エミヤが違和感を抱くほどの情熱が込められた贋作──言わずと知れたダヴィンチの名画の複製品が流通し、撲滅のため調査することとなった立香一行。性格の異なる六人の英霊が行く手を遮るが、足を止める事は無く、道に迷いながらも裏で糸を引く黒幕に辿り着く。
その驚くべき正体は、フランス──オルレアンを戦火の脅威に晒した
サーヴァントに割り当てられたカルデアの一室、持ち主の一人であるエミヤの部屋は殺風景極まりない。辛うじて内装には、以前ダヴィンチに押し付けられたソファとテーブルに来客用のティーセットなどが置かれているため、殺風景だと断言はできない。
当のエミヤは久々に休憩を取ろうとしていたが、その部屋にあるベッドの前で呆れ顔を浮かべていた。彼の視線の先には、人が掛け布団を被っているかのように不自然な膨らみが出来ており、誰かが居るということは間違いない。
ここで挙げられる一番の容疑者はジャンヌ・ダルクだが、彼女は今回の犯人ではない。なぜならば自室に戻る直前、部屋の前で別れていたからだ。令呪や聖杯にでも頼らない限り、どうやっても先回りすることは不可能だろう。
では、目の前の光景を作り出しているのは誰なのか、不思議に思いながら掛け布団を
「あら、迷惑だったかしら? それにしても遅すぎです」
不敵な笑みを浮かべたジャンヌ・オルタが横たわっていた。ジャンヌと同じ顔だが、違う点は肌が若干色白であることと金色の瞳だろう。
台詞とは裏腹に、悪びれていない態度の彼女がそこに居た。
「…………一応聞いておくが、何をしているのかね?」
「説明しないと分からないの? 鈍感ね。私がこうして居れば、寝ようと思ってもアナタは入ってこられないでしょう」
返ってきた言葉を一瞬で理解できなかったのは、もはや仕方のないことだろう。そうする必要性はどこにあるのか、全くもって分からないのだから。
かれこれ数十分の後に、ジャンヌ・オルタをソファへ座らせることに成功した。現在は紅茶を飲んでいるが、説得するのは容易なことではなかった。最終的に行き詰まったエミヤは、ベッドを諦めて食堂で休むことにしようと思い立ち、そそくさと部屋から出て行こうとしたが、それを見た彼女は急いで這い出てきた。
それを思い返しながらも対面に座るエミヤは、紅茶を飲むジャンヌ・オルタを見てもう一つの違う部分に気付く。ジャンヌは紅茶に砂糖を余り入れないのに対して、ジャンヌ・オルタはその倍の量を入れている。もしかすると、オルタ化には嗜好を反転させる作用があるのかもしれない。
「────さっきからなに黙っているのよ?」
考察に耽っていたエミヤを現実へ引き戻すように、ジャンヌ・オルタは不満を孕んだ声で抗議する。
「お客様を放置するなんて……そんなに私のことが嫌いかしら?」
さぞ愉快そうに嗤うジャンヌ・オルタだが、勝手に入ってきたという事実は棚に上げている。しかし、エミヤからすればそんなことは関係ない。
「それはすまない。君の姿に見惚れていた」
「……ハアッ!? い……いきなり何を言い出すのよアンタは」
「いやなに……初めて振る舞った相手の動作がこなれていたものでね、感心していただけだ」
「……ああ、そのことね。この時の為にイメトレ……じゃなくて、これくらいならできて当然です。
──期待させるだけさせておいてこれとか……やっぱりアレだわ」
「やはり何か不満でも?」
「──いいえ、なにも。女たらしさんには……関係のない話ですから」
不敵な笑みを浮かべるジャンヌ・オルタは時々口調が変化する。この場合、丁寧な物言いは本心を隠すための囮だ。問い詰めたところで、何のことかと受け流される。
「やれやれ、女たらし……か。どうにかしようと努力しているのだが、まだ遠いか……」
「心当たりがあるならいい加減学習しなさいよ。苦手分野が極端すぎじゃないの?」
「一歩ずつだが進歩はしている。
