女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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後書きも本編。


エミヤと青き騎士王

 カルデアには問題があった。それは、エミヤがレイシフトに同行することによる不在である。

 食堂に作り置きの料理を置いているため、日帰りである今は問題ない。だが、レイシフトがこちらの時間で一日以上続くようなことがあれば、満足度の低下で、職員達の士気と作業効率も低下する。最初の特異点の時など、職員全員が極限状態の中、気合でなんとか乗り切った。

 そういう事情も背景にあり、エミヤの不在時間を作らないためにも、新しいサーヴァントの召喚は必然だった。特に、料理を作れるサーヴァントも必要だった。

 幸いなことに、部屋はまだたくさん余っている。召喚したサーヴァントに一部屋ずつ割り当てることができ、掃除はエミヤが暇を見つけては欠かさず行っているので、いつ召喚しても受け入れることが可能であった。

 召喚の準備のため、聖晶石という魔力の籠った石を集める必要があった。先日から立香、マシュ、エミヤの三人は、こまめにレイシフトして収集に当たり、ようやくサーヴァントを一騎召喚できるまで集めた。

 エミヤの経験からすれば、サーヴァントがサーヴァントを召喚することはあっても、一人のマスターが二騎以上のサーヴァントを率いるなど前代未聞であった。それでも、カルデアのシステム上可能と言われれば、技術の進歩に舌を巻くしかない。

 仮にサーヴァントが二騎以上になっても、社交的な彼女のことだから上手くやれるだろうと、エミヤは確信を持って考えている。

 その彼は、現在部屋の最終確認を行っており、マスターやマシュとは別行動をとっていた。

 部屋からでも、そう遠くない場所で魔力が収束していることを感じとれるため、今まさに召喚が行われているらしいと察することができた。

 その瞬間──エミヤは体内の異物感を認めた。

 即座に体内を解析してもなぜか正体が分からなかったが、不思議なことに不快な感覚がなく、むしろパズルのピースが嵌るかのような、しっくりくる感覚に懐かしさを覚えてしまった。

 それによってある一つの可能性に至ったが、アレはもう無くなった、そんなはずはないと可能性を切り捨てて掃除用具を持つ。

 未だに釈然としない感覚を有したまま、エミヤが部屋を出ようとしたその時──突然扉が開き、目の前に現れた人物と衝突してしまった。

 衝撃でエミヤは柄にもなく尻もちをついてしまう。だがぶつかった瞬間、エミヤは自分の仮説が正しいことを知ってしまった。

 エミヤの体内の異物感の正体。それは、既に失われたはずの全て遠き理想郷(アヴァロン)だった。花の魔術師の差し金かと疑うこともできたが、そうすることはなかった。それ以上の衝撃が、エミヤを襲っていたからだ。

 弓兵がゆっくりと顔を挙げると、そこに居たのは──

「久しぶりですね……シロウ」

 かつての自分(衛宮士郎)が召喚したサーヴァント──剣の英霊(セイバー)、騎士王その人だった。

 此度の邂逅は、奇しくも運命の夜と同じ出会い方になってしまったが、エミヤの脳裏に浮かんだのは別れの瞬間だった。

 

 夜明け間近の丘の上で、少年と少女の二人が相対していた。

『あなたの剣として、戦えてよかった』

 鎧すら魔力に還元した少女が呟く。激闘の果てにあるはずだった勝利の報酬はなくとも、少女は満足だった。戦いの中、少年と考えは相容れなかったが、それでもお互いを理解しあうことができた。

