「明石はいるか?」
オフィスが入っているビルの地下一階、フロアがまるまる鎮守府にあった工廠の様になっているここは、明石さんの仕事場兼住居と化していました。(明石さんもちゃんとした自宅がありますが、全チームの捜査協力や備品の整備をしているため、ほとんど帰ることがないそうです)
「はぁ〜い、あらあら、お揃いで。何かご用ですか〜?」
大きなSUVの下から寝板と共に出てきた明石さんはオイル塗れになっていました。
「忙しいところ悪いな。少し時間をもらえるか?」
日向さんがそう言うと、明石さんは「あぁ〜」と少し悩んだ素ぶりを見せましたが、
「この子の整備が終わるまで待ってください。あと20分もすれば終わると思うんで」
そう言うと、再び車の下に潜っていきました。
「いつも悪いわね、何か買ってきてほしいものとかあるかしら?」
足柄さんが覗き込みながら明石さんに尋ねました。
「いえいえ、好きでやってますから。そうしたら、何か食べられるものをお願いしてもいいですか?まだお昼取ってないので…」
「わかったわ。ちょっと買ってくるわね。日向やのわっちも何かいる?」
「そうだな、これでお茶を買ってきてくれ」
そう言うと、先ほど野分がこっそり入れた三千円(さすがに悪かったので、野分からも千円出しました)をポッケから出すと、足柄さんに手渡しました。足柄さんはムスッとした顔をしていましたが、日向さんのさっさと行けというジェスチャーに渋々外に出ていきました。
「それで、何かあったんですか?」
車の下から明石さんが手を休めずに尋ねてきました。
「あぁ。仕事の話ではないんだが…」
「お酒のお誘いですか?行きたいのは山々なんですけどねぇ…人使いが荒い部署がいくつもあるんでそこを説得してくれたらいけますよ」
「いつもすまないな」
「いえいえ、日向さんのところじゃありません。それにそっちも大変だといつも足柄さんから聞いてますよ」
考えてみると、明石さんとは片手で数えられるほどしかプライベートでお会いしたことがありません。
「それで、何の話ですか?」
「野分が車が欲しいらしくてな。詳しいお前に話を聞こうと思ってきたわけだ」
「なるほど…野分さんはもう欲しい車とかあるんですか?」
「いえ…詳しくないのでどれが欲しいとかはまだ…」
「なるほどなるほど…あと少し待ってくださいね。向こうに休憩できるスペースがあるので、そっちで座って待っていてください。コーヒーもありますんで…あっ…」
明石さんが何かを思い出し、顔を出すと、申し訳なさそうな表情で言いました。
「すいません。コップが一つしかないですね…私ので良ければ使ってください」
「そこは足柄に任せておけばいいさ」
日向さんはそう言うと、先にそのスペースに行き椅子に腰掛けました。
「すいません、お待たせしました」
明石さんが作業を終え、数冊の冊子を持って空いている椅子に腰掛けました。
「いやいや、気にしないでくれ」
「一応上司殿ですからね。野分さん、これどうぞ」
そう言うと明石さんは手に持っていた冊子を野分に手渡してきました。
「カタログか。よくこんなの持ってたな」
「新しい車を手配するので、足柄さんが持ってきたんですよ。それにしても足柄さん、遅いですね…」
「もうじき戻ってくるさ」
「そうですね。野分さん、こんなのがいいとかってあります?」
貰った冊子を眺めていた野分は、先日の舞風との話と、先ほどの日向さんたちとの話をしました。
「なるほど…舞風さんがメインで使うんですね…」
そう言うと明石さんは別の冊子をめくり始めると、小さな車が乗っているページを開いて見せてくれました。
「こんなのはどうですか?」
そこには買い物帰りの女性が笑顔をでトランクに荷物を乗せている写真と笑顔で運転している写真が乗っていました。
「コンパクトカーか…デートカーっていう感じじゃないな…」
横で日向さんが渋い顔で写真を見つめていました。
「足柄さんと同じようなこと言わないでくださいよ。今はこういうエコな車に乗っているのか人がモテるんですよ」
明石さんが笑いながらそう言いました。
「ごめん、遅くなったわ」
そう言いながら、大きな袋を持った足柄さんが帰ってきました。
「わざわざすいません…随分いっぱい買ってきましたね?」
明石さんがそう言うと足柄さんは袋の中から紙コップの束を取り出しました。
「よくいく喫茶店のお姉さんに頼んで貰ってきたのよ。はい、これお釣りね」
そう言うと、足柄さんはしたり顔で日向さんにお札を二枚と小銭を渡しました。それを受け取った日向さんは複雑な顔をしていました。
「別に紙コップぐらい買ってくればよかったじゃないか…」
そう小さく呟くと受け取ったお金を渋々財布に入れました。
「それで、どこまで話が進んだの?」
足柄さんは野分の横に座ると、広げられたページを覗き込みました。
「コンパクトカーか…」
足柄さんが不満げに呟くのを聞くと、明石さんは小さく溜息をつきました。
カタログを眺めながら、あーでもない、こーでもないと横で言う上司二人に挟まれ、らちがあかなくなってきた時についに明石さんがキレました。
