ローマから遠征し、ガリアに着いた時の話だ。
敵を蹴散らしながら野営地に到着した藤丸立香一行は、着いて早々に実力を試されることになった。無事に認めて貰えたものの、流石に少し疲れたため、エミヤとブーディカの抜群のコンビネーションによって完成したブリタニア料理に舌鼓を打った後はすぐに休むことにした。
しかしながら、夜が来るまでに立香やマシュはブーディカに全力で可愛がられて揉みくちゃにされ、エミヤ達は苦笑いするしかなかった。
大規模な食事会の片付けが終わり、すっかり夜も更けた頃だった。
闇夜の中、エミヤは周辺の見回りにあたっていた。これまでの戦闘から予想されていたのだが、いつ敵がやってきてもおかしくないからだった。
時間の間隔を空けているものの、既に三度目の見回りが終わっていた。
何事もなかったと安堵しながら野営地に戻ると、焚火の前に人影を見つける。先程までは誰も居なかった。
『眠っておかないのかブーディカ。ネロに怪しまれるぞ』
『……大丈夫だよエミヤ。見回りありがとう』
その影の正体は、ローマ帝国軍──客将のブーディカだった。今の彼女は、死後に召喚されたサーヴァントであり、生前のネロは生きていたと誤解している。
ブーディカは明るい女性であり、立香達に向けた慈愛は本物だ。しかし、今の彼女の顔には翳りが差していた。
エミヤはその顔に見覚えがある。
誰にも告げず故郷を出ようとした時、姉代わりだった
思い出してしまうと、胸の奥にもどかしさを感じてしまう。悲しい顔をさせたまま別れたことへの後ろめたさだったのか、不干渉を貫くべきだったエミヤは、言葉にしてしまう。
『言うべきではないかもしれないが……やはり、まだ思うことがあるのか?』
『あはは……やっぱり分かっちゃうか』
ブーディカの隣に腰掛け、問いを投げかける。彼女は無理をして笑顔を作り、乾いた笑いをしながらも、エミヤの言葉を否定することはしなかった。
『確かに最初は、復讐しようと思っていたよ。でも……ネロ公に実際に会ってからさ、分からなくなっちゃったんだ。
会って早々に謝ってくるし、力を貸してほしいと頼んでくるし、蹂躙されるローマの民を守るため走り回ってるし、私の復讐するべきローマは……どこに行ったんだろうって』
寂しげな表情で語り始めたブーディカの独白は続く。
『こうして客将として協力しているのも、ただの罪滅ぼし。ローマと同じことをした、私の……』
先の言葉がなくとも予想はつく。彼女の最後を知っているからだ。
下手な慰めなど逆効果で、沈黙を返すのみに止める。
『…………ふう、話すつもりはなかったんだけどなあ、なんでだろう? エミヤだったからかな。立香ちゃん達が慕っている他ならぬ君だから』
『褒め言葉として受け取っておく。しかし、慕っているとは言い過ぎではないかね? 私なんぞに抱くとしたら、良くても憧れだろうよ』
思っていることを返したが、ブーディカは呆れた様子でこちらを見ている。『こりゃ、重症だね』とはいったいどういうことだろうか。
『まあ、それだけじゃないけどね。夕食を一緒に作ったときに分かっていたから。エミヤは信頼できるって……料理には、その人の心が現れると思うんだ』
『同感だな。最近では一人で作ることが多くてね、久しぶりに料理を楽しめたよ』
『でもやっぱり、エミヤが家族に居たらもっと楽しかっただろうなあ。冷たいように見えて、実は優しいし』
『冷めているだけさ。買い被りすぎだと思うがね』
会話の途中から、ブーディカは焚火を避けて足を延ばし、空を仰いでいた。
ブーディカにつられて見上げると、エミヤの視界には特異点特有の光の環とその外側に広がる星空が映った。
星空に見惚れたためか、静寂が二人の周りを包む。
逡巡の後、静けさを破ったのはブーディカだった。
『……ねえ、膝枕してもいい?』
脈絡のない、突然の提案にエミヤは困惑した。普通は逆の立場が言う台詞だろうと。しかし、縋るような眼差しで見つめられては断ることなどできない。
押しに弱いことを自覚しつつ、ブーディカの膝に頭をのせる。
『何か甘やかしたくなっちゃったんだ、あの子達みたいに』
彼女の言う『あの子達』とは
膝枕をしつつ頭を撫でられるのは、覚えている限り初めてのことだった。撫でる手つきは優しく、それこそ慈しみを感じさせるほどに。
知らぬ間にエミヤは眠りに落ちていた。その寝顔を見ながら、ブーディカは頭を撫で続けていた。復讐の鬼ではない、女王としての優しい顔で。
『また、こうして膝枕させてね』
その問いに答えが返ることはなかった。
────かに見えた。
「そろそろ終わった? エミヤ」
「ああ、もう片付いた。色々と助かっているよ」
帰還後に召喚されたブーディカの登場により、カルデアの食堂はさらに盤石となった。
激戦を一人で潜り抜けてきたエミヤにとっては、これ以上ない援軍だ。
「じゃあ、今日もしてあげるね」
「……お手柔らかに頼む」
食堂の仕事が終わる度、その援軍に膝枕されることになっていた。
エミヤはあの時完全に眠っておらず、夢見心地で『ああ』と答えてしまった。
後悔先に立たずとも言うが、それでもブーディカが満足するなら、それでいいかと思うエミヤであった。
エミヤか……息子が居たらこんな感じだったのかな。しかも、旦那にそっくり。
実力を見せてもらうための模擬戦で、仲間を庇うその姿に重なって見えたんだ。
もし、娘が彼氏としてエミヤを連れて来たら、楽しかったんだろうなあ。でも、娘二人で取り合いになるかも。
マスターのこともエミヤのことも、大好き。後輩達も慕っているようだし、お礼も込めてこれからも甘やかしてあげるからね…………エミヤ。