突如現れた謎の特異点。
先に調査に向かったカルデアのサーヴァントの失踪事件を受け、すぐさま魔境に赴いた藤丸立香一行は、疑似サーヴァントを自称する少女と出会う。
立香はマスターとして、曰くつき物件の影響で変質した仲間を苦悩の果てに倒し、屋上にて黒幕と対峙した。
エミヤはクーラーボックスを肩から下げ、ある人物の部屋へと向かう。
中身が何かと問われれば、日本でも有名なメーカーのストロベリーアイスと答えるしかない。雑務を請け負うことに定評のあるエミヤは、依頼を受けて運んでいた。
「例の物を持ってきたぞ、両儀」
部屋の扉を叩き入室の許可を仰ぐと「勝手に入れよ」との言葉が返され、空いた手で扉を開けて中に踏み込む。
しかし、一歩進んだところで弓兵の表情は強張った。
「……客人を迎え入れるなら、それなりの格好をするべきではないかな?」
部屋の主──オガワハイムというマンションで共闘した両儀式は、おそらく襦袢であろう薄着のままベッドに片膝を立て、ストロベリーアイスを嗜んでいる最中だった。
生前、姉代わりの女性の生家に赴いた時、『両儀』という変わった名字を聞いた気がしないでもないが、ただの記憶違いだろうと判断する。
「シャツは洗濯中だ。
部屋でどんな格好してようとオレの勝手だろ? いいからさっさと補充してくれよ」
「全く……、仕方がないな」
エミヤを一瞥し、プラスチック製のスプーンを咥えたままの式は、さもそれが当然のように振る舞う。
かくいう弓兵も、本人の意向ならば特別気にする事は無いため、彼女の指示通り部屋に備え付けてある小型冷凍庫の扉を開放する。
今思えば、甘いものが苦手と言っていたり、アイスを勝手に食べても良いと許可していたり、実際の好き嫌いは不明のままだが、弓兵が依頼通りにクーラーボックスからストロベリーアイスを移し替えていると、式は突然口を開いた。
「今更なことを聞いてもいいか?」
「なんだね?」
「おまえはそれが素なのか?」
位置関係的に背後から投げかけられた疑問、式の格好に配慮したエミヤは振り向かずに答える。
「そうだ……、としか答えようがないな」
「あっそ。意外と嘘が下手なんだな」
「────どういう意味かな?」
「そのままだよ。
おまえが一番分かっているだろ、エミヤ」
エミヤは声で心情を判断するしかないが、式がここまで相手を気に掛けることは非常に珍しいという事実に気付けるはずもない。
発言内容からすれば、マシュやリリィとは違う角度からエミヤの内心を見抜いているのだろう。
「……同じ顔が多い……アルトリアだっけ? その名前のセイバーとか、それ以外のサーヴァントとかがおまえに向ける好意に、どういう訳か気付いていない振りをしてるだろ? 色男」
式本人としては重要な話だと思っていないのか、アイスを食べながら雑談のように軽く話しかけるが、後ろを向くことも忘れたエミヤは少しばかり動揺していた。
「ま、まさか……、そんなことあるはずないだろう。大層な男ではない」
「またそうやって嘘を吐いて逃げるのか? 現実を見ろ。
そこだけが残念だよな、おまえの場合は。オレ好みの陰陽剣を見せてもらったし、飛び降りた所を引き上げてもらった借りがあるから、そこまで嫌いじゃないんだけどな。
何よりも、自分が見えているのに誤魔化している所が気に喰わない」
ぶっきらぼうに言い切りながらも、実は周りをよく見ている式の慧眼に頭が痛くなる。さして口の上手い方ではないエミヤがはぐらかせるような相手ではない。
以前にも、月の聖杯戦争で彼女に会ったような気がするが、詳しくは思い出せない。だが、強敵だったということははっきりと覚えている。ナイフなど持っていなくても十分に強い。
アイスの補充を終えてはいたが、エミヤは振り返ることなく切り返す。
