女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと平安の神秘殺し

 数日前、酒気にもまれながらも剣呑な雰囲気漂う京の街を正した立香一行。

 次に向かったのは、妖気を纏う岩の要塞──鬼ヶ島だった。三度再会した坂田金時や風魔小太郎の力を借り、一風変わった御伽草子を再演する。

 だが、鬼が居るのは島だけではない。一行がそれに気づいたのは、戦いが佳境に入ってからだった。

 

 とある昼下がりのカルデア、食堂の厨房に一組の男女が居た。

 一方は黒のインナーの上に簡素なエプロンを掛けたエミヤ、もう一方は戦装束に前掛けをしている源頼光だった。

「一時はどうなることかと思ったが、刃物の扱いについては見事という他ない」

 頼光に各国の料理を学びたいと教えを請われ、二つ返事で快諾した料理長エミヤは、カルデアの調理担当に一人ずつ日替わりでコーチすることを通達した。

 今日は最初の担当としてエミヤが厨房に立っているのだが、いざ教えようと指導を開始した数分で、彼は我が目を疑うことになる。

 まず教える側として、教わる側の腕前がどれほどのものか確認する必要があった。簡単な料理を作ってほしいと頼んだところ、頼光は包丁を手に取り、食材を空中に放り投げ、落ちてくるまでの間に包丁を振るって切り分けていた。独学で何年も料理していたためか、手慣れた手つきで太刀筋に迷いが見えなかった。

 彼女の目の前にあるまな板が、落ちてきた食材を受け止めるだけになっていた。ただ悩ましいことに綺麗な切り口であるため、切り方が下手という訳ではない。

 最終的な結果が同じであるから、エミヤとしてはそのままでも良いのではないかと一瞬だけ考えたが、脳裏に「いや、いや、ちゃんと基本から教えようよ」とブーディカの忠告する情景が浮かんだため考え直した。こうして基礎から始めることになってしまったが、元々の筋は良いのか頼光はあっという間に基本技能を習得した。

「先生、私としたことがお手を煩わせてしまい申し訳ありません」

 艶やかな視線を向ける頼光は形から入る性格なのだろう。生徒として教えを請うからか、指導役を先生と呼ぶらしい。

「なに、気にする事は無い。多少の失敗などよくあることだ。

 ──では、基礎課程を終了して次の工程へ移ろう」

 指導と言っても頼光は元々和食の達人であるため、教えるのは海外の料理だった。カルデアのサーヴァントは西洋圏の英霊が多いため、カバーしきれていない国の料理をエミヤが受け持つことになっている。この過程で頼光に作ってもらった料理は夕食に回す予定だ。

「海を越えた先には、私の知らない料理が多く存在しているのですね」

「それはそうだろうな。貴女の知る時代以降も新たな調理法が確立されてきた」

「ですが、またこうして……母として、子に夕餉を振る舞える。何と幸せなことでしょうか」

 心底幸せそうな顔で、頼光は鍋から灰汁を取る。

 その光景を見ながらエミヤは考えていた。マスターの立香には故郷の母親が居るだろう。グランドオーダーの発令から一年が経とうとしており、長い時間の中で両親に会いたいという感情が芽生えてもおかしくはないが、人理焼却の影響でそれが叶う事は無い。加えて、マスターである以上、心配をかけまいとする立香は本心を晒そうとしない。エミヤは冗談でお母さんみたいだ、と言われることはあるが、決して母代わりにはなれない。早い話、母親を知らないため分かるはずがない。その反面、年長としての包容力がある頼光は、立香を年頃の少女として甘えさせることができる。

「やはりそうなのか……」

「どうかなさいましたか、先生?」

 自分に言い聞かせるよう呟いたエミヤの独り言に、頼光は耳聡く反応する。作業の手は止めないあたり抜かりがない。

「……いや、大した話ではないんだが、母親とは如何に大きな存在なのかと理解したところだ」

「エミヤ先生、よろしければお話を聞かせては頂けませんか?」

 言葉の裏に隠された含みを察した頼光は、一瞬だけ考えを走らせるとエミヤに提案する。

「構わないが、今は目下の作業に勤しむとしよう」

 エミヤに断る理由はなかった。

 

