女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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久々の週二投稿。
今週はこれで最後です。
次週からは第五特異点までの一部イベントをやります。


不在のエミヤと第五次乙女協定

 魔霧に包まれたロンドン、魔神柱と化したマキリ・ゾォルケンを倒した藤丸立香一行は、遂に人理焼却の黒幕と対峙した。

 魔術王──ソロモンと名乗ったそれは、アンデルセン曰く、グランドキャスターという霊器(クラス)で、一般のサーヴァントとは格以前に権限が違うらしい。

 圧倒的な力の差、特異点で協力してくれたサーヴァントが次々と倒される中、魔術王の脅威を前にしても立香の闘志は消えなかった。

 

 立香は回想する。

 人間を有効活用してやると心底楽しそうに語ったソロモンの言い分に腹を立て、つい感情的になって啖呵を切った時のことを──

 その行為に踏み切ったことを後悔している訳ではない。

 例え消えることになる歴史でも、特異点で出会った人々は懸命に生きていた。サーヴァントは、仮初の今を生きる人々を救おうとした。

 だが──、ソロモンは彼らの存在を否定した。

 自身をへっぽこ魔術師と呼ばれるのは許せても、彼らの行いを否定されることは立香にとって我慢ならない。それだけの理由で、圧倒的な力の前に立ちはだかった。

「──どうしたのおかあさん(マスター)? 顔がこわいよ?」

 立香を呼ぶ声で彼女は我に返ると、声の方向に顔を向ける。

 その声の主──立香の膝の上に座るジャックは、膝の持ち主の顔を見上げている。

 最近の立香はポーカーフェイスが得意な方だったが、人の機微に敏いジャックにはお見通しだった。

「ううん、なんでもないから大丈夫だよ。心配してくれてありがとう……ジャック」

 銀髪を撫でると、ジャックは安心したように目を細める。

 かつて、「解体していい?」と挨拶のような気安さで何度か聞いてきた少女だけに、甘えたがりな一面だけが強化されると、ジャックの未来を信じた立香は肩の荷が下りる。

 協力してくれたアタランテとエミヤには感謝しなければならない。

 そんなジャックはカルデアで待機している時、エミヤが仕立てた素朴なワンピースを好んで着ており、実は殺人鬼だと紹介されても信じられないだろう。

「……そろそろかな」

 恒例行事と化してきた協定を今回も始める。

 このままジャックを撫でることに没頭していたら本末転倒だ。

 

 立香はいつも通りの趣旨説明を行う間、卓袱台に集った英霊の顔ぶれを確認しておく。最終的に、今回の欠席者はモードレッドと玉藻の前となった。

 モードレッドは、「オレが倒すべき相手だ」と武人のような心構えでエミヤを評していたため立香は現状維持を図り、玉藻の前は、「エミヤさんは良いお友達ですよ。なぜそんなことを……あっ(察し)」と気まずそうな顔をしていた。

「つまり、エミヤおじ様との甘いお茶会ができなくなってしまうの?

 そうなってしまったら、悲しいわ、悲しいわ」

「えー……、それは駄目だよおかあさん(マスター)。わたしたちもナーサリーもかなしいよ」

 立香が説明を終えると、ほぼ同時に声が上がる。

 一方は、未だ立香の膝の上から移動していないジャック。

 もう一方は瞳を潤ませたナーサリー。

 彼女はスキルによって、一時的に絵本からドレスを着た少女の姿に変化している。

 不便だろうと考え、その不安定なスキルを強化して姿を固定化させるため、現在ロマニとエミヤの共同で霊基再臨のシステム復旧が行われている。幸いにも完全な破壊ではなかったため修復できるが、破壊しようとしたレフ教授は念には念を入れていたようだ。

 「そういう訳ではないから安心して」と立香が声をかけると、二人は納得したようだった。

 反対のされようからふと思い出したが、エミヤはジャックやナーサリーと仲が良かったため彼の嗜好を二度も疑ったことがあった。そのことは最大の失態として重く受け止めている。

「……ゥゥ」

「波風を立てるのは得策ではない……か。やむを得ないな」

 花嫁衣装なフランはいつも通りに唸っている。

 エミヤは努力の末、彼女との意思疎通の術を体得したが、それは立香からするとまだまだ遠い領域だった。この場にマシュがいれば完璧な通訳してもらえたが、そういう訳にもいかない。しかし、少なくとも反対ではないことは辛うじて理解できる。

