お団子イベントは確認したところ新規加入がいないので、今後は第三特異点に入っていきます。
いつもであれば、食堂の片付けが終わり次第部屋に戻るエミヤだが、今日に限っては片付けが終わっても食堂に残っていた。どうしても作らねばならない料理があったからである。
「……よし」
水回りの掃除と使った調理器具の洗い物を終えると、出来上がった品に蓋を被せ急ぐようにして食堂を後にする。
廊下で誰にも会うことなく自室にたどり着くと、皿を片手に扉を開ける。するとそこには──
「……遅い」
白のヴェールと褐色の肌が印象的な、空虚さを感じさせる女性が居た。
自らを破壊の大王と呼ぶ、ローマの特異点でレフ・ライノールによって最後に召喚され、激闘を繰り広げることになったサーヴァント──アルテラ。
感情の起伏に乏しい彼女らしからぬ、不満を孕んだ声で抗議してくる。こちらを見据える星を宿したかのような朱い瞳は、エミヤを捉えて離さない。
「私が呼んでおきながらすまない」
作る時間を考慮して呼んだはずだったが、予定よりも遅れてしまったらしい。視線を逸らすことなく謝罪の言葉を述べ、部屋に踏み入る。
アルテラは
「呼んだ理由は、これを君に食べてもらいたかったからだ」
蓋を取ると皿の上にあったのは、飴色のみたらしタレがかかった十二個の白玉団子。手軽に作れるもので検討した結果、これを作ったという訳だ。串に刺していないため、食事用の串を投影して皿に添える。
「時間もなくてね、白玉団子しか作れなかった」
「なぜ私を選んだ? 食べるだけならば……マスターでもいいだろう」
「いや、これは君のために作ったんだ、特異点では申し訳ないことをしてしまったからな。食べてもらえると嬉しい」
理由はそれだけではないが、笑顔で誤魔化す。
「私は闘う者だ……その結果が敗北であれど受け入れるしかない。だが、そこまで言うなら……食べる」
ようやくエミヤから視線を外すと、アルテラのスキルが発動することなく串を持ち団子に突き刺す。手を添えて口に運ぶとゆっくりと咀嚼し、何度目かで嚥下する。
食べている間無言の彼女は、同じ動作を繰り返す。
「飲むかね?」
アルテラが四分の一を食べ終えたところで、彼女が食べている間に湯呑に淹れておいた緑茶を差し出す。
彼女はこれまた無言でこくりと頷くと、湯呑を手に取り口をつける。
再び団子を食べ始めると途中に緑茶を啜る工程を加え、あっと言う間に皿に載った団子は無くなっていった。
「……美味い」
空になった湯呑をテーブルに置き、開口一番の言葉は率直な感想だった。
「戦い以外のことは感じないと思っていたが……私にも人並みの感情はあったようだ。なるほど……お団子は良い文明」
随分とお気に召したらしい。表情を見る限りでは変わらない反応だが、感想を語る言葉には僅かだが感情が込められている。
「それは光栄だ……どうかしたのか?」
団子に向けられていたはずの朱い瞳は、再度エミヤを映している。黙っているため分からないが、無言の訴えかけを何とか読み取ろうと必死に推測する。
「…………言ってくれればまた作るが」
何とか答えを言葉にしようとして捻り出したが、正否がアルテラの口から明かされることはなく、エミヤの言葉が終わるとおもむろに立ち上がりベッドに向かう。
エミヤ自身すぐに止める気にはならず、何をしようとしているのか確認するためしばらく静観する。
アルテラはベッド脇に立つと枕を退かし、それがあった場所に仰向けで寝そべる。被っていたヴェールを外すと脇に置いて頭を壁に預け、足はベッドからはみ出させる。
「アントワネットが言っていた……一宿一飯の恩は働いて返すものだと」
「……一体何を教えたんだ、マリーは」
以外にもマリーと仲が良いらしいが、実質的なマリーの付き人であり、アルテラについてよく知らないデオンの苦労が浮かぶようだ。……今度差し入れを持って話を聞きに行こう。
「さあ、来い」
そう言ってアルテラは臍の少し下、丹田の部分をぽんぽんと叩く。それが意味するところとは──
「一応聞くが、何をしているんだ?」
「今の私は枕だ。お前の好きに使え」
大体エミヤの予想通りだが、働く方向を間違えているのではないのかと同時に思う。
そして、なぜ膝枕ですらないのか、いまいちその理由が分からない。
疑問は尽きないが、ここは彼女の言葉に従った方がいいだろう。このまま問答を続けてもあちらが折れることはないのだから。
「仕方がない……失礼する」
折れる判断を下すとベッドの上で横になり、彼女の腹部に頭を乗せ目を閉じる。呼吸の度に頭が上下するが、気恥ずかしさが上回っているため全く気にならない。
元々は特異点での発言から、破壊できないものを求めていたアルテラの真意を汲み取り、月での過ちを繰り返さないようネロやジャンヌと相談し、別側面のアルテラを見守ろうとしていただけだった。それなのにどうしてこうなったのだろうか。
アルテラはひたすらに悩むエミヤを見つめていたが、その表情は女神のように穏やかな顔だった。彼女が知り得るはずのない、かつての自分のように。
マスターといい、
しかし、最近ではエミヤが傍に居ると私の心がざわつく。
二人の時間を作って、お団子といういい文明を振る舞ってくれたあの時から、あの笑顔が、私の心をざわつかせる。この気持ちは破壊できそうにない。
お団子の時はなぜあの行動をとったのか未だに理解できていないが、あれが最善だと思っている。
エミヤはいい文明……いや、違う…………虜、そう私の虜だ。
私に戦士ではない人生を歩ませてくれ…………エミヤ。