女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと黒き騎士王

 冬木市に召喚されたエミヤは、とある少女と対峙していた。

 黒を基調としたドレスと重装の鎧を身に纏う騎士、先程外したバイザーで隠されていた瞳は金色だ。

 バイザーを外す前からエミヤは彼女を知っている、たとえその身が泥に染められていようとも、姿が変わっていようとも──セイバーの顔を見紛うはずがない。

『一体私に何の用かな? セイバー』

 平静を装ったアーチャー──エミヤの問いに彼女は迷うことなく答える。

『愚問だアーチャー……いや、シロウ。私は貴方を奪いに来た』

 ────なぜ彼女が自分の真名を知っている。

 もったいぶることなく、むしろ当然といった様子だった。眉一つ動かさないセイバーは、エミヤに衝撃の真実を語った。

 その事実に戦慄が走るが、動揺を抑えて後回しにすると、エミヤは思考を巡らせる。なぜなら、セイバーは先程と変わらず臨戦態勢だったからだ。ここで思考を止めてしまえば、戦う前から勝ちの目はない。

 だが、心眼で活路を見出そうとしても、黒く染まった聖剣を構え、金色の瞳でエミヤを見据えるセイバーには、隙と呼べる隙が全く見当たらない。

 勝利の可能性は一片たりともない。絶対に勝てないと分かっているエミヤは、それでもこの強敵に立ち向かわなければならない。いつの間にか呼び出されていたため状況は分からないが、困惑している背後の見知らぬマスターのために。

 ここで逃げれば敗走となる。この身に敗北は刻まれているが、己の信念にかけて、敗走を一度たりとも刻むわけにはいかない。

 覚悟は決まった。エミヤは、最も信頼する夫婦剣──干将・莫邪を投影すると、即座にセイバーに斬りかかった。

 

 結果は敗北だったが、善戦したと言っていいだろう。最優のセイバークラスを冠する騎士王に、補正のない近代の英霊が何合も打ち合えた。

 クラス相性が差を埋めたはいいが、それだけでは足りないほどに開きがあった。最悪なことにエミヤの手の内を知られていたため、牽制後に弓を構えたところ、読み通りと肉迫してきたセイバーに致命的な一閃を貰い、エミヤは地に膝をついた。

 最後に見た光景は、炎を背景に佇むセイバーの顔だった。

 意識を取り戻したエミヤが気付いた時には、シャドウアーチャー兼料理人として、セイバーに付き従っていた。しかし、泥に汚染されてはいたが、料理を手抜きすることは矜持が許さなかった。用意された料理を前にセイバーは不服そうな顔だった。

 その後しばらくは、セイバーと共に他サーヴァントの討伐に与していた。

 思わぬ伏兵は、どこからともなく現れたマスターとサーヴァントだった。後はキャスターを倒せばよいという段階だったが、計画の変更を余儀なくされ、沈痛な面持ちのセイバーに大空洞前の警護を任された。

 ランクが下がっても直感の恩恵は変わらない。セイバーの危惧していた通りに現れた藤丸立香達と大空洞前で交戦し、戦果を上げられぬまま、またも敗北することとなった。

 

 そして今、朝食の準備のため食堂に向かう途中のエミヤは、とある少女と対峙している。

 あの時と同じく、バイザーを外したセイバー──アルトリア・オルタと。

「また会えましたね、シロウ」

「……な、何か用かな? せ、……セイバー」

 昨日召喚されたアルトリア・オルタとは、用意した部屋で会わなかった。部屋の掃除が終わった後すぐに、エミヤは自分の部屋に帰ったからだ。だから、彼女が召喚されていることを知らなかった。

 次の日しかも朝早くに、ばったりと会ってしまった。戦闘以外では飾りだと思われた『幸運値E』は面目躍如、日常でも伊達ではないらしく、まさかの邂逅にらしくない動揺でエミヤの声は震えている。

 理由は分からないが本能的に危険を感じ、エミヤはこの場からすぐに逃げ出したかった。だが、目の前のアルトリア・オルタが発する威圧感が、それを許さない。

 ここまでか、とエミヤが諦めかけたその時──

「────シロウに何をしている」

 一陣の風が二人の間を別つように割り込んだ。

 エミヤの前にセイバー(アルトリア)が現れた。

「マスターと話していたときに比べて、随分と口調が違いますね……黒い私よ。もしかすると、シロウに媚びを売っているのですか?」

「誰かと思えばお前か……忌々しい我が内なる光よ。邪魔立てするなら……貴様を斬り伏せる」

 微細な違いはあれど、同じ存在(アルトリア)から誕生した二人の少女──どうにもお互いに譲れない者がある。

 剣まで構えてしまった。一触即発の剣呑な雰囲気を肌で感じ取ったエミヤは、なんとか仲裁しようとするが妙案が浮かばない。いや、二人の性格と先程の会話から総合して、たった一つだけ方法がある。

 なぜか見覚えのある道場が一瞬見えかけたが、針の筵に座りながらも蜘蛛の糸を掴んだ。

「け、喧嘩をするセイバーは、わたしはすきじゃないなー」

 その方法はエミヤの好みを伝えること。

 決して自惚れている訳ではないが、どうにもエミヤにただならぬ感情を抱いているようだ。流石に好きといった感情ではないと、エミヤには分かっている。

 それでも、あまり選びたくはない苦肉の策だった。途中から投げやりになってしまったが、それを差し引いても、今の二人には効果覿面だったらしい。

「く……勝負は預けます、黒い私」

「ふん……シロウに免じて、今回は引いてやる」

 互いに剣を収めたことを確認し、首の皮一枚繋がったことに安堵するエミヤだったが──

「では、食堂に行きましょうか……シロウ」

「なっ!?」

 流れるように自然な動きでエミヤの左腕に抱き着いてくるアルトリアと、素早い掌の返しように眼を見開いて絶句するアルトリア・オルタの対比だった。

 そこから言うまでもなく、喧嘩は再び勃発した。エミヤはそれを収めるため、右腕にアルトリア・オルタ、左腕にアルトリアを侍らせる折衷案を取って食堂へ向かった。

 エミヤ越しに視線で争う二人に苦笑する彼は、若干諦めの境地に入っていた。

 

 そしてこう思った、「これから毎日これがあるのか……」と。

 

 

 




 冷静さを欠いてしまった。あの時は聖杯の維持が目的だった。
 シロウに執着した挙句、自分で聖杯とシロウを天秤にかけてしまった。本来の目的のために、苦渋の選択の果てに、自分の心を押し殺して、彼を犠牲にしてしまった。その結果が何も得られぬ敗北だ……何一つ守れなかった。感情のままに彼に謝りたかった。だが、案山子に徹していなければならなかった。
 だが、もう自分を抑える必要はない。彼を犠牲にした私にそんな資格はないかもしれないが、二度と彼を失いたくない。
 ────今の私に、あの虚無感を抑えられる自信がない。

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