリアは襟を正すように切り出した。

「訊ねた用事を済ませましょう。

 お聞きしたいのですが、なぜアナタは私を避けるのでしょうか?」

 アルトリアはいつも通りの冷静な表情に戻していたが、彼女の口から出たのは意外な質問だった。気付かれないとは思っていなかったが、ここまで早いとは想像していなかった。

 弓兵には目の前の騎士と顔を合わせ辛い個人的な事情があり、それを覚られないよう振る舞っていたのだが、努力の甲斐もなく返って裏目に出ていた。

「やむにやまれぬ……という奴だ。だが、気を悪くしたのならば謝罪しよう」

「本当にそうなのですか? ……いえ、今はアナタの言葉を信じるしかありません」

 不信感は完全に払拭できなかったが、仕方のないことだった。今のアルトリアには関係があって、関係のない話だからこそ説明がし辛い。

 そうなった事の起こりは先日の特異点にまで遡る。

 

 数多くのサーヴァントに協力をこぎつけて聖都に攻め込み、何かと縁のある太陽の騎士を紙一重で下すと、立香達と並んでエミヤは玉座の間に踏み入った。

 騎士王と共に駆け抜けた鮮烈な時間を、今ならば克明に思い出せる。圧倒的な威圧感と存在感を放つ女神を前にして、一瞬だけ物思いに耽ってしまった。

 騎士王の理想は民のためにあった。彼女自身の幸せを顧みることなく、故国の為に聖杯を──一個人の存在と引き換えに選定のやり直しを求めた。

 共に過ごしたのは短い時間だったが、その間だけでも分かるほど、騎士王(アルトリア)という少女には危うい部分が確かにあった。別の存在であってもアルトリアという少女に違いはない。

 彼女は神霊に成り行く過程で最初の想いが欠落し、選ばれた人間を保存できればそれでよいという超越的な思考に落ち着いていた。思い上がりも甚だしいとエミヤには分かっていたが、彼女の理想を知る者として、『答え』を得た者として、獅子王に相対しなければならない。

 しかし、神へ至った獅子王を打倒するのは、エミヤ一人でなしえないことだった。聖槍に関する前情報はあれど、相手側の獅子王一人に対し、ベディヴィエールを含めたカルデア側は複数人でようやく拮抗する戦力だった。スカサハやランサーオルタのアルトリアと訓練を重ねていなければ、早々に全滅していただろう。息をも吐かせぬ苛烈な戦闘により、各々のサーヴァントは幾度となく傷を受け、エミヤに至ってはマスターの立香を庇った際に手酷く負傷していた。予言通りに現れたカルデアを前にして、油断なく押し切ろうとした獅子王──女神ロンゴミニアドは、真名開放した聖槍で畳み込もうとしていた。

 その絶望的な戦局を変えたのは、決意を固めたマシュだった。名探偵に与えられた英霊の真名と共に、盾の真の力を開放した。その防御は真名開放されたロンゴミニアドを完全に防いでいた。それは同時に、騎士ベディヴィエールにとって千載一遇の好機だった。ほんの一瞬だけ無防備になった獅子王に死力を尽くして肉迫すると、自身の生命と引き換えに聖剣を返還した。

 確かに聖槍は消え去った。だが、文字通りの決死の覚悟により、彼は千五百年の時を越えた代償として、体が砂に変わりつつあった。それなのに、死を前にしても穏やかな顔で安堵し、肩を並べて戦った時間を一生忘れないと立香達へ感謝の言葉を贈り、ベディヴィエールは人生に幕を下ろした。

 犠牲は決して小さいとは言えなかったが、カルデア陣営の勝利だった。聖杯を手に入れた段階で、特異点の原因を排除するだけだった。

 先程の死闘で玉座近くの壁に打ち付けられたエミヤは、回復しつつある体を壁に預けて、帰還の始まりを待っていた。それ故に動くことなく、立香達の動向を見守っていた。弓兵の視力が捉えた光景では、聖剣を手にした獅子王は勝ち逃げされることを不服そうにしていた。

 それを見ながら、考えることがあった。今際の際のベディヴィエールが視線を合わせてくれた時、何かを託された気がしていた。それが気がかりだった。

『敗北というものは──如何様にも形容しがたい感情だな』

 いつの間にか立香達との話も終わっていて、その後は玉座に帰ると思われていた獅子王はエミヤに近づいて来た。彼女から殺気を感じることもなく、不思議と憑き物が落ちたように見えた。