 そして、その隣で顎に手を当てて考え込んでいるランサーのアルトリアは、普段からどこか一線を引いた立ち位置をしている、と立香は認識していたが、意外なことに顔を出してくれるとは思っていなかった。

「じゃあ、全員賛同でいいかな?」

 特に反対意見もなさそうだと判断し、立香は締めに入る──

「──待て、マスターよ」

 立香を制止させたのは、さっきまで考え込んでいたアルトリアだった。

「今はこの協定に賛同するが、この先……人理修復を成し遂げた『後』、シロウが座に帰ろうとしたらどうするのだ?」

「……それは……えーと」

 聞かれてしまった核心、カルデアの分裂を防ぐために始めた協定だが、遂にというべきか綻びを看破された。

 言葉に詰まる立香だったが、絶体絶命の窮地に立たされたときこそ活路を拓くことができる。

 確かにその通りだが、ランサーのアルトリアよりも前に気づいた人物は居るような気がしてならない。特に、直感系のスキルを所有しているサーヴァントがこの欠陥を見逃す訳がない。つまり、黙っていてくれたのだろう。

 ならば、なぜこのタイミングでアルトリアは発言したのか。立香の読みが正しければ、これは彼女に試されている、意思確認をされているということに他ならない。

「エミヤが自分の意思で残ってくれるように……頑張る」

「……そうか」

 おもむろに瞼を閉じたアルトリアはそう呟いた。

「……だが、幾分か良くなった今のシロウでも、自分から幸せを掴みに行くとは……いや、受け取るとは思えんな──」

「────なら、わたしたちで、かえればいい」

 諦観した様子のアルトリアの言葉を遮ったのは、少し前から沈黙に徹していたフランだった。

「わたしは、ますたーも、えみやも、だいすき。だから、りょうほう、ほしい」

 喋るのは疲れると公言しているフランがここまで喋るということは、今が重要な局面だと理解している彼女の決意の現れに他ならない。

「うけとらないなら、うけとってもらう。

 ますたーが、ひとりで、できないなら、みんなで、やる。それしか、ない」

「…………ふっ、私としたことが一番重要なことを忘れていたな。シロウは幸せになっても良い、と私たちで伝えるべきだったか」

 珍しく露わになったフランの瞳からは、硬い意志が見て取れた。アルトリアはしたり顔で察しているようだが、立香は戸惑うばかりだった。

「それってつまり……、いろいろと協力してくれるってこと?」

「無論だな。共に歩む者がいないのでは話にならん」

「お姫様と王子様のラブロマンスもいいけど、なによりハッピーエンドが一番よ」

「おかあさんたちが仲良しならそれでいいよ」

「まりーが、いっていた。あいの、かたちは、いろいろ、あると」

 英霊達の反応は多種多様なものだったが、その意思は一つだった。

 

 現状の維持に関して賛同を貰った協定も一刻前に終わり、閑散とした自室で就寝前の立香はベッドに転がると天井を見つめる。

 最近、祭りが終わった後の寂しさと言うべきか、楽しいことの後に悲哀の感情に囚われるようになった。

 いつまでもこの時間が続けばいいと願っても、人理修復が終わった後も一緒にいられるのか立香自身にも定かではない。

 アルトリアが先のことについて言及したということは、他のサーヴァントと同様、遠回しに座に帰らないと明言しているようなものだ。それでも、今過ごしている時間がいつか幻になってしまうのかもしれない。

 そう考えると、人の持つ時間の短さについて揶揄していた魔術王の嗤った顔がちらつく。だが、ソロモンの考えを肯定したくはない。

 この件は、まだ胸の内に秘めておくべきだろう。

 そう結論付けた立香は意識を手放した。

 

 




 最近はシロウが構ってくれない。暦上ではクリスマスが近いので、何かしらで気を引くしかない。
 そういえば、霊基再臨装置というものが修理できたらしい。あれを応用してクラスを変えてみるか。セイバー以外もたまにはいいだろう。

 そう……ライダーとかな。











































 立香の脳裏に誰かの声が響く。
「────人を羨んだコトはあるか?」

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