女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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初投稿です。


日常
エミヤ召喚と人類最後のマスター


 白髪で褐色肌の偉丈夫──アーチャーのエミヤは、マスターである藤丸立香と召喚されたサーヴァントの中で最も付き合いが長い。

 これは、赤い弓兵の日常が綴る非日常の物語。

 

 守護者と言えど、抑止力の仕事ばかりではない。英霊としての召喚も稀にだがある。ただ、彼が平穏無事に召喚されたと思えば、他の所に皺寄せがきてしまった。そこに何かしらの因縁を感じずにはいられない。

 炎上した街並みと黒き騎士王だけがそう知らせていた。

 騎士王に破れた弓兵は、シャドウサーヴァントとして付き従うことになった。その時に交戦した一団のうち、二人の少女と一匹の獣は只者ではなかった。

 多くを語らない騎士王だったが、炎上した街に訪れた人間を帰すつもりは無かったようだ。言葉を交わさずともそれくらいは察しがついた。

 尤も、彼女達に二度と会う事は無いだろう。そう考えていたが、まさか彼女に召喚されようとは夢にも思っていなかった。

 

 召喚されたとき視界に映った二人の少女、件のマスター藤丸立香とその相棒(パートナー)──マシュ・キリエライトを見かけたとき、思わず郷愁の念にかられた。

 それが二人の髪の色によるものなのか、はたまた二人の纏う雰囲気によるものなのか、それを知るのは彼ばかりである。

 しかし、同時に二人の危うさも感じていた。それはあまりにも純粋すぎる心の在り方である。藤丸立香(マスター)に話を聞けば、カルデアに来たのはしつこくスカウトされたからであり、元々は魔術と無縁の生活を送っていたらしい。あまり他人(ひと)のことは言えないが、新米魔術師どころか新米マスターといっても過言ではない。

 最終的な結論は、サーヴァントという立場から今を生きるマスター達のために、かつての経験を活かして導き、過保護にならない程度に見守ることだった。

 その一方で、新米マスターとはいっても、マスターである藤丸立香の在り方はエミヤにとって好ましいものだった。

 自分の負担を減らすためという大義名分はあるものの、本来ならばサーヴァントに必要ない睡眠や食事を推奨していた。彼女の考えは、かつての自分(衛宮士郎)──もし彼女が正義の味方になるとか言い出したら止めねばならないだろう──に似たものがあり、エミヤが契約破棄を言い出さなかったのは、魔術師らしからぬ平凡さがそうさせた。

 

 人理の最後の砦であるカルデアは、レフ・ライノールの裏切りによる爆発で大勢が負傷した。レイシフト予定だったマスター候補生を始めとして、さらには職員の多数──なぜか男性ばかり──が重傷を負った。無事だった男性職員は、藤丸立香の部屋でサボっていたDr.ロマンことロマニ・アーキマン、そしてレオナルド・ダ・ヴィンチ──男のはず──だけだった。

 故に男性職員数の減ったカルデアでは、無事だった女性職員は総動員でレイシフト等の作業をこなさなければならず、徹夜も辞さないほど多忙だった。

 また、カルデアに凝った料理を作れる者は残っておらず、職員は栄養補給のために簡素な食事をとるだけだった。当然、娯楽として楽しむ余裕などない。

 エミヤの仕事は、彼が召喚された日から始まることになる。説明を受けた直後に現状を聞いたエミヤは、食事担当として立候補した。英霊が突然そのようなことを言い出すものだから、マスターを含め大多数がその腕を訝しんでいた。しかし、一口食べただけでその評価は一転することとなり、満場一致でエミヤは料理長として就任することになった。

 それだけで終わらなかった。重労働の職場でストレスを抱えているのではないかと心配したエミヤは、暇な時間を作っては女性職員をお茶に誘い、話を聞くなどしてメンタルヘルスケアに努めた。その尽力によって、翌日から暗い顔で作業していた女性職員達に笑顔が戻ったのは言うまでもない。同時に、女性職員達から熱い視線を送られていることに彼が気付くこともない。

 そして、そのエミヤが今何をやっているのかといえば──

「以前よりは幾分か増しになったな……マスター」

 椅子に座った藤丸立香(マスター)の髪を梳いていた。ここはエミヤに与えられた部屋であり、椅子に座る立香は安心した表情を浮かべていた。

 なぜこのようなことをしているのかといえば、髪の手入れに力を使っていない女性職員たちの無頓着さを見かねたエミヤが、メンタルヘルスケアの一環として始めたことがきっかけである。無論マスターも例外ではなく、一人の少女として御洒落は淑女の嗜みである。

 これが思いの外好評であり、今では事前に日程を組むほどの人気になっている。

「ちゃんとエミヤに教えてもらった方法でお手入れしているからね」

「それはいいが、早くに興味を持つべきだったと思うがね……今のうちに手入れをしておかないと、後々手遅れになる」

 手を止めないエミヤとされるがままの立香は談笑する。

 髪は女性の命であり、それを扱うエミヤの手つきは手慣れたもので実に繊細だった。

「ふむ……これでいいだろう」

「え~、もう少しやってよ」

「文句を言うなマスター、これ以上は逆に髪が傷んでしまう。何事もほどほどが一番だ。

 それに、後がつかえている」

 立香は思わず不満を漏らすが、櫛を持ったまま目くばせするエミヤの言葉を受けると、彼の視線の方向へ振り向く──

「先輩ばかり……ずるいです」

 順番待ちをしていたマシュが頬を膨らませていた。

「あ。……ごめんね、マシュ」

「エミヤ先輩に髪を梳いてもらえるのは滅多にないんですから……いくら先輩といえど許されません……独占禁止法違反です」

 エミヤが召喚されるまで、御洒落に大して興味を持っていなかったマシュではあるが、やはり気になるらしい。不機嫌そうだったが、エミヤが髪を梳き始めると途端に緩んだ表情になった。

 

 エミヤはこの平穏な日常が悪くないと思っている。間違いなくそう心に刻んでいるだろう。

 しかし、これはエミヤに待ち受ける女難の日々の始まりに過ぎない。

 

 

 




 私が(エミヤ)を始めて召喚したとき、彼は私ではない遠い誰かを見ていたような気がする。その表情も一瞬の内に張り詰めた表情に戻ってしまったが、理由を問い質す気にはなれなかった。────そのときの彼の表情がとても辛そうだったから。

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