女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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エミヤと麗しの狩人

 大英雄(ヘラクレス)を葬るため、『契約の箱』に誘き寄せることとなった、オケアノスでの最後の決戦。

 平穏無事に終わることなく、女神(エウリュアレ)と逃げる途中に足を挫いた藤丸立香(マスター)を抱え、エミヤが全力疾走したのは記憶に新しい。大英雄に立ち向かうことは何度かあったが、撤退戦はエミヤの覚えている限りでは一度もなかった。 

 最近の運の悪かった出来事を脳内で回想しているエミヤだったが、ふと背後からの視線を感知する。エミヤにとって、背後から視線を感じることは初めてではないし、珍しいことでもない。最近では頻度が減ったものの、一定の周期でメドゥーサが背後に回る日があり、隙を見逃さぬ捕食者として熱い視線を送ってくる。

 しかしながら、エミヤの過去の経験と周期から察するに、正体がメドゥーサではないことは分かっている。

 それにエミヤが感じているのは、捕食者のようにねっとりとした視線ではなく、獲物を狙う獣の如く鋭い射貫くような視線。

 その持ち主は、このカルデアでは今のところ一人しかいない。

「何か用かね……アタランテ」

 エミヤはゆっくりと振り返り、予想した正体の是非について問いかける。 

 

 しらを切ることなく、背後の物陰から姿を現したのは、獅子耳が印象的なアタランテだ。フランスでは、デオンと同じく竜の魔女に使役されていたが、打って変わってオケアノスでは、起死回生の切り札(ダビデ)に引き合わせてくれたサーヴァントである。

「気付かれたか。やはり、森の中でなければこんなものか」

「今回は偶然だ。ギリギリの所だった」

 森の中では完全な気配遮断ができるアタランテでも、遮蔽物の少ないカルデアの廊下で気配を隠しきることは、流石に容易ではない。

 加えて、マスター達の気配が希薄に感じられるようになり、危機感を抱いたエミヤの特訓の甲斐もあった。ロマニに相談し、独学で気配感知を学ぶなど、打てる手は打っておいた。

 隠しきれなかった微かな綻びから、アタランテの気配を察知することができた。

「まさかとは思うが、アップルパイでも作ってほしいのかな?」

「否。……だが、作ってほしくないという訳ではない」

 エミヤなりの洒落っ気を出した冗談を即時に否定すると、視線を逸らしながら訂正するアタランテ。頬を赤く染めているため、気恥ずかしいのだろう。

 というのも、アタランテの召喚と特異点からリンゴを持ち帰った日が偶然にも重なったことがあった。その日は食後のデザートとしてアップルパイを振る舞い、アタランテは凛とした雰囲気を崩さずに瞳を輝かせて頬張っていた。あまりにもおいしそうに食べるものだから、作った甲斐があったとエミヤは微笑ましく思ったものだ。

「すまない、からかうつもりはなかったのだが。……では、改めて用件を聞こう」

「ではエミヤ、汝に問いたいことがある。────汝は、私の敵か?」

 先程までの和やかな空気は一転して、アタランテの気迫で張り詰めた空間へと変貌する。彼女の鋭い視線は再びエミヤを捉え、誤魔化しは許さないことを訴えかけている。この質問は、アタランテの信条が関わっているのだろう、とエミヤには察することができた。

「ふむ、なるほど。……今は敵ではない、としか言えんな」

「今は……か」

 多少は気に掛けてくれているのだろう。少しばかり残念そうな顔で、エミヤの言葉の一部を復唱するアタランテ。彼女には申し訳ないことになったが、敵になることはない、と断言してほしかったのかもしれない。だが、こちらは英霊として召喚されなければ、抑止力(うえ)の意思で望まぬ仕事を強いられる傀儡に過ぎない。そもそも、聖杯戦争ならば本来、敵同士だ。下手すれば次に会った時、そうなっていることもあり得る。

「ところで、その質問はジャンヌの件と関係があるのかな?」

「────っ! なぜ……?」

 質問の意図を裏側まで読まれるとは思っていなかったためか、アタランテは、大きく目を見開き動揺する。態度だけで見ても、如何に図星かが分かる。

 観念したのか、アタランテは目を閉じて大きく深呼吸すると、今一度目を開けて語り出す。

「私は先の聖杯大戦で、ルーラー……あの聖女と諍いを起こした。怨念となった子供達の魂を、救うか、救わないか、でな」

 エミヤは通路で通りがかった時、ジャンヌを相手にしたアタランテが喧嘩腰に話しかける所を見かけた。話しかけられた当の本人(ジャンヌ)はきょとんとした顔をして、『どこかでお会いしましたか?』と話しかけてきた人物(アタランテ)に返したのだ。その言葉で固まったアタランテは、そういうことか、と呟いた後、一言謝罪して去って行った。

 アタランテの言葉と態度から、余程のことがあったと思っていたが、原因がまさかの聖杯大戦とは大きく出たものだ。エミヤの想像を上回っている。

 そして、ジャンヌが覚えていないということは、召喚時の記憶が反映される前ということであり、覚えていないのも無理はない。

「私の願いは子供の幸せだ。だから、子供達を守るべきと判断した。だが、聖女は切り捨てるべきだと判断した。どちらも折れることなく、私自身の誇りを捨ててでも食い下がったが、韋駄天馬鹿(アキレウス)に失望させてしまった。詰まる所、私の独り相撲だったという訳だ。

 汝は私と似ている。だから聞いたのだ」

 やや自虐気味に語る。アタランテの翳りのある表情、その胸中は如何ばかりか、推し量ることは難しい。

「……先程の問いは忘れてくれ。過ぎた話だった」

 翳りのある表情のまま、アタランテは踵を返そうとする。だが、このまま帰していいものか。エミヤはそう思ってしまった。

「────待ってくれ」

 表情を見られたくないのか、彼女は振り向かなかった。

 エミヤからすれば、動きが止まったのならそれ以外は関係ない。アタランテの背中越しに、次の言葉を繋ぐ。

「二人の考えは、両方正しいのではないか? 悪に傾倒したのであれば、子供といえど排斥される。だが、外れた者を正しく導くことで悪の道から引き返させることもできる。それが可能なのは、君のような存在だけだ。

 しかし、全てを肯定して守るだけでは意味がない。君もそれは分かっているのだろう?」

 捨てられたアタランテがある意味真っ当に成長できたのは、アルテミスが遣わした育ての親である雌熊のお蔭だ。

 エミヤが彼女に会ったのはこれで三回目だが、特異点での冷静な彼女を見る限り、信条を否定する言葉についカッとなってしまったのだろう。

 決して悪気があったわけではない。自分の理想を否定されることは、辛く苦しいことだから。

 

 エミヤの言葉を聞き届けると、歩みを再開するアタランテ。

 アタランテの纏っていた陰鬱な雰囲気が霧散しているように見えたのは、エミヤの気のせいではないと信じたい。

 

 




 やはり似ているな。エミヤ、汝の言葉には実感が伴っているように聞こえた。かつて、私のような理想を抱いていたのだろうか。次は、汝の理想を聞かせて貰おう。
 しかし、導く存在か……私の願いを真摯に考えてくれたのは、汝が初めてだ。
 だが私だけでは、願いを叶えられるか不安で仕方ない。
 女神アルテミスの言葉を間に受けたわけではないが、純潔の誓いが揺らいでしまうほど、心を射貫かれてしまった。
 リンゴを使わずとも、汝には速く走れるようになってもらわないとな。
 期待しているぞ。

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