女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

23 / 92
大変遅くなりました。


エミヤと仲良しの魔女

 エミヤが自室に戻ると、香ばしい香りが鼻腔をくすぐった。作り慣れたエミヤは、即座にクッキーの匂いだと断定することができる。

 そして、なぜそんな匂いがするのかといえば、先客の手土産だからである。

「お待ちしていました。エミヤさん」

 裏切りの魔女のかつての姿であるメディアリリィは、育ちの良さを感じさせる姿勢で椅子に腰かけていた。

 メディアリリィの目の前のテーブルには小さなバスケットが置かれ、エミヤの推測通りクッキーが収められている。

「先日料理を教えていただいたお礼に、クッキーを焼いてきました」

 クッキーへ視線を向けたエミヤに応えるかのように、メディアリリィは穏やかな笑顔で補足する。

 メディアリリィの言う通り、得意なお菓子以外にも料理を作れるようになりたい、と教えを請われたため、エミヤが指導員として付き合っていた。

 裏切りの魔女(メディア)の記憶も保有していることが、特異点での邂逅でも確認できており、生前含めてメディアの方に因縁のあるエミヤは、声を掛けられた時に思わず身構えてしまった。

 しかしメディアリリィの話を聞いてみると、申し訳なさそうな顔をしながら至って普通のお願いをされたので、それくらいなら、とエミヤは二つ返事で引き受けた。

「あれくらいならば、礼など気にしなくて良かったのだが」

「それでは、私の気が収まりませんから。ぜひ受け取ってください」

「ああ、折角作ってくれたのだ、無碍にはできんよ」

 微笑みながら勧めてくるメディアリリィは、頑として譲らないことが分かっている。

 最近の心境の変化もあってか、厚意を受け取らないのも失礼に値すると十分に理解しているため、エミヤの方から折れる。

「では、紅茶でも入れよう」

「それは楽しみですね、お願いいたします」

 クッキーを最大限楽しむために、紅茶は必要不可欠だ。エミヤは丹精込めて紅茶を注ぐ。

 

 ささやかながら始まったお茶会、メディアリリィのクッキーとエミヤの紅茶で会話が弾む。

「本当はパンケーキを作ろうと思ったんですが、材料がなかったもので」

「それは残念だな、また機会があれば作ってほしいものだ」

 そこまで言ってエミヤはふと気付く、パンケーキの材料は足りていたはずだ、と。

 もしかすると、メディアリリィが独自に開発した隠し味があるのかもしれない。だが、今聞いてしまうと面白みに欠けてしまう。己の舌で材料を当てることも食べることの醍醐味だ。

 突如湧いた疑問を口にすることなく沈黙していると、メディアリリィは次の話題を切り出す。

「そういえば、ここにいる皆さんは仲がよろしいですね」

「ああ、そうだな。私にも理由は分からないが」 

 社交性の高いマスターのことだから、当然の帰結だろうとエミヤは結論付ける。当然ながらエミヤには知る由もないのだから。

「でも、最近ではドレイクさんを筆頭として、争っていることが多いですね」

「争うと言っても、ジャンケンだがね」

 宝具の使用が禁じられているカルデアでは、藤丸立香の一存により勝負事はジャンケンでけりをつけることが義務付けられている。

 格上に滅法強いドレイクが、アルトリア(セイバー)達が持っているような『直感』系スキルを捻じ伏せる様は、エミヤが初めて見た時には度肝を抜かれ、今のところ代理人のネロが互角の勝負らしい、と解説役を務めていたマシュに説明された。

「……みんな仲良しが一番だと思うのですが」

 憂いのある表情でメディアリリィはため息をつく。そこまでして仲良しにこだわるのは、生前の経験からだろう、とエミヤには察しがついた。

「心配には及ばんよメディア……リリィ」

 エミヤ自身、どうにもその真名だけは呼び慣れないためか、あまりの違和感で間が空いてしまう。

「私の故国の言葉だが、喧嘩するほど仲が良い、というものがある。それに、ジャンケンで決着がついた後は、互いに笑顔で健闘を称え合っている」

「……そう……でしょうか」

 未だに憂いの晴れない表情をするメディアリリィ、やはり根は相当に深いらしい。

「それにかつてのオレも、とあるマスターと袂を分かったり、記憶を奪われたときに冷たくしたこともあった。だが、それでも信じて追いかけてくれるマスターがいた。そして、藤丸立香も同じ雰囲気を持つマスターだ」

 恩人の赤い少女と不屈の心を持つ月の少女、後ろめたいことをしたこともあるエミヤは、二人の存在に救われた。

「エミヤさん……」

「今すぐ信じろとは言わんよ、これからのマスターの行動を見て君が決めればいい。それに、気に病んでいることもすでに答えが出ているじゃないか」

 言葉を切ると紅茶に口をつけるエミヤには、メディアリリィの悩みの種の見当がついている。

 エミヤの意味深長な言葉に眉をひそめたメディアリリィは、少しばかりの逡巡の後にハッとしたように思い出す。

『これからよろしくね、メディアリリィ。特異点ではごめんね、そして……ありがとう』

 カルデア(ここ)に召喚されたとき、面識のある藤丸立香(マスター)は明るい笑顔で迎えてくれた。敵対していたはずのメディアリリィのことを──

 エミヤが言いたかったのはこのことだろうか、メディアリリィはそう考えながらぼんやりと紅茶のカップを覗き込む。

 飲み残された紅茶には、先程よりも和らいだ表情のメディアリリィが映されていた。

 

 そして後日完成したパンケーキが、エミヤの想像を絶する代物だったことは、また別のお話である。

 

 




 エミヤさん、イアソン様とは違ったお方。でも、あなたも私を惹き付けて離さない。
 今でも、信じたら裏切られるのではないか、そう思って身構えてしまいます。
 でも……マスターやあなたのことを信じたい。
 これからも、私のことを裏切らないでくれますか? ……エミヤさん。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。