女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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作風が安定しない。
この後は、第四特異点よりも先に、イベントか体験クエストのサーヴァントを書くと思います。
番外編も少しずつでも書きます。


不在のエミヤと第三次乙女協定

 オケアノスの一件で、立香はマスターとして、時には非情な決断を下さなければならないことを知った。

 英霊は座に本体がある限り、特異点での消滅は一時的なものだ。しかし、一般的な魔術師からは程遠い立香は、割り切ることが出来なかった。それを理由にして、仲間を切り捨てるような真似はしたくなかった。たとえ、本人(アステリオス)の提案だとしても。

 初めての挫折だった。フランスとローマの二つの特異点で、全員を生存させて修復を成し遂げた経験が、却って立香の心を蝕み、思考を鈍らせていた。

 それ故に、オケアノスの最終局面で、立香はあわや取り返しつかない失態を演じるところだった。

 一瞬とはいえ、足元を確認していなかったがために躓き、抱えていたエウリュアレと共に、大英雄(ヘラクレス)の斧剣で絶命するはずだった。────立香が一人で戦っていれば。

『世話が焼けるな、マスター』

 体の浮遊感と共に投げかけられたのは、立香を案じる言葉だった。

 その声の持ち主である赤い外套の弓兵──エミヤは、心配そうな表情で立香を見ていた。

 そこで立香は理解する。葛藤と戦っているのは、自分だけではない、と。

 

「ふう……」

 自室で立香は一息つく。この行為は、例の時間が始まる前に必ず行う儀式のようなものだ。それに、今回はいつもよりも倍以上気を引き締めなければならない。

 なぜならば──

「一体何の集まりなんだい? マスター」

 今日の参加者は、抜け駆け上等を是とする、海賊ドレイクを始めとした一筋縄ではいかない曲者揃いだからだ。

 立香にとって、もはや暗唱できるまでになった、いつもの決まり事を参加者に告知する。賛同してもらえるかは、また別の話であるが。

「すまないけど、そいつには賛同できないねぇ」

「ごめんなさい、私達も」

「賛同できないんだ」

 立香の予想していた通りの反応だった。海賊である、ドレイク、アン、メアリーは、素直に賛同してくれるはずもない。

「みんな仲良しが、一番だと思うのですが……」

 三人の海賊に対し、異論を唱えるのはメディアリリィ。

 裏切りの魔女の対極に位置する仲良しの魔女は、争うことを好まない。

「汝に同意するのは癪ではあるが、斯様な争いを避けるべき、という言葉は妥当だろう」

 特異点で対峙したからか、メディアリリィと少し距離を置いて、意見を述べるアタランテ。ギリシャの痴話喧嘩をよく知る彼女は、争いを回避したい。

 しかしながら、不純だとエミヤに怒りの矛先を向けず、協定の参加によって事態の収拾を選ぶ所が、まさに惚れた弱みである。

 

