女難な赤い弓兵の日常inカルデア   作:お茶マニア

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遅くなりました。


エミヤと不還の暗殺者

 第二特異点のローマで共闘し、最近カルデアに召喚されたアサシンのサーヴァント──荊軻は聖女マルタと気が合ったらしい。

 そのマルタや同じく特異点で共闘したブーディカの二人は、酒を飲みたいという荊軻の願いを叶える歓迎会を企画し、その準備をしていた。

 エミヤは歓迎会に参加しないながらも、マルタに頼まれる前から酒の肴を作ることに精を出し、それらは歓迎会の当日に振る舞われた。しかしながら、マルタ達は失念していた。

 ────史実にも残る、絡み酒だった荊軻の酒癖の悪さを。

 エミヤがそれを聞いたのは歓迎会の翌日つまり今日、二日酔いで倒れているマルタとブーディカの見舞いに回っていた時だった。

 エミヤは幸いにもレイシフトの予定はなく、よくある症状に悩まされながらも事実を語ってくれた二人の献身に感謝し、二人の部屋と食堂を行き来しつつ職員の夕食を作り、その傍ら二人には消化の良い食事を用意し、快復するまで世話を焼いた。

 

 そして件の荊軻は今──

「エミヤ……お邪魔している」

 マルタとブーディカの看病と食堂の片付けを同時進行で終え、部屋に戻ったエミヤの目線の先の椅子に腰を下ろしていた。

 旧くからの親友のように、そこに居るのが当然といったような自然さでエミヤの部屋に居た。アサシンならば誰でも持っているようなスキルなのだろうか。

「……一応聞くが、何の用かな?」

 脳裏には、先程まで息も絶え絶えに酒癖の悪さを語ってくれた二人の顔が思い浮かぶ。

「そう身構えるな。昨日のような失態はしない、だから一献付き合ってくれ」

 無意識のうちに体に力が入っていたらしい。

 普段から体の動きを読まれないようにしているエミヤの動きを見抜くあたり、その慧眼を評して流石はアサシンというべきだろう。

 しかし昨日の今日で酒の誘いに来るとは、マルタやブーディカですら一日中寝込んでいたにも拘らず平然としている。どうやら二日酔いという言葉は荊軻には存在しないらしい。

 そしてどこから見つけてきたのか、二個の猪口と一合の徳利が傍のテーブルに置かれ、二人きりの酒盛りに相応しい相手を待っている。

「……ふう、まあいいだろう」

 酒癖の悪さを忘れたわけではないが、ここは荊軻の先程の言葉を信じたい。淡い希望を抱きつつ、対面の席に腰を下ろす。

 

 徳利から猪口に澄んだ液体を注ぐと、互いに猪口を持ち、小さく乾杯を酌み交わして口に含む。

 これもどこから見つけてきたのか、口当たりの良い日本酒だ。料理酒以外でカルデアに貯蔵されているとは思ってもいなかった。

「こんなにいい酒だというのに肴の用意がないとは、下手をうってしまったな」

「気にするな、肴がなくとも酒は飲める。……しかし、二人には申し訳ないことをした」

「なら、気にするなという言葉はこちらも同じだな。その二人から言付けを預かっていたものでね」

 酒癖の悪さを訴えながらも、マルタとブーディカが最後に話した言葉は同じだった。荊軻が謝ってきたら気にしていない、と返してくれと。

「……そうか、やはりあの二人はいい女だ。ブーディカはともかく、マルタを嫁に貰ってやったらどうだ?」

「冗談はよしたまえ、私なんかがマルタに釣り合う訳なかろう。彼女が月なら、私はすっぽんがいいところだ」

 少しずつ飲んでは酒を注ぎ、他愛のない会話を交していたが、全く持って何を言っているのか、とエミヤと荊軻の胸中は一致していた。特にブーディカからエミヤは鈍感だと聞いていた荊軻は、その言葉を実感していた。本気で言っているならもはや手遅れだと。

 昨日の歓迎会では荊軻の柄でもない恋愛話になり、惚気に入ったブーディカを横目に頬を赤く染めたマルタの話を聞いていたが、どうやら完全にエミヤに惚れているらしい。

 そしてなぜ想いを打ち明けないのか問うたところ、惚気を終えたブーディカに『エミヤは鈍感なんだ』と言われたのだ。

「……ふ」

 空になった猪口を指で弄びながら自制する。今更気づいたが、他人の恋路に口を出すのは自分らしくない。

「────どこかに行くつもりか?」

 視線を落としていた顔を挙げると、真剣な眼差しのエミヤがこちらを見据えていた。

「……何のことだ」

「誤魔化さなくてもいい、マスターから相談を受けていてね。……目を離したら君が居なくなってしまいそう、とね」

「相変わらず耳が早い。……私の末路は知っているだろう? 情けをかければ、それだけ別れが辛くなる」

「確かにそうだが、それは君が一人の時の話だろう。ここはカルデアで、君は召喚されたサーヴァントの一人だ」

 エミヤの視線から逃れるように、猪口に酒を注ごうとするも、ひっくり返した徳利には一滴の雫も残されていなかった。

「引き留める者が居るように、君と共に旅に出る物好きもいるということだ」

 それが最後だと言わんばかりに話しを切ると、猪口と徳利を片付けるエミヤ。その背中を見つめ暫く部屋にとどまっていたが、『また相手になってくれ』とだけ残し荊軻は部屋を後にした。

 

 それ以来、猪口と徳利がエミヤの部屋に常備されるようになったのは必然であった。

 

 

 




 エミヤか……話には聞いていたが、変わった男だ。共に旅に出るなど今迄言われたことはなかった。
 あれから胸の奥で燻るものを感じる。命を奪われたことはあっても、心を奪われることはなかった。酔生夢死の人生にも春が来たということか。
 家族は苦手だったが、背中を預けられるならば守りに入るのも悪くはないな。これからは運命共同体というものだ…………エミヤ。

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