『──シロウ。あなたにこれを。どうせあなたは、また無茶をするのでしょう?』

 願いを託すはずの聖杯が汚染されていることを知った少女は、迷わずに聖剣の輝きで破壊した。そんな彼女が渡してきたのは、返還したはずの聖剣の鞘だった。

『本当にいいのか?』

『ええ。私には、その資格がありませんから』

 躊躇した少年に受け取ってもらえるよう、更に鞘を前に差し出す。正義の味方を目指す少年の理想を知った、少女なりの餞別だった。

 首肯して受け取った彼が礼を言おうと思った矢先、唐突に別れは訪れる。

『シロウ……また、あなたに会いたい』

 その言葉が終わるよりも早く、戦いの終焉を告げる朝日が山間から昇り、眩い光が少年の視界を覆う。直前に見ることができたのは、曙光に照らされた少女の(かんばせ)だった。どちらの美しさで目が眩んだのかはわからないものの、一瞬の内に再び目を向けたが少女はそこにおらず、虚空が広がるばかりだった。

『ありがとう。俺もだよ……セイバー』

 少年は全て遠き理想郷(アヴァロン)を受け取り、世界を放浪する間常に体内に持ち続けていた。だが、いつの間にか体内から消滅していた。寂しさを感じなかったといえば嘘になる。しかし、正義の味方が感傷に浸ることは許されていなかった。

 

 複雑な思いを抱えながら、ようやく体内の異物感の正体に気付くことができた。

 それを差し引いても、エミヤには疑問しかなかった。彼女は死なずして聖杯戦争に参加したはずなのに、英霊として召喚されるものなのか。今思い出したが、彼女は特異点にも──口振りからするとその記憶はないようだが──召喚されていた。人類史の焼却によって過去を焼却された結果、このような例外を生み出したのかもしれない。

 しかし、特異点のセイバーもそうだったが、エミヤのことをシロウと呼ぶセイバーは二人いる内一人しかいない。

「私は、あなたのよく知るセイバーであり、あなたの知っているセイバーでもあります」

 エミヤの思考を読んだかのようなセイバーの発言だったが、彼女の発言から読み取れることは──

「──まさか、両方の記憶を持っているのか……セイバー」

「……はい」

 エミヤの辿り着いた突拍子もない回答に、首肯で返すセイバー。

 妖精郷に招かれる世界線のセイバーが召喚された時の記憶は、座に登録されることはない。つまり、記憶があるということは、妖精郷に招かれなかったセイバーが英霊として座に登録され、こうして召喚されているらしい。

 生前を含めエミヤの関わった聖杯戦争にイレギュラーで召喚された彼女は、このカルデアでもイレギュラーらしい。

「待ってよー、アルトリア~」

「先輩、もっとシミュレーターで体を動かしましょう」

 先に行ってしまったセイバーを追いかけてきたのか、遠くからマスターとマシュの声がエミヤの耳に届いた。事前に使う部屋を決めていたおかげで、迷わずに来られたらしい。

「あまり時間はありませんね……どちらのシロウも私の(・・)鞘ですから、あなたも真名で呼んでいいんですよ、シロウ」

 セイバーは、優しい声色でエミヤに問いかける。

 だが──

「いや、私にその資格はないよ。セイバー(・・・・)

 英霊エミヤは、衛宮士郎であって、衛宮士郎ではない。セイバーの知る少年はもう居ない。彼は、その提案を受け入れることができなかった。

 立香を迎えるため、エミヤはセイバーを残し部屋を出るが、エミヤの返しの言葉にセイバー(アルトリア)は不敵な笑みを浮かべていた。

 それを見てはいなかったが、なぜか嫌な予感がするエミヤだった。

 

 




 召喚後にカルデアの現状を説明され、協力しない訳にはいかなかった。しかし、
「アルトリアの部屋はエミヤが用意してくれているよ」
 マスターのその言葉で記憶が甦る。正義の味方に憧れる少年(衛宮士郎)正義の味方の到達点(エミヤシロウ)の二人に出会った記憶を──
 気付いた時には走り出していた。与えられた直感の導きに従い、辿り着いた部屋の扉を開けると、誰かとぶつかった。その誰かはもう分かっていたが、あの夜と似た構図で再会するとは思ってもみなかった。
 顔を挙げた彼に、万感の思いを込めて告げる──
「久しぶりですね……シロウ」

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