滅びの結末から生まれた幻想は、どんな過程を歩もうとも結末が変わることはない。
それでも、今を生きる少女は花の旅路を歩み続ける。たとえその先に、滅びが待ち受けていようとも。
シミュレーターに認証されたサーヴァントは二騎。
片や赤い外套の弓兵で、片や純白の姫騎士、実践型の修練と思われる戦闘は何合かの打ち合いの末に弓兵の勝利で終わりを告げた。
「ありがとうございました。エミヤ先輩」
「これくらいなら別に気にしなくてもいいが、気持ちは受け取っておこう。
──しかし、やはりというべきか、勝つことが段々と難しくなってきたな。リリィの成長速度には目を見張るものがある」
「いいえ、これも指導してくださる皆さんのおかげです。
エミヤ先輩は、双剣と弓を織り交ぜて戦っていますからとても勉強になります」
得物はすでになく、互いに無手で称え合う。
本心から称賛の言葉を贈る弓兵ではあったが、クラスを問わずカルデアのサーヴァントへ教えを乞うほど熱心に鍛錬する姫騎士は、謙虚なためかそれを固辞する。
持ちうる技術の全てを費やして防ぎ切ったエミヤに対し、剣捌きが洗練されてきたリリィにはまだまだ成長の余地が残されていた。もうしばらくもすれば、この赤い弓兵が相手でも勝ち越せるようになるだろう。
「役に立てているのなら幸いだ。
そういえば前から思っていたが、私を呼ぶ時は堅苦しくなくてもよいのではないかな?」
「やはり、先輩やさんを付ける呼び方は変えた方が良いのでしょうか?
エミヤ先輩以外のカルデアの皆さんもそう言っていましたし……」
自らの知るアルトリアとは別人でも、彼女にしょげた表情をされるのは落ち着かないものがある。
普段は明るい性格のリリィでも悩むことはある。そう思うエミヤはどうにかして励ましの言葉をかける。
「それはおそらく、リリィと仲良くなりたいからだろう。君の丁寧さは美徳だが、距離を置かれているように感じることもある」
「そうなのですか……考えてみます。
では、エミヤ先輩も私と仲良くなりたいのですか?」
未だに不安そうな顔で見上げてくるリリィの返答で、弓兵は墓穴を掘ったことに気付いてしまう。
思い上がりかもしれないが、この状況で条件反射の如く違うと言ってしまえば、彼女の顔は今以上に暗くなってしまうかもしれない。それはエミヤの望むところではない。
「……ああ。これからカルデアで過ごす仲間だからな。
──そもそもの話だが、私は君にそう呼んでもらえる資格がない」
「でも、マシュさんもエミヤ先輩って呼んでいますよね?」
「先日、呼び方を変えてみないかと提案してみたんだが、『エミヤ先輩はエミヤ先輩だからエミヤ先輩なんですっ!』と力説されてね。そちらについては諦めたんだ」
「……では、私も変えたくはないです」
遠い目をして語るエミヤを見ながら、なぜか胸を張るリリィは堂々と呼び方の変更に拒絶の言葉を述べる。
「理由を聞いても?」
「説明しにくいのですが、マシュさんのことがとても羨ましくなったんです」
「そうか……、ならこれ以上は何も言わんよ」
そう言った弓兵は背を向けると、マニュアルに従い使用後の手順としてシミュレーターの設定を初期状態に戻し始めた。
「……エミヤ先輩、私からもいいですか?」
「ああ、答えられる質問であれば」
「どうして悲しい顔をしているのですか?」
その質問に操作していた手がピタリと止まる。
耳にした言葉が予想だにしていないほど突拍子もないから仕方がないが、不意を突かれるとやはり動きが止まるものだ。
残っていた些細な作業を終えゆっくりと体を動かし振り向けば、意を決したような面持ちでリリィはエミヤを見ている。
「どういうことかな?」
「エミヤ先輩は私を含めたアーサー王を見ると、時折そのような顔をしているんです。
