女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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遅くなりましたが、今週の投稿はこれで終わりです。


エミヤと槍の黒き騎士王

 騎士王の得物といえば星の聖剣(エクスカリバー)

 しかし神代と幻想の時代、その最後を飾る『王』は、世界を繋ぐ星の聖槍(ロンゴミニアド)を得物にして戦い抜いた世界もある。後に人ならざるものになろうとも。

 

 地獄に落ちても忘れないほどエミヤの記憶に強く残るアルトリアの姿は、月夜を背景に不可視の聖剣を携えた凛とした佇まいである。それくらい剣を持つ姿が印象的だ。

 彼女の言に依れば、生きたままサーヴァントとして現界するには、剣士(セイバー)のクラスでしか呼ばれないらしい。

 では、その彼女が違うクラスで召喚されるとどうなるのか、今まで考えもしなかったエミヤには想像がつかない。

 それ以前に、会うことはないと断定していた。────目の前に現れるまでは。

「貴様がシロウか?」

 自室にて、立香とマシュに課した宿題を採点していたエミヤは、来客が扉を叩いていることに気付くと足早に出迎えた。

 その相手こそが、アルトリアの別側面であるランサークラスにして、黒化(オルタ)の姿。成長して大人びているが、その素顔はアルトリア(セイバー)の面影を残す。呼び方を短く纏めれば、アルトリア・ランサーオルタと呼ぶべきだろう。

 エミヤが扉を開けたときに一人だったため、どうやらラムレイは留守番らしいと彼には見て取れた。

「何か用かな? まあ、立ち話もあれだろうから入りたまえ」

 エミヤはそう言ってランサーのアルトリアを部屋に招くと、言われた本人は大人しくソファに座る。

 未だに怜悧冷徹な雰囲気を纏う彼女は、先日敵としてロンドンに現れたため対峙したことがあった。狂化を付与された影響なのかは不明だが、彼女に覚えはないらしい。モードレッドの必死の叫びに眉一つ動かさない、敵対する者に容赦なく恐怖を与える嵐の王(ワイルドハント)としての姿は、剣を持つアルトリアしか知らないエミヤからすれば初めて見た光景だった。

「……聞きたいことは一つだ。貴様は私のことを知っているのか?」

 エミヤの差し出した紅茶にミルクと大量の砂糖を足しながら、アルトリアは弓兵の反応を窺っている。

「知っているといえば知っているし、知らないといえば知らない、そして私は槍を持った君に会ったことがない」

 試されているエミヤは、それを理解しながら至極当然な反応を返す。やや回りくどい言い方は、つい出てしまったいつもの癖だ。

「……なるほど、貴様が知っているのは……、剣を持つ私だけか」

「そんなにがっかりした顔をされると、悪いことをした気になってしまうな」

「そんな顔などしていない。仕方のないことだ。ただ……、とある夢を見ていた」

「夢? 生前ということか?」

「そうだ。早い話、私がこの姿になれたのは奇跡といっても過言ではない。本来なら人ではなく、神へと存在が昇華されるところだった。

 だがある時、神に成り行く私の心の片隅に、人として在りたいという僅かな願望が生まれた。この槍を持ってから、何度か夢で垣間見た別の私の記憶。その中の一つ──一人の少女として、一人の少年を愛した私の記憶によってな」

 呪いで黒く染まった槍を空いている手に顕現させると、アルトリアはしみじみとした様子で呟いた。槍を握る彼女が見せた過去を懐かしむ顔、普段とは違う穏やかな表情は、エミヤにとって初めて見る顔で、かつて見た顔だった。

「それにあてられた私は、人としての側面を残すためあらゆる手を使った。ワイルドハントの化身と称されたことや別の私が受けた聖杯の呪いすら利用し、強力な自己暗示によって己の存在を再定義することができた。皮肉なことに、この槍が無ければ叶えることなどできなかった」

「……君をそこまで駆り立てたのは、まさか……」

「他の私の経験を追体験していると、いつの間にか胸に燻るものがあった。今は戦いしか知らぬ私だが、それは変わっていない」

 紅茶のカップを静かに置くと、アルトリアは言い切る。

 兜越しではない、アルトリアの金の瞳に射抜かれながら言葉を聞き終えると、エミヤはソファの背もたれに体を預け諦観するしかなかった。生前に会ったことがない、ランサーのアルトリアにまで好意を抱かれているとは夢にも思わない。

「だが……、この槍は呪いによって敵と味方を問わずに破壊を齎す。貴様は私の傍から離れるなと言っても、味方の方へ行くのだろう?」

「……ああ、その状況ならそうなるな。……そうなるが、もし君が一人で戦うなら、私も加勢しよう。女の子だけ戦わせるのは、忍びないものでね」

「──っ! ……やはり、あなたは変わっていない」

 アルトリアは声を出さないようにして驚きを押し隠した。茶化したつもりか不敵に笑うエミヤの顔が、いつだったか彼女が夢で見た少年と重なっていたからだ。

 起きたことは戻せない。夢の中でそう語っていた少年は、常に前を向いていた。途中で道を外しても、目の前の男は根本から変わっていなかった。

 座には記録されていないアルトリア──おそらく妖精郷に招かれたであろう自分に、ランサーのアルトリアは思わず嫉妬してしまう。なぜなら……、『アルトリア』という人間に一番早く辿りつき、少女としての幸せを手にするのだから。少年が命まで賭けていたのだから尚更だ。その一心で、このまま燻った感情をエミヤに吐露することは吝かではないが、まだその時ではない。

 アルトリアの目の前に居る彼が共に過ごしたのは、セイバークラスのアルトリアだ。断じてランサーではない。今、ランサーのアルトリアがエミヤに対して抱いている感情は、他の自身(セイバー)からの借り物。そして彼女は、借り物の好意を伝えてもエミヤが受け入れないことを理解している。

 胸の内を明らかにするのは、ランサーのアルトリアにエミヤが好意を持った上で、彼女の想いが変わっていないことが最低条件だ。

 このカルデアにはセイバーのアルトリアを含め好敵手(ライバル)は多いが、それでも王として冷酷な判断を下さなければならない戦に比べれば、遥かに気が楽かもしれない。

「どうしたんだ? 私の顔に何か付いているのか?」

 黙り込んだアルトリアが自身を見つめていることに気付くと、心配して声をかけるエミヤ。たとえクラスが違っても、彼がアルトリアに向ける信頼は変わらない。

「いや、些事に過ぎん。

 それよりも、夕餉はジャンクな料理を所望する」

「……まあ、いいだろう。専用で作っているからな」

 エミヤは知る由もない。目の前の彼女は、嵐の前の静けさであることを。

 

 




 他の私も狙っているようだが、戦いだから容赦はしない。
 出遅れた分は、取り戻すまでだ。
 そうだろう? ……シロウ。

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