 一回目の話し合いは、賛同派にメディアリリィとアタランテの二人、反対派にドレイクとアン、メアリーの三人で分かれた。

 立香にとっての正念場、反対派をどう切り崩すかで勝負が決まる。

 だが、カルデアに召喚されたサーヴァントの交友関係を把握している、マスターの立香には戦略がある。

 アンとメアリーは、ドレイクを船長(キャプテン)として慕っており、ジャンケンでの勝負もドレイクが代行している。

 つまり、二人が絶対の信頼を置くドレイクを説得すれば、アンとメアリーの説得も容易になる。

 ハイリスク・ハイリターンの賭けだが、これに頼らなければ、カルデアの平和は保たれない。

「ドレイク、この協定の損益をおさらいしよう」

 賽は投げられた。立香は手札を切る。

「この協定に賛同すれば、邪魔されることのない時間を確保できる。ただし、独占することが禁止される」

「たしかに、マスターの言うように魅力はあるよ。でもねぇ、欲しいもの……お宝は自分で手に入れるのが、海賊の流儀さね」

船長(キャプテン)の言う通りですわ」

黒髭(ティーチ)も船長としては悪くはなかったけど、やっぱり……ね」

 ドレイク達の言うように、海賊ならば当然の価値観だ。しかし、ドレイクにはもう一つの顔がある。

「そういえば、特異点の時、欲しいもの言っていなかったよね。一か八かの勝負(ジャンケン)をしなくても、相応のメリットを用意している協定に賛同して欲しいなぁ」

「……迂闊なことは言うもんじゃないね。ここで、それを持ってくるのかい? やっぱり、無欲な奴が一番恐ろしいねぇ。……いやマスターは、既にあるものを守ろうとしているだけか」

 ドレイクは海賊であり、商人だ。卑怯かもしれないが、立香が使える手札は全て使う。後は、ドレイクの考え次第だ。

「…………アン、メアリー、ここはアタシの顔を立てて、折れちゃくれないかい。船員──後輩の幸せも、船長として保証したいのさ」

船長(キャプテン)……ふう、仕方がないわね。いいかしら? メアリー」

「うん。船長(キャプテン)が最後まで戦って負けたんだから、従うしかないよ。でも、負けても損がないのは、多分初めてかな」

 第三回となったこの協定も、マスター──藤丸立香の活躍により、無事に締結された。

 

「はあ、良かったぁ」

 各自解散し、人数も少なくなった頃、協定の立役者である立香は、思い切り息を吐き出した。

 ドレイクが貸し借りを気にする人で良かった。踏み倒されたら立香に打つ手はなかった。

「あの……マスター?」

「ん? なに?」

 部屋には、メディアリリィとアタランテが残っていた。

あの二人の女神(ステンノとエウリュアレ)が見当たらないが、何かあったのか?」

「そうですね、少し気になります」

 二人の疑問は至極当然のものだろう。立香は二人の方を向く。

「実は、この協定が始まる前にメドゥーサの部屋に呼びに行ったんだけど、『妹の時間は姉のもの、邪魔はしないから、勝手に決めてくださいな』ってステンノとエウリュアレに言われちゃって」

「それは、……お二方らしいですね」

「成程、既に話は纏まっていた、という事か」

 女神は気まぐれだ。今の所、立香のことを認めてくれているが、この話をしに行くのは勇気が必要だった。

 身構えていただけに、あっさり承諾されて立香は拍子抜けしてしまったが。

 後、女神達に会いに行った時、眼帯で見えなかったが涙目だろうメドゥーサには、エミヤの差し入れをプレゼントしよう、と立香は心に決めていた。

 

 メディアリリィもアタランテも自身の部屋に戻り、就寝支度を終えた立香はベッドに横たわる。

 抱えていた悩みに、自分なりの答えを出した。

 仲間を切り捨てることはしないが、英霊達の想いを背負い、仲間と共に必ず前へ進む。それが、立香の目指すマスターの姿だ。

 その決意を胸に、立香は睡魔に身を委ねた。

 

 




 アトリエ兼工房で、ダヴィンチは一人悩んでいた。
「投影魔術……か」
 本来ならば、実践向きではない魔術を使い、英霊にのし上がった謎の男──エミヤ。
 宝具の投影も可能にしていることから、封印指定の対象にされてもおかしくはないほどの特異性を持つ。それなのに、人理焼却の直前でも、そんな男が居るという情報は入ってこなかった。
 もしかすると、エミヤは未来の英霊なのかもしれないが、そんなことは問題ではない。
 宝具の投影を可能にしていても、所詮は偽物。しかし、彼の投影する物から、ダヴィンチは固い信念を感じ取ることができた。
 贋作といえどそれを作るエミヤには、曲げられない信念がある。
「もし、これ(・・)の贋作が出たら、彼に捜査を依頼しようかな」
 ダヴィンチが見つめる先には、今の万能の天才と同じ顔の女性が微笑んでいる。

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