未熟な身でありながら、出すぎた真似をしていることは理解しています。ですが、貴方の悩みはどうしても言えないことなのですか? 私では力になれませんか?」
それを聞いて眉を動かしてしまったのは、エミヤといえども仕方のないことだろう。
純真さによる気付きというべきか、マシュにも隠し事をしていないかと聞かれたことはあるが、リリィの質問は明らかに確証を得ている。
未来の姿と断絶していても自身に関することだからより聡いのか、天性の感受性がそうさせるのかは分からない。
一瞬しらを切るべきかと考えてはみたが、直ぐに看破されると思い至りエミヤは抵抗を諦める。
リリィの真摯な瞳に抗えなかった。
「……私は、彼女との約束を守れなかった」
だが、弓兵の複雑な心中が慎重に言葉を選ばせる。
「生前の私は、とある夢を追い求めていた。かつて参加した聖杯戦争のパートナーであるアルトリアにも、その夢を語って別れ際に激励を受けたよ。
しかし、その頃の私は愚直過ぎた。目指す理想を高く掲げた結果、夢に破れて英霊となり、あろうことかサーヴァントとしてその過去を否定しようとしたこともある。
ここに居るアルトリアは私が夢を語った彼女だ。だからこそ私は気にしてしまうんだよ。どんなに彼女が今の私を認めてくれても、私は心の奥底で自分自身が許せないままだ。体たらくな結末を見せた私が合わせる顔など、当の昔に置いてきたのだからな」
「エミヤ先輩は夢を追い求めて英霊となった。その夢とは──」
「──残念だが、私の話はここまでだ。希望に満ちた君の旅に暗い話があってはならない。私が暗い影を落としてはならない」
「────そんなことはありません」
エミヤの言葉を打ち消したのは、リリィの静かな訴えだった。
「エミヤ先輩は……、X師匠と同じく私を見捨てないでくれました。
旅の中で、
私はその言葉で救われたんです。先の見えない暗闇で迷っていた私に、光を与えてくださったんです。だから……、そんなことを言わないでください。明るい顔と悲しい顔の両方が真実でも、私はエミヤ先輩の優しさを信じます」
天真爛漫、ポジティブ、アルトリアと異なる彼女だが、聖剣について深く悩んでいた。それ故に、立香達はリリィに関わることになった。
そんなリリィの最大の武器は、相手を信じること。選定の剣に見初められた純真な王の素質。
「……すまない、また悪い癖が出てしまった。気を抜くとすぐにこれだ、学習しないな……私は。
だが──、抱き着かなくても良かったのではないかな?」
弓兵は視線を下に向けるがリリィの表情は見えなかった。彼女は感情のまま咄嗟に抱き着いたらしい。
「私がそうしたかったんです。……離れてほしいですか?」
「そうだな、君が清廉な淑女であるならそうしたほうがいい」
「なら──、今度私とパイを作ってください。エミヤ先輩は料理がとても上手ですから、一緒に居てくださると心強いです。このお願いを聞いていただけるなら離れます」
「それぐらいなら、お安い御用というものだ」
癖を矯正してくれたせめてものお返しに、笑顔で答えを返す。
「──では、パイ作りを楽しみにしていますね」
名残惜しそうにエミヤの体に巻き付けていた腕を離すと、リリィも最後に笑顔を残して立ち去っていく。
見送ったエミヤは部屋へと踵を返すことにしたが、彼女が向ける好意を素直に受け取る訳にはいかなかった。
未来の姿を見ているからこそ、リリィを励ますことができただけなのだから。
この後、部屋に戻ったエミヤが仁王立ちする謎のヒロインXと会うことになるのは、もはや言うまでもない。
エミヤ先輩は、一見冷たいように見えますがとても暖かい人で、傍に居るととても安心します。
私が王になる時が来たら、エミヤ先輩は臣下……いいえ、もっと近しい存在になってくださるでしょうか。