 料理教室を終え、夕食までの小休止。食堂のテーブルに対面で座り、紅茶で一息ついていた。

 エミヤは義理の母親と再会した経緯を話していた。

 その話を聞くうちに、会えなくなった状況を想像してしまったのか、頼光は瞳を潤ませていた。

「そうなのですか、初めて御母上と会うことができたのですね。

 私は、我が子である金時やマスターに長い時間会えないと考えただけでも、恐怖で頭がおかしくなってしまいそうです」

「そこまで大切に想ってもらえるとは、金時もマスターも果報者だな」

「ふふふ……ありがとうございます。幾つになっても、我が子は可愛いものですから。あまり遠出をすると心配になってしまいます」

「そうだな。まあ、一般には可愛い子に旅をさせよともいうがね」

「まあ……エミヤさん、マスターはその最中(さなか)ではありませんか?」

「……すまない、私としたことが失念していた」

「何か……思うことが?」

 エミヤの微妙な反応に何かを感じ取ったのか、頼光は疑問を投げかける。、

「ああ。実のところ、旅をさせよというよりも、旅をさせていると言った方が正しい。非常時とはいえ、世界を命運をあの年頃の少女に背負わせるなど、狂気の沙汰としか言えんよ」

「ですが、エミヤさんは最初にマスターのお力になったのでしょう?」

「偶然にも私が先に呼ばれただけだ。仮に貴女が先に呼ばれても私と同じことをしただろう」

「それはどうでしょうか」

 その返答は意外だった。予想に反して即座に否定される。

「……理由を聞いても?」

「ええ。私は怖がりですから、実際にあいまみえることがなければ、私はこちらに招かれる事は無かったでしょう。

 生前は、自身の中で眠る異形の力を知られて慕う者が離れてしまったらどうしよう、そのような妄執に憑りつかれ、金時に悲しい思いをさせたこともあります。鬼ヶ島での愚行を阻止していただいた後、悪鬼羅刹と罵られることを覚悟していました。ですが、立香さんは『誰にでもある』と言ってお許しになりました。奇しくも、あの日の金時と同じように」

 頼光の陰りある一面は、羅生門や鬼ヶ島の騒動で明らかになったことだ。

丑御前(わたし)を受け入れてくださった度量、金時のように優しい子に育ったからこそ、私は我が子(マスター)に会えたのです」

 エミヤはかつてを思い出す。新米マスターの立香と新米サーヴァントのマシュ、まだ駆け出しだった二人と共に、各地の特異点を巡ってきたことを。二人はその過程で多くのことを学び、今ではエミヤの手を借りずとも立派にやれている。いつの間にか自然な流れで特異点に同行することになっていたが、そろそろ指導役を降りるべきかと考えている。

「そうだな。貴女の言うように、マスターは真っ直ぐ成長している」 

 賛同したエミヤだったが、彼の目に映ったのは憂慮する頼光の顔だった。

「……それはそれとして、母には心配なことがあります」

「それは一体?」

「マスターは、我慢しすぎるきらいがあるのです」

 本心から心配していることが頼光の表情から見て取れる。補足するように、彼女は話を続けた。

「他者を(おもんばか)る姿勢は嬉しいのですが、相手を優先しすぎています。

 昨日も寝かしつける私の身を顧みて、心配させまいと振る舞っていました。私がどうしてもとお願いして、ようやく折れてくれるのです」

「……誰かに似てしまったか、心当たりがあって申し訳なさが先立つな」

「そうですね……短い付き合いながら、貴方にも通ずるところはあります。ですが、今はさておくことにしましょう。

 私の目から見ても、マスターは落ち着いた性格だと思います。それが悪いとは申しませんが、少しだけでも自分の意志で振る舞ってほしいのです」

「頼光殿のおっしゃる通りかもしれないな。……マスターの将来を私が潰すわけにはいかない」

「それとですね」

 頼光はエミヤの頭に手を伸ばし──

「よしよし……ふふふ」

「一体、何事だろうか?」

「すみません。私と似た雰囲気(モノ)を感じましたので。

 何も知らぬ私に、貴方の悩みを解消できるはずもありませんが一つだけ。貴方の身を案じる存在がいる、それを知ってほしいのです」

 エミヤは珍しく目を丸くしてしまう。頼光は何も知らぬと謙遜しながら、的確に本質を捉えていた。マシュの言っていた母親の空気とはこのことだろう。

「……そろそろ、夕食の支度をしなければな」

「ふふふ……そうですね。この頼光、腕によりをかけましょう」

 金時よりも慌てずに取り繕ったエミヤは、何事もなかったかのように提案する。その姿を見た頼光は深く追及しなかった。

 




 マスターの健やかな成長を願って、共に支えましょう。
 エミヤさんも、御母上とご自分を大切になさってください。

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