自室に入ったエミヤは、まさかの先客に絶体絶命の窮地に立たされることになった。
なぜならば、自室に戻ると怖いくらいの笑顔を受かべた清姫が、ベットに腰掛けていたからだ。
部屋には鍵を掛けていたのにどうやって入ったのか、エミヤには分からない。だが、そんなことはこの際、些細な問題だ。
あの笑顔は、身の危険を感じるほどに不味いと本能が警鐘を鳴らしている。しかし、意に反して体は蛇に睨まれた蛙のように動けない。
「エミヤさん……
言葉だけを見れば、夫に尽くす妻の鑑ともいえるお礼の言葉だが、彼女が言うと意味合いが違って聞こえる。
何を隠そう、清姫は自力でカルデアに来るようなサーヴァントだからだ。特異点では立香のことが大層気に入ったらしく、別れ際に意味深な言葉を残していたが、ここまで執念深いとは立香を含め誰も思っていなかった。
「ああ、私はマスターと長い付き合いだから──」
「ですが……なぜあなたのベットから
エミヤの言葉を途中で打ち切ると、有無を言わせず早々と王手をかけられる。
先日、ジャンヌがエミヤのベットで不貞寝していたことを聞きつけ、毎日のように、サーヴァント達が代わる代わるベットに潜り込むようになっていた。
よりにもよって、昨日は立香だったのだ。いやもしくは、清姫は知っていたのかもしれない。立香がエミヤの部屋にいたことを。
「エミヤさん……理由を知っていますか? ああ、嘘はいけませんよ、嘘をついたら……」
清姫は生前の経験からか、嘘を極端に嫌う。しかし、裏を返せば本音で話せばいい。
「私は、このカルデアでは一人しかいない男のサーヴァントだからな、おそらく興味本位で潜り込んでいるだけだろう」
この客観的事実と分析に嘘は混ざりえない、本当のことを言っているだけなのだから。
仮にこれでだめならば、大人しく焼かれるしかない。
「…………嘘ではないようですね」
「ああ、いささか複雑な心境であるがね」
不幸中の幸いとはこのことだ。先程の発言は清姫のセンサーに引っかからなかった。そしてこの言葉には、部屋のセキュリティーが意味を成していないことも含んでいる。
「少し安心しました……もしかしたら、
「まあ、そういったものは人それぞれだということだろう」
立香は女性なのだから、男が好きでもおかしくはない、などと口には出さなかった。却って怒らせるだけだ。エミヤは当たり障りない言葉を選ぶ。
清姫からすれば、マスターである立香は僧侶の安珍に見えている。つくづく狂化というものは恐ろしい、会話ができているのに噛み合わないことがある。狂化だけはしたくないものだ、とエミヤは思う。
「
「心配には及ばんよ。君の信じるマスターは、君を捨てるような薄情者ではないだろう。君は愛する者を信じていないのか?」
これも事実だ。立香の人柄を、フランスの特異点でじっくりと見てきたエミヤは断言できる。
「……そうですね、少し考えすぎていたのかもしれません。
そろそろ時間ですね、突然お邪魔して申し訳ありませんでした、エミヤさん。では私は、
その言葉を最後に立ち上がると清姫は部屋を出て行った。エミヤは部屋の入り口に立っていたが、何とか体を動かすと道を開ける。
「……今までで一番命の危機を感じるとは」
清姫が完全に立ち去ったことを確認すると、ついエミヤの本音が漏れる。
愛が深かった故に、かつて愛したものに裏切られた清姫は絶望してしまった。そんな悲しい経緯によって、生きる嘘発見器となってしまった清姫との問答は、細心の注意を払って回答しなければならないため、精神的な疲労が溜まってしまう。
裏切られるという点ではエミヤにも覚えがある。生前の死因は、助けた者の裏切りによるものなのだった。
清姫との違いは、エミヤが己の力不足として受け入れたことだろう。それでも、一歩間違っていれば清姫と同じ道を歩んでいたのかもしれない。仮に、そんな自分を見てしまえば、消したくなってしまうだろう。
エミヤは近くの椅子に座り、一息つきながらそんなことを考えていると、ドアをノックする音が聞こえる。
「エミヤ~居る~」
「エミヤ先輩いらっしゃいますか」
少しばかり間延びした声はマスター、真面目な話し方はマシュのものだ。
先程まで緊張で張り詰めていたため忘れていたが、そういえば今日はマスター達の髪を梳く日だったことを思い出す。
「入りたまえマスター、マシュ、すぐに用意する」
「は~い」
「分かりました」
元気よく答えるとエミヤの部屋に入る藤丸立香とマシュ・キリエライト。
そういえば、清姫は立香と入れ違いになったらしい。エミヤはそう思った。
「ふふふ……
そして、そのやり取りを見ている者が居たことをエミヤ達は知らない。
エミヤさん……
答えるときに嘘はついていないようでしたが、あなたの心が