浮き上がるような感覚を伴い、意識が覚醒する。
エミヤはカルデアの料理長であり、朝食の準備があるため朝は非常に早い。常人であれば、再び寝てしまうほどの後ろ髪を引かれる眠気の誘惑は、もとより睡眠を必要としないサーヴァントに意味を成さない。
いつものように起きて着替えるか、エミヤがそう思った時違和感に気付く────自分のものではない寝息が聞こえることに。
急いで瞼を開き体を起こすと、寝息の聞こえる方向──右隣──に視線を向ける。そこに居たのは――。
「ご主人……エミヤ……もう食べられないのである」
定番ともいえる内容の寝言を呟く、先日召喚されたタマモキャット。理性が封印され、狂化で振り切れた言動を発している彼女を見て、マスターと共に苦笑いしたのは記憶に新しい。
何とも幸せそうな顔で眠っている。喋っている姿の方が印象に残るタマモキャットだが、無防備な寝顔を不意に見せられるとつい見惚れてしまう。彼女から出自はある程度聞いたがどうあれど、傾国の魔性と謳われた女性と同じ美貌を有しているのだから美しさは折り紙付きだ。
しかし残念なことに、穏やかな寝顔のタマモキャットを起こさなければならない。襲うことはないと自負しているエミヤだが、そもそも男の部屋で男女が同衾など許されてはならないだろう。
そんなことがまかり通る様になれば今は自重しているものの、いつの間にか背後にいる系サーヴァント第二位のメドゥーサが添い寝に来たら気付くことすらできない。
そういえばオペレーターの一人に最近聞いた話だが、荊軻が主催する講座『バーサーカーでもできる気配遮断』というものが、マスターと女性サーヴァント達の間で人気らしい。
まさかとは思うが、彼女達が
そんな思いを胸にタマモキャットの肩を揺らし、声をかける。
「起きるんだ、タマモキャット」
「ん……」
幾度か揺らした後、眠っていた彼女の意識が覚醒する。
未だに微睡の中に居るためか、瞼がゆっくりと開く。数回瞬きをすると、あの大きな獣の手で器用に瞼を擦る。
「Good morning 昨夜はお楽しみだったな、エミヤ」
「朝早くから何を言っているんだ君は。……私は着替えるから早く自分の部屋に戻りたまえ」
「むう、つれないのだなエミヤ。いつもの女たらしな発言はどこに行ったのだ? まさか偽物なのか!」
「人聞きの悪いことを言わないでくれ。そもそも淑女が男の部屋にみだりに泊まる方がどうかと思うがね」
開口一番にいつも通りの言動で挨拶するタマモキャットに、内心頭を抱えながらベッドから出る。寝るときはいつもの格好から赤い外套を抜いただけであり、外套を羽織る作業に着替えるも何もないが。
しかしさりげなく言われたが風評被害になると困るため、女たらしという不名誉な称号は即刻返上させてもらう。
「さて、朝食の準備だ。……行くぞ」
これ以上部屋に留まれば、朝食が起床時間までに間に合わない。間に合わなければ、とある活火山が噴火してしまう。
そして結局、タマモキャットが部屋に帰ることはなかった。
カルデアの廊下をエミヤとタマモキャットが共に歩いている。タマモキャットは四足歩行だったり、二足歩行だったりで定まっていないが、今日は二足歩行の気分らしい。
エミヤが右後方をちらりと見れば、タマモキャットはエミヤの歩幅──エミヤがタマモキャットの歩幅に合わせている──についてきている。三歩ほどではないが、影を踏まず、ということか。やはり
しかしなぜこんなにも懐かれているのか、その直前までの覚えている範囲で言えば、小規模の特異点で一緒にレイシフトしたとき、死角から
己の身を顧みない自己犠牲、その行動に既視感があった。そのため彼女にこう言ったことがあった。
『君が必要以上に傷つくと、マスターも悲しんでしまう。それに────』
おそらくは伝わったのだと思うが、同時に懐かれてしまった。
理由を聞いてもはぐらかされてしまい、それ故に現在に至るまで謎のままだ。まあタマモキャットが悪いことをしないのであれば、必要以上に対峙することもない。
朝食が時間までに間に合ったはいいものの、タマモキャットが食事中に「昨日はエミヤと寝たからすこぶる調子がいいな!」と語弊のある爆弾発言をしてしまい、誤解した女性陣に詰め寄られるエミヤの姿を見たロマニは申し訳なさそうな表情で食堂を後にした。
ご主人が死んでしまうとアタシは悲しい。だから命に代えて守ろうとしていたら、エミヤに怒られてしまった、ガックシ。
しかし、エミヤはアタシに協力してくれると言った。
『それにマスターに尽くすのなら、私は君に降りかかる火の粉を払おう』
なんとも気障な発言なのだな。しかし、不思議と悪い気はしない。諸悪の根源の一つに甘い言葉を放つ、女たらしは伊達じゃない!
それからはエミヤのことも幸せにしたくなった。
この前はマスターと一緒に寝ようと思ったら、清姫に睨まれたの巻。心の広いタマモキャットは譲ってあげたのである。
仕方ないのでエミヤの部屋に入って添い寝してみたが、ついつい寝すぎてしまったのだな。
マスターと一緒に寝た時と同じ幸せな気持ちになる。
エミヤが望むなら真面目に良妻になってもいいぞ。アタシだけを見てほしいがやむを得ないにゃあ。ただし、一番はアタシなのだな。もしアタシを捨てたら…………なぁーんちゃって! だワン。
アタシはご主人のサーヴァントだが、夫と妻の関係にはなれるぞ…………エミヤ。