女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと比翼連理の女海賊

 ベッドの上で寝転がりながら、エミヤは考えていた。

 どうしてこうなったのかまったく理由が分からない。そして、その原因は両隣に居た。

 エミヤが顔を右に向ければ、小柄な美少女──メアリー・リード。逆の左を向けば、大柄な美女──アン・ボニー。その二人がエミヤに添い寝する形で横になっていた。

 一人増えるならまだしも、二人分も増えてしまうとベッドも手狭に感じてしまう。それなら断れば済む話なのだが、お人好しのエミヤにその選択肢はない。

『私達と一緒に寝ましょう?』

『それとも、僕達と一緒に寝るのは……嫌?』

 そのように誘われると良心の呵責を感じてしまう。これは熱いお誘いの一部に過ぎない。アンは艶っぽく、メアリーに至っては上目遣いという技法を用いてきた。熟練の連携攻撃を食らってしまうと、尚更エミヤは断れない。

 口説き落としたとドレイクに冗談で言われたが、こんなにも懐かれるようなことをしただろうか、そう思いながらエミヤは回想する。

 

 遠距離に定評のあるエミヤを以てしても分が悪く、一度は撤退を余儀なくされた、海賊──黒髭(ティーチ)との戦い。彼らとのリベンジマッチ、その火蓋が切って落とされた。

 先鋒として現れた血斧王エイリークを倒した藤丸立香一行だったが、次に立ちはだかったのは、二人一組の女海賊──アン・ボニーとメアリー・リードだった。

 このまま細かく足止めされると埒が明かない。時間ばかりが過ぎていく。消耗戦を危惧したエミヤは立香達を先に行かせ、たった一人で対峙した。しかし、一人で戦うのは初めてではない。

 甲板で二人と一人は対峙する。

『白兵戦のできる弓兵なんて珍しいね』

 投影した黒白の双剣を見て、メアリーはそう評する。しかし、侮っている訳ではない。警戒心を解く事無く、エミヤの動きを観察する彼女に油断の文字は存在しない。

『なに、必要とあれば剣ぐらい取るさ。退屈はさせんよ』

『あら、ではお手並み拝見いたしますわ』

 メアリーと同じく、笑顔を浮かべるアンにも隙と呼べるものは見当たらない。

 何気ない二人の一挙一動は、お互いの動きに合わせたものだ。そこから分かる相手の持ち味は、阿吽の呼吸で迫る抜群のコンビネーション、一筋縄ではいかぬ相手だ。守り上手を自称するエミヤでも苦戦は免れない。

 だがそれだけだ。たとえ相手が誰であろうと、立香達のためにも、最初から負けるつもりは毛頭ない。

『────悪いけど』

『倒させてもらいます』

 最初に動いたのは二人の海賊だった。アンとメアリー、二人の言葉は同時に発せられた。

『生憎だがそれはできないな』

 エミヤも双剣を構え直し、迎撃態勢に入る。海賊流の生死をかけた戦い開戦の合図などはない。

 二対一の戦いは、一方的な展開になるかと思われたが、紙一重で拮抗していた。

 しかし、エミヤは圧倒的に攻めあぐねている。メアリーがカットラスで切り込み、アンが銃撃で援護と追撃を兼ねる。長年の戦闘で培った一糸乱れぬ連携攻撃だった。その手練れの猛攻を防ぐことに手一杯で、反撃が難しい。

 その一方で、アンとメアリーにも焦りが生じていた。大抵の敵であれば既に決着がついている時間で、これまで何合も切り結んでいる。生半可な連携ではないと自負する二人にとって、初見の相手を詰め切れていない事実は驚愕に値する。

 焦りが先走ってしまったのは、アンとメアリーだった。銃撃と剣戟の交代するタイミングが僅かにずれ、ついに連携に綻びが生じた。たった一瞬の隙だったが、勝機を窺うエミヤにとっては、降って湧いた千載一遇のチャンスだった。

『────はっ!』

『────ぐっ!』

 これまで銃弾に阻まれてできなかった。メアリーの攻撃を紙一重で躱し、その勢いのまま胴体に回し蹴りを叩き込む。小柄な少女はマストに体を打ち付け、暫らくの間は動けそうにない。

