女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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次回はイベントシナリオです。


不在のエミヤと第七次乙女協定

 今回の旅も色々なことがあった、と立香は振り返る。流れ弾で負傷したことやエミヤの生還など、思い出話は枚挙にいとまがない。

 そして、協定を開催するということが何を意味するのか分からないはずもない。つまりはそういうことなのだ。エミヤの言動が相変わらず変わっていなかったことに、安心と呆れの両方の感情を抱いたことが一番印象的だった。

 

 立香は自分で淹れた紅茶のお茶請けとして、直前にエミヤから貰っていたクッキーを食べながら、やはりエミヤが淹れた紅茶の方が香りも味も違うという感想を抱く。長い修行の末に紅茶の腕を磨いたのだろうと感心してしまうが、そんなことを頭に浮かべながら、彼がなぜそうせざるを得なかったかは深く考えないことにして、今日の参加者をぐるりと見渡す。

「なぜ私たちを呼び出したのでしょうか? 説明をお願いします」

 そう切り出したのはフローレンス・ナイチンゲールだ。

 白衣の天使と呼ばれているほど有名な彼女だが、本人としてはそう呼ばれたくないらしい。実は可愛い所もあると立香は知っているが、その彼女を呼ぶために部屋の掃除を前日に決行したことは記憶に新しい。殺菌した茣蓙(ござ)を敷き、洗濯した座布団と磨き直した卓袱台を置いて今日を迎えたのだ。

「ほう、中々美味いものだ。迷わず召喚されに来て正解だったかもしれんな」

 説明を求める婦長とは打って変わって、目の前のクッキーを堪能しているのは影の国の女王スカサハである。

 彼女が見込んだ人物をスパルタ式で育成することは、既に身を以って知っている。ただ、サーヴァントとして契約している以上、師匠と弟子の関係で完結させたくないと本人は悩んでいるようだ。

「ええ、紅茶にとても合うわ。

 ──一息入れることも重要じゃなくって? 婦長さん。クッキーがいらないのなら無理は言わないわ」

 スカサハに同意するようナイチンゲールを説得するのはエレナ・ブラヴァツキーだった。

 一時は敵対していたエジソン陣営の重要人物で、その時のことを謝罪されたが、立香は気にする事は無いと返していた。ここで気になったのは、あのナイチンゲールが説得で踏みとどまったことだろう。前進あるのみな彼女を知っている人であれば、驚くことは間違いない。

「本当に……アレよね。全く……」

 エリザベート・バートリーはなぜか遠い目をしていた。

 キャスターのエリザベートとは同一存在の別人らしいが、エミヤと知り合いであることに変わりはなく、彼女が知るエミヤはかつて何をしたのだろうと立香の好奇心が刺激される。

「うむ。流石は我が右腕であるな。余も鼻が高いぞ」

 花嫁衣裳の鎖が邪魔にならないのかと心配になるが、絡まる可能性を露ほどにも思っていないネロ・ブライドは胸を張っている。

 彼女もまた同一存在の別人らしいが、立香が先日に見かけた時、赤いドレスのネロは花嫁のネロに対して思案顔をしていた。

 本日の参加者は以上となるが、参加を一人に拒否されてもいる。隠すほどでもないが、その人物はメイヴである。

 声をかけたところ、「絆されたわけじゃないわ。先に私がエミヤを傘下に引き入れて見せるから!」と自信満々に宣言されたのだ。立香は、「そこをなんとか……」と説得したが、メイヴは折れなかった。結局、譲れない信念というものがあるのだろうと立香は納得することにした。

 ひとまず、呼びかけに応じてくれたサーヴァント達に説明をしなければならない。

 

「……貴女の説明は理解しました。要求を呑みましょう」

「へえ……どういう風の吹き回しかしら?」

「マスターは私の信頼する司令官です。浅慮な考えで提案しているとは考えられません。それならば、従うことに異論はありません」

「なるほど……そうね。私も同感だわ」

 ナイチンゲールはきっぱりと言い切った。婦長の人柄をよく知るエレナは意図を探るような発言をしていたが、人柄同様の実直さを垣間見たのか、これには不満が無いらしい。

「私も今はサーヴァントである以上、お願いを聞かぬわけにはいくまい。

 ──時間が限られるなら、稽古の質を上げればよいのだからな」

 目を細めたスカサハは、これからの展望を楽しそうに語る。

「それで寝込んでいたら元も子もないような気がするんだけど……気にしたら負けな気がするわ。

 ──(アタシ)も別にいいわよ。子ジカの提案に乗ってあげる」

 スカサハの言葉を聞いて、最初は小さく呟いていたエリザベートだったが、重要な部分はいつも通りの声量で答えていた。

「むう、余はもっとエミヤの傍に居たいのだが……寂しくなるな」

「何言ってんのよ、ネロ。アイドルたるもの限られた時間で行動するのは当然でしょ?」

「エリザベート……そうであったな、余はアイドルでもあるのだ。

 ──礼を言おう、余のドル友にして最大のライバルよ」

 少しだけ不満そうなネロ・ブライドだったが、エリザベートの激励で立ち直った。

 アイドル活動をする上で、競争相手(ライバル)はお互いに必要なのだろう。正直なところ、立香はエリザベートが援護してくれたことを意外に思った。

「みんな……理解してくれてありがとう。これからもよろしくね」

 

