女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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多分シリアス風味です。


エミヤと裏切りの魔女

 エミヤからすれば、カルデアに召喚されるサーヴァントの中には、聖杯戦争を通して面識のある英霊が多い。

 それだけに、戦いの渦中で敵として対峙したり、裏切った相手が召喚されるとなると非常に気まずいことになる。

 

 エミヤの気まずい相手は、彼の目の前に居た。

 自室の扉を開けたエミヤの視線の先に居たのは、メディアリリィの未来の姿──裏切りの魔女メディアであり、彼女は椅子に鎮座している。似たような光景は、最近見た気がしてならない。

 見慣れたフードを深く被っているメディアは、口元に不敵な笑みを浮かべると、部屋の入口で固まっているエミヤに声をかける。

「また会ったわね。早く入ったらどうかしら……長宗我部の坊や(・・)

「……ああ、そうさせてもらおう。あと、長宗我部は私の方ではない」

 苦い記憶を突かれたエミヤは、ややぶっきらぼうに返答すると、足早に移動してメディアの対面の席に座る。

 呼び名からすれば、まるでエミヤの生前を知っているかのような口ぶりだが、彼はメディアが坊やと呼ぶ理由の見当がついている。

 カルデアに来てからずっと、メディアはお気に入りのアルトリア(セイバー)を観察しており、偶然にもセイバーがエミヤのことをシロウと呼ぶ姿を見かけたのだろう。先日、見られている気がする、とセイバーからエミヤに相談があった。

 記憶をどれくらい持ち込んでいるかに依るが、聡明なメディアはその僅かな手がかりから、エミヤの正体を推測したと思われる。

「それにしても、あの真っ直ぐな坊やが小狡い手を使うようになるなんて、何かあったのかしら?」

「悪いが、ノーコメントだ」

「あら、残念」

 口ではそう言いながらも、断られることが分かっていたであろうメディアは小さく笑っている。まだまだいじり足りない、とエミヤには見て取ることができた。

「で、まさかそんなことを言いに来たわけではあるまい? さっさとお引き取り願おう」

「随分と急かすのね。……メディアリリィ(昔の私)はなぜこの坊やを慕ったのかしら」

「……何か言ったかな?」

「いいえ、何にも」

 メディアの言葉が聞こえていたのか定かではないが、エミヤは不満げに問い質す。

 一方、この反応も分かっていたメディアは、気を悪くする事無く話を続ける。

「では、本題に入りましょうか。

 始めに一応聞いておくけど、貴方は私を裏切った経験があるわね?」

「ああ。……それに関してはすまない。だが、私にもやるべきことがあったものでね。誹りを受ける覚悟はある」

「私が坊やを謀って手に掛けていた可能性もあったのよ? 別に咎めようってわけじゃないわ。聞きたい事は別にあるもの。

 ────『黒い、水棲モンスターの名を冠する料理』って何かしら?」

「…………それが、聞きたいことなのか?」

「ええ、そうよ」

 暗い話になることを予想していたエミヤだったが、メディアの口から放たれた言葉は彼の予想をはるかに上回っていた。

「いや想像がつくし、知っているには知っているが、それを知ってどうするのかね?」

「もちろん、作るに決まっているじゃない。当然、教えてくれるんでしょう? 坊や」

「……断る選択肢はないのだろう? やれやれ、咎めないといったのはこのためか」

 メディアから送られる圧力に押し負けたエミヤは、観念して許諾する。

「だが、なぜその料理を作ろうと思ったんだ?」

「……私にも分からないわ。心に引っかかっていたのよ……。

 ────ねえ、坊や」

「今度は何かな?」

 珍しく口にすることをためらったメディアは、間を空けたものの決心して切り出す。

「あなたの記憶に残る、私の最期────その時の私は……誰を守っていたのかしら?」

「何を、言って……」

 その言葉を聞いて、エミヤは一瞬で理解することができなかった。

 しかし、ある仮説がエミヤの脳裏を過る。メディアの記憶には欠損があるのではないか、と。

 根拠もなしに考えついたわけでもなく、原因は不明だがこのカルデア内に限定しても、記憶に欠損のあるサーヴァントは存在する。エミヤにもその自覚があるからこそ、思い至った結論だ。

「どうしても……思い出せないの。私が命を投げ出すほどに愛したマスターの顔も、名前も……」 

 俯いたメディアの声は暗く、魔女の仮面は剥がれ落ち、一人の男を愛した女性の顔を覗かせている。

 因縁のある相手ではあるが、そんな姿を見せられると、エミヤも意地の悪いことはできない。

「────葛木宗一郎」

「……えっ?」

「君の知りたかった男の名だが? メディア(キャスター)

「葛木……宗一郎……様。ああ……顔はまだ思い出せないけど、この感覚は間違いないわ……」

 噛みしめるようにゆっくりと復唱し、その名に相違ないと肯定したメディアは、その後しばらく沈黙していたが、いそいそとフードを外すと、俯いていた顔をあげて笑みを浮かべ──

「────ありがとう、坊や」

 エミヤにお礼の言葉を述べた。

 その顔を見て、エミヤは酷く動揺した。素顔を見せたことや感謝してきたことも理由の一つだが、一番の理由は──。

 その顔が────あまりにも幸せそうだったから。

「……私の理想は、つくづく遠回りをしていたようだな」

「……? どういう意味かしら? まさか、誠意を見せたのが気に喰わなかったのかしら」

 エミヤの呟きに反応し、不満気な顔のメディアは苦言を呈する。

「いや、君に対してではない。まあ、君のお蔭で思い至ったわけでもあるが」

「あら、そう。悩みくらいなら聞いてあげるわよ」

「悩みというほどでもないが、要するに、自分との対決はロクなものではない、ということだな」

「自分との……対決……?」

 エミヤの意味不明な言葉に、メディアは頭に疑問符を浮かべている。

 もう一人の自分は長宗我部くらいしか思い浮かばないはずである。さしものメディアでも、エミヤが過去の自分を抹殺しようとしていたとは、夢にも思わないからだ。

 エミヤの言葉の真意、自分殺しを計画して最終的に"答え"を得たと言っても、運の巡り合わせが良かっただけにすぎない、ということだ。

「さて、早速食堂に行くとしよう。今日の夕食に、一品追加だ」

「……あなた、そっちが素なの? てっきり、枯れ果ててるのかと思ったわ」 

「さて、どうだろうな」

 明るい調子でその言葉を最後に残し、メディアに背を向けるエミヤ。

 呆れていたメディアも彼の背を追って食堂へ向かう。当然ながら、彼女からは背中しか見えていなかったために、エミヤの表情を窺い知ることはできなかった。

 そして、小さな呟きも聞こえなかった。

「────今も昔も多くを切り捨てた私に、その顔ができるのだろうか」

 エミヤにとって、メディアの幸せな顔は目映いものだった

 

 件の料理はエミヤとメディアにより再現することができたが、その料理を見た海外出身の職員やサーヴァント達からは、見た目が地味ではないかという声が出た。それでも、肝心の味は折り紙付きだったため、それ以降の文句はなかった。

 

 




 あの坊やが宗一郎様を手に掛けたことを気にしてない訳じゃないけど、聖杯戦争という殺し合う舞台ではなかったら、私は宗一郎様と出会えなかったでしょうね。もし争う必要が無かったら、お互いに幸せだったのかもしれないわね。
 分かっているでしょうけど、ここのマスターを見習って、今度は裏切らないで頂戴。十中八九、今度会う時はここでの出来事を覚えていないでしょうから。
 お手柔らかにお願いするわね、坊や。

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