 そして、エミヤが狙うのは前衛のメアリーだけではない、後衛のアンもその対象だ。狙われていると分かったアンは、逃げることなく銃で切り結ぶ。だが、流石に攻撃を耐えきることはできない。

『そこだ──!』

『────あっ!』

 狙っていた訳ではないが、乗船前の狙撃で空けておいた船縁の穴へアンを弾き飛ばす。

 そのまま海へと投げ出されそうになったアンだったが、その腕を掴む影があった。

『しっかりして──アン!』

 先程無力化したはずのメアリーだった。未だに残っている痛みをこらえて戦場に復帰していた。

『だめよメアリー! 私のことはいいから』

 死を恐れないアンと情を捨てきれないメアリーの決定的な違いが、葛藤を生んでいる。互いが互いを想い合っている。

 英霊の身である以上、消えるだけで死は関係ない。メアリーもそれは分かっている。それでも、心情は別だった。互いに片翼しか持たない鳥は、一羽で飛ぶことは叶わない。メアリーはその一心で引き上げようとする。

 しかし、全盛期の姿で召喚される都合上、小柄のメアリーで大柄のアンを引き上げることはできない。

『お願い離して! このままじゃメアリーが』

『────掴まれ! 早くしろ!』

 二人の会話に割って入ったのは、敵対していたはずのエミヤだった。握っていたはずの剣を手放し、空いた手をアンに差し出している。

 呆気にとられるアンとメアリーだったが、いち早く我に返ったアンは恐る恐るエミヤの手を握った。

 そこから引き上げることは容易なことだった。助かったことに安堵したアンとメアリーは、静かに抱き合っている。

『どうして……僕達に手を貸してくれたの?』

 不意打ちをする様子もなく、その場から一歩も動いていないエミヤに向かって、メアリーは不意に口を開いた。敵対していた相手に手を貸したことが、釈然としていない様子だった。

『私に背を向けてでも半身を救おうとした君の姿に感銘を受けただけだ。仮に、あのまま攻撃を続けていたとしよう。どちらが正義か分かったものではないな』

『私達は海賊なのに?』

『海賊だから悪という訳ではないだろう。こちらの船長はドレイクだ。彼女も同じ海賊だが、偉大な航海者でもある。誰かを救おうとしている人間を悪と断じるならば、それこそが悪に他ならない。

 さて──どうする?』

 質問には答えたと言わんばかりに、エミヤは今後の展開を催促する。

 アンとメアリーは顔を合わせるとアイコンタクトを交わし、メアリーが口を開いた。

『……降参するよ。僕達じゃ敵いそうにないし、このまま戦って消耗させてもいいけど、助けて貰っちゃったからね』

『こちらとしては賢明な判断で助かるよ。では失礼する』

 メアリーの言葉を信じて気を許したのか、エミヤは武器を構えることなく、隙だらけの背中を晒して去っていく。

 このまま襲い掛かれば倒すことも可能だったが、アンとメアリーに動く気配はなかった。

 

 ────思い返してみたが、至って普通のことしかしていない。

 更に頭を悩ませるエミヤだった。そういえば、黒髭の最期を看取っていた時──

『エミヤ殿でしたかなwww。

 フラグ建設とは羨ま死ね。枕元に立ってやるでござる』

 と真顔で言われたが、果たして何のことだったのだろうか。

 

 




 忌み嫌われる存在だった私達を、何も言わず助ける変わった人。海へ弾き飛ばさずとも、剣で貫いた方が確実でしたわ。
 僕達は最後まで戦い続けると決めていたのに、想像してない行動に毒気を抜かれてしまったよ。
 助けることが救いになることに、エミヤさんは気付いていないのでしょう。
 それが当然だと思っているからじゃないかな。
 もっと傍に居たくなってしまいましたわ。
 ならば、手に入れよう……アン。
 相手がマスターでも、抜け駆け上等ですわ!
 舐めるなよ、海賊を! 覚えておいて、エミヤ。

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