──しかし意外と……いや、やはり世話焼きなのだな」
「ハァ……また突拍子もないこと言いだしたわね。よりにもよって、この私が世話焼き? 疲労で目が曇っているのかしら。さっさと寝なさい」
エミヤの評価に呆れながら、ジャンヌ・オルタは掌を前後させて否定する。
「そうでもなければ、彼らを送り返していただろうからな。聖杯の欠片を持っていた君なら、造作もないだろう」
復讐の聖女が否定をしても、弓兵は意見を翻すことなく両手を広げて応戦する。
「……全くもって馬鹿らしいわ。しかも、その件は忘れなさいと言ったはずです。
──いい? 前にも言ったけど、私が呼び出した英霊はただの駒。そして、
「────だが、君は覚えている。理由はどうあれど、駒と言い切りながら忘れていない」
ジャンヌ・オルタがエミヤの言葉を受け入れる事は無く、それを体現するかのようにしばらく睨み合った。
均衡を崩したのは────
「……何を言っても無駄のようね。勝手に判断しなさい」
ジャンヌ・オルタだった。
「ただ、これだけは言っておく。私には同情も哀れみも必要ない。それだけは忘れるな」
その気迫は
言い切ると同時に会話が途切れてしまう。ジャンヌ・オルタは、どうすればよいのかという戸惑いを隠しながら沈黙を保つ。
「ああ、了解した。だが、一つだけ聞かせてくれ……君の存在を願う者とは一体誰だったんだ?」
エミヤはこの時を待っていたかのように、本題を切り出した。
贋作の犯人を捜し辿り着いた拠点で、聖女の知名度を利用して復活していた
「────本気で聞いているの?」
「ああ」
複雑な表情を浮かべたジャンヌ・オルタは、一息つくと断言する。
「そうね……ソイツはお人好しの愚か者よ。
「…………待て。それはどこかで聞いたことがあるのだが」
思い当たる節──自暴自棄になっていたジャンヌ・オルタに向けて自分が言った言葉だと悟ったエミヤは、話を途中で切ろうとするがジャンヌ・オルタを止めるまでには至らなかった。
「その男は考えなしだったのかもしれないわね。まさか自分の一言が切っ掛けとなって、存在が希薄な私を繋ぎ止めることになるなんて、想像つく方が可笑しいですもの。癪だけどあのまま完全に消えるよりはマシだったわ。
──そこからは簡単、完全な存在を確立させるためにあのマスターちゃんと縁を結ぶだけ。確実に出会えるよう、
「そのためだけに、わざわざあの贋作を作ったのか……」
「当たり前でしょ? 手抜きの贋作なんかアンタは歯牙にもかけないし、脅威として認められなきゃ意味ないじゃない」
なぜ当たり前のことを言っているのか、そう言いたげな顔で眉を顰めるジャンヌ・オルタだったが、行動力の使い方を間違っている、とエミヤは内心で考えていた。そして、あの時抱いた違和感はこのことだったのかと同時に思い至る。しかしながら、オルタ化しているはずなのに元の英霊と同じ真面目さを持っていることが窺い知れる。
「だが……解せんな。それならば、彼らを召喚する必要はなかっただろうに」
「……忘れなさいと言った傍から……まったく。この際だから特別に白状してあげましょう。あまり喋ることに慣れていなかったから、話し相手に呼んだだけです」
もう語る事は無いという意思表示か、立ち上がると退出の為に扉へ足を向ける。
「ああ……紅茶は美味しかったわ。あと、ちゃんと寝なさいよ」
サーヴァントが睡眠を必要としていないことはジャンヌ・オルタも分かり切っている。おそらく、彼女なりに心配しているのだろう。
出て行くジャンヌ・オルタに対して腰掛けたままのエミヤは、律儀に忠告していった彼女を静かに見届けた。
共感だとか、親愛だとかは関係ないわ……私が関係ないと言ったら関係ありません。
仕方ないから力を貸してあげる。マスター共々、精々頑張りなさい。
いい子ちゃんのジャンヌには負けません。