 会合の終了により、各自解散して割り当てられた部屋に帰っていき、主催の立香は自室で使用済みのカップを洗っていた。

「少しいいか? マスター」

 立香が呼びかけに振り向くと、視線の先にはスカサハが居た。戻ってきたことに気が付かなかったものの、言い忘れたことでもあったのだろうと予想する。

 堅苦しい話し方はやめてほしいと本人から言われているが、なかなか慣れない。

「何かあったの? スカサハさん」

「ああ、二点ほど言っておくことがあったのでな。

 ──まず一つ、メイヴのことは私に任せてくれ。あやつのことはよく知っているし……お主が掛かりきりという訳にはいかぬだろう」

 人差し指を立てて話すスカサハだったが、彼女からそう言ってくるとは思いもしなかった。

 所属人数が増えている現状を放置するわけにもいかないが、本当のことを言えば自分で解決したかった。しかし、時間が掛かりすぎることもまた事実である。ここはスカサハを信じて任せることも手の一つだろう。一応念には念を入れておく。

「……うん、分かった。だけど……余りきつくならないようにしてね」

「私とメイヴからすればお互いにじゃれているだけだぞ? 心配性だな。だが……それがお主の強みでもある。そう望むのなら従わぬわけにはいくまい。

 では二つ目だ──」

 一端言葉を切ったスカサハは剣呑な空気を纏う。立香のように戦士ではなくとも、話題が穏やかではないということを肌で感じ取る。

「──心して聞いてくれ。マスターとエミヤの二人は、危うい運命を辿っている」

「…………え?」

 青天の霹靂とはこのことだろう。一瞬呆けた後、立香はその言葉の意味を理解する。

 危うい運命がどこまで悪いのかは分からない。ただ、最悪の事態を想像すれば──

「それって、死ぬ……ってこと?」

「そう焦るな、私の『千里眼』はAランクが精々でな……規格外(EX)には程遠くまだ決まったわけではない」

「……びっくりしたよ、いきなり危ういなんて言われて」

「すまぬな、驚かせるつもりではなかった。ただ……五つの特異点を越えても、お主の戦闘能力が凡人であることに変わりはない。ふとしたことでその命は掻き消されてしまうだろう」

「それは分かっているけど……もしかして、エミヤが私を庇って消えてしまうとか?」

「確かにサーヴァントが危ういと言っても、このカルデアの仕組みであれば結局はここに戻るだろう。そうだな……マスターを守る騎士役がそうならぬよう、私はエミヤを鍛えているのだから……そう心配するな」

「……ならいいけど、私も鍛えた方が良いかな?」

「心がけは立派だが、余り気負わないほうがいいだろう。役割分担、適材適所というものだ。……長くなってしまったな。私はこれで失礼するよ……ゆっくり休んでくれ、マスター。

 ──ああ、そうだ。マシュのことをもっと気にかけた方が良いぞ」

「────どういうこと?」

 答えは返ってこなかった。それだけ言い残すと、スカサハは背を向けて部屋から出て行ってしまった。

 

 洗面台でぼんやりと自分の顔を見つめ、スカサハの忠告を思い出す。特に「危うい運命」とは他人事ではないのだから当然だ。

 命の危機は最初から隣にあった。だが、サーヴァントであるエミヤまで名指しされているのはなぜだろう。スカサハの言う通り、サーヴァントは特異点で消滅してもカルデアに戻るから心配はない。そう考えても、立香の思考から嫌な予感が消える事は無かった。予知が外れていればそれでいい。それと、最後に言っていた「マシュを気に掛けろ」という言葉も気になる。

 おもむろにベッドに寝転がると、忠告を頭の片隅に留めながら立香は意識を手放した。

 

 




「ではよろしく頼む、ドクターロマン」
「ああ、分かっているさ」
 エミヤの退室を見送り、ロマニは机に向き直る。
 先日のレイシフトで発覚した欠陥、念話の一方通行は火急の要件だった。あまりにも単純なことに気付かなかったのだから、二人で苦笑いしあった。
 システムの再構築はダヴィンチに丸投げになるが、一番頼りになるのだから仕方がない。
「勘が鈍った……ね」
 尤も、最大の悩みはエミヤが責任を感じていることにある。彼らしいといえばそれまでだが、何事にも限度というものがある。 気負いすぎないようにと口を酸っぱくして伝えてはいたが、もう一度そう願うしかなかった。
 なぜなら、早くに気付くべきはロマニ自身だったのだ。カルデアが一枚岩でないことはとっくに承知していたのだ。
 だからこそ、どんなに後悔しても許してはもらえないだろうと理解している。

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