『逆境でも挫けない心は人間の最大の武器であり、強敵を打倒し得る強さに他ならない。神霊を上回ってもおかしくはないだろう。

 ──マスターもその一人だ。そのような人物と契約できたのだから、私としても自慢の一つにはなる』

『マスター……か……その選択は私には考えもつかない。

 ──だが一つだけ分かることがある。その強さとやらには、貴公も関わっているのだろう?』

『……どういう意味かね?』

『この場では分からずともいい。今の私ではない──私の鞘よ』

 質問の意図が分からなかったエミヤの問いかけに、獅子王は更に気になる発言をした。そして、立香の方に顔を向けると、よく通る声で宣言した。

『カルデアのマスターよ、気が変わった。勝ち逃げではなく痛み分けにさせてもらおう』

 そう言って向き直った獅子王は、優しくエミヤを引き寄せると──

『────ええっ!?』

 モニター越しのロマニが、「これは……不味いかもね」と言うなど、驚きの声がエミヤの耳に届いた時、獅子王の顔は目の前にあった。

『……何の恩恵もないが、餞別に私からの祝福(ギフト)だ。

 敗れはしたが、今も私の理想が間違っていたとは思わない。そして……ベディヴィエール卿の旅もな』

 エミヤから離れながらも言葉を続ける。

『皮肉なものだ。聖槍を手放した瞬間に全てを理解したのだ。しかし、この私には(それ)を持つ資格がない。理想と共にここで終わる身だ。

 だから──私を導いて欲しい』

 最後の願いを発した時に、獅子王(アルトリア)は初めて微笑んだ。それを見てしまったエミヤは、玉座に向かう獅子王の横顔から目を離せなかった。

 ランサーのアルトリアが召喚されたのは、帰還して日が浅い時だった。獅子王ほど人の身を越えてはいないが、雰囲気を含めてよく似ていた。

 最後の願いであった「導いて欲しい」はどういう意味を持っていたのか、真相が明らかになる事はもう無い。

 

 エミヤはこれまでの情報を纏めていたが、どういう説明をすべきなのか言葉に迷っていた。

 ここは、気まずかったので顔を合わせ辛かった、と正直に言おうとしたが──

「返答に悩んでいるようでしたら、この件は終わりにします。アナタの言葉を信じると言ったばかりですから」

 助け舟を出したのは、ランサー(アルトリア)本人だった。

「こちらとしてはありがたい話だが、君はそれでいいのか?」

「ええ。代わりと言っては何ですが……一つだけお願いがあります。今後は私のことを避けないでほしいのです」

 エミヤと目を合わせて芯のある声で言った。冷静な顔でさらりと言われたため、どう反応すべきか分からなかった。

「本当のことを言えば、私はマスターと一定の距離を置くつもりでした。自分でも人間性が希薄だと思っていますし、聖槍の影響で価値観がずれてしまった以上、アナタたちの言う獅子王のように、その相違でむやみに傷つけたくなかったのです。

 ──ですが、止めることにしました」

「先程の発言と関係があるのか?」

「大いにあります。アナタに避けられているのではないかと考えた時、胸の奥が痛みました。おそらく、かつての私が抱いた悲しいという感情だったのでしょう。なら、マスターに同じ思いをさせたくはありません」

「それにしても……しがない弓兵をそこまで気に掛けるのかね?」

「アナタは自身をそう称しますが、それは違います」

 甲冑越しに胸へ手を当てて、アルトリアは続きを話す。

「アナタとは……初めて会った気がしないのです。何かの導きと言えば都合が良すぎますが、カムランの丘で聖槍を返還した時に受けた天啓と同じでした。神に至ることなく人から外れて久しい身ですが……私は……アナタから得られる感情を見極めたい」

 初めて柔らかい雰囲気を纏った。

 冷静な顔でもなく、冷酷な顔でもなく、一人の女性としての素顔を見せている。それを見たエミヤに断る選択肢はなかった。

「……まずは約束についての返事をしよう。君のことを避けるような真似はしない。悲しませるのは私としても本懐ではないからな。

 後のことについては、気の済むまでやってみるといい。私はそれで構わないさ」

「ええ、これからもよろしくお願いします。それとですね、アーチャー……」

「今度は何かな?」

「他の私のように、呼び方を変えてもいいでしょうか?」

 真面目に許可を求める様子に苦笑しながらも、弓兵はまた決まった答えを返す。

「それこそ、好きに呼ぶといい」

「分かりました。これからもよろしくお願いします───シロウ」

 

 獅子王の理想もベディヴィエールの旅も間違いではなかった。

 エミヤの目の前に居る彼女との出会いもまた、間違いではないのだろう。

 ある一人の騎士が座に迎えられたのだから、当然の話だった。

 

 

 




 しがない弓兵など謙遜が過ぎます。
 誰でも良いわけではないのです。言えなかったのですが、好ましい相手に嫌われたら……私だって傷つきます。

 力に頼らず、アナタを手に入れたい。
 

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