「仮にそうだとして、私にどうしろと?」
「隔たりを作っているのなら、素直になればいいだけだろ?」
「……ここまできて随分と雑だな」
「それ以外に何かあるのか? むしろ簡潔明瞭な答えだ。相手にしないってのは、道理じゃない。お前に本物の心があるなら理解できてるんだろう? ま、理由があるならオレはこれ以上何も言わない」
ここまでくれば詰みのようなものだ。
呆気なく押されたのは、織田信長以来かもしれない。
「……降参だ。
──そうだな、確かに理由はある。些細なことかもしれないが、まだ心の整理がついていなくてね。君がそう思うのも無理はない。
だが、言うとしてもまずマスターに話すだろうな」
「なら、おまえの勝手にしろ」
諸手を挙げて抵抗を諦めるエミヤを見ながら、式はほんの少しだけ満足そうにしていた。
「寛大な心に感謝するよ。では、私からも相談があるのだが」
「なんだ、急にかしこまって」
「実をいうとだな……、彼女達の好意というものは……、ただ単に一過性のものではないのか? 私は彼女達に比べれば釣り合う男でもないし、特別好かれるようなことはしていないのだが」
「……本心か?」
「ああ、嘘偽りない本心だ」
「……そっちは本当に誤魔化しているわけじゃないとか、どういう料簡だよ」
「どうかしたのか?」
「悪い、オレじゃ無理だ。他をあたってくれ」
あっけらかんと言ってのける弓兵に、普段から冷静な式ですら複雑な表情を浮かべるしかなかった。
「そうか……、ではこのことは内密に頼む。私の不甲斐なさ故のことだ」
「内密? ……なら、対価代わりに一つ聞かせろ」
「なんだね?」
「──おまえの死の線が見えない」
洞察力のある式はアイスを食べる手を止め、エミヤの背中──動揺したこと以外は何の変哲もない背中を見据えていた。
偽りは許さないということだろう。彼女の問いかけは、意図を語られずとも弓兵には容易に察することができた。
「…………君の眼は想像以上に厄介だな。隠し事ができそうにない」
「御託はいいからさっさと話せよ」
「詳しくは言えないが、私の体と同化している宝具の影響だろう。なぜこうなったのかは私にも分からない。
あくまで奥の手で、余程のことがなければ使うことはないがな」
「……持ってるだけで綻びをなくせる? 死の線が細い訳でもないとか、あの男より性質が悪いな。
宝具ってだけでも随分と胡散臭いけど、性能までそれとか何処の橙子案件だよ、まったく」
スプーンを咥えている式は、苦々しい表情をしていた。
苦言を呈されても、人理焼却という状況下においても存在し続ける理想郷──由来がそこにあるからこそ、『直死の魔眼』すら跳ね除けるのかもしれない。
『とうこ』案件が何を指すのかは分からないが、まさか蒼崎橙子ではないだろう、とエミヤは気にしないことにした。
「聞きたいことはそれでよかったのか?」
アイスの補充はとうの昔に終わっているため、女性の部屋に長居は無用だ。そう考えるエミヤは、問答が終わったことを確認すると帰り支度を始める。
「ああ、聞きたいことも聞いたし、もう帰っていいぞ」
「お言葉に甘えるとしよう。あまり食べすぎないようにな」
その言葉を最後に、クーラーボックスを再度肩に掛けた弓兵は部屋を後にした。
完全に扉が閉まったことを確認すると、式は食べ終えたアイスの容器をダストボックスに放り込む。
気を楽にして寝転がると一人呟く。
「……幹也やマスターと同じ大莫迦の一人か、エミヤは。
それにしても鈍感男とか、マスターも苦労するな」
部屋の窓際に提げた赤いジャンパーを見上げながら、式の顔は過去を懐かしんでいた。
なんにせよ腕は立つ。
安心しろよ、万が一立つ瀬がなくなったら、家政婦兼助手として雇ってやるよ。
家に来られたらの話だけどな。