「もう、野分さんの車を選ぶんだからお二人は黙っていてください」
そう言われると二人はシュンとしてしまいましたが、足柄さんが何かを思いついたのか、手を叩くと上機嫌で話始めました。
「そういえば、今度の日曜は珍しく全員休みよね?」
「そういえば、そうだな。と言うより、休みでない方がおかしいんだがな」
日向さんがここの激務さに苦言をていしました。
「みんななにか予定はあるの?」
「私は何もないですよ。多分ここで作業してます」
明石さんがそう言うと、足柄さんは残念そうな目線をむけました。
「私も何もないな。」
日向さんもそう言うと野分の方を見ました。
「野分は舞風と出かける予定です」
そう言うと足柄さんは少し残念そうに尋ねてきました。
「どこかに出かける予定があるの?」
「いえ…いまのところ出かける予定しかないです。何するかまでは決めてないですね…」
すると足柄さんはしめたという顔で話を続けました。
「なら、その日に車を見に行けばいいのよ。私たちも一緒に行くわ!」
「…えっ?」
野分が混乱していると明石さんが話を続けました。
「いいですねぇ…そしたら夕張のところに行きましょう。スカイラインもそこで買ってますし、いいものありそうですよ」
「そうだな。足柄にしては名案だ」
「どう言う意味よ!それで、夜はみんなで親睦会をやりましょう。私も姉さんたち呼ぶわ。久しぶりにみんなでパァーっとやりましょうよ」
「足柄さん、結局飲みたいだけなんじゃ…」
「明石、何を言うの?せっかくのわっちが大きな買い物するんだからお祝いしてげないと!」
「買い物とお酒は関係ないんじゃ…」
野分がそう言うと、日向さんに頭を叩かれました。
「部下が家族のために頑張ろうとしてるんだ。上司として応援してやらないといけないだろう?」
「それとなんの関係が…」
「なら納車祝いをさせてくれてもいいじゃないか」
日向さんはそう言うと、ものすごく素敵な笑顔を野分に見せてくれました。そうでした。日向さんもお酒は好きなのをすっかり忘れていました。一度決めたことはやり通す上司二人に説得され、渋々それを承諾する野分でした。
日曜日、舞風と指定された待ち合わせ場所に向かう電車の中のことです。
「足柄さんや日向さんと会うなんて鎮守府にいた時以来だよー」
と嬉しそうな舞風に対して、野分は少し気分が落ち込んでいました。
「折角のお休みなのに…」
舞風とはあまり予定が合わず、二人が揃う休みは久々だったので何か楽しく有意義に過ごしたいと思っていましたが、隣で楽しそうにする舞風を見て
(まぁ…舞風が楽しそうならいいか)
と自分を説得していると舞風が少し心配そうにこちらを見つめてきました。
「野分…ごめんね。私のわがままのせいで折角のお休みを潰しちゃって…」
「うぅん。そんなことないよ」
「わざわざありがとね」
苦笑いを浮かべる舞風に「大丈夫だよ」と言い笑いかけると、ちょうど駅に着きました。
「ここだよ。降りよう」
そう言うと舞風の手を取り、電車を降りました。正直に言うと、舞風とのドライブを想像して顔がニヤけていたのは秘密です。
「遅いわよ」
集合場所に着くと、まだ時間まで20分以上あると言うのに足柄さんは先に着いていました。
「いつも足柄姉さんがお世話になっています」
横にいた羽黒さんが申し訳なさそうに深々と頭を下げました。
「足柄さん、羽黒さん!お久しぶりです!野分がいつもお世話になっています」
舞風も挨拶をすると頭を下げました。
「羽黒さん、お久しぶりです。足柄さん、他の方は?」
「まだ来てないわ。私ももう少しゆっくり来る予定だったのだけど…」
足柄さんが舞風と談笑している羽黒さんの方を見ました。
「羽黒が、いつも迷惑かけてるんだから少しぐらい早く行きましょうっていってね」
「そうですか。いい妹さんですね」
「お互い、いい妹を持つと大変ね」
「そのいい妹というのは、私もはいっているのか?」
いつの間にきたのか、日向さんと明石さんがいました。
「日向みたいな妹は嫌ね…」
「姉さん!」
羽黒さんが日向さんに謝罪しながら頭を下げました。日向さんは「気にしてない」と言うと羽黒さんの頭を撫で、舞風に軽く挨拶をすると「これで全員か?」と足柄さんに尋ねました。
「今はこれで全員ね。夜はもっと増えるけど」
「店の予約は大丈夫なのか?」
「大丈夫よ!鳳翔さんが今日は貸切にしてくれるそうよ!」
「鳳翔さんのお店ですか?!」
舞風が目を輝かせながら足柄さんに尋ねました。そういえば舞風は鳳翔さんのお店に行ったことはなかったですね…
「そうよ!間宮さんも手伝いに来てくれるそうだから楽しみにしてなさい!」
「そういうことだ。さぁ、じゃあ行こうじゃないか」
そういうと私たちは目的地に向け歩き始めました。
夕張さんが働いている車屋さんに着くと、そこには敷地いっぱいに車が並べられていました。若い男性の方が挨拶し、「なにかお探しですか?」と声をかけられると、明石さんが「夕張さんはいまお手隙ですか?」と言い、その男性は駆け足で建物の方へ向かって行きました。しばらく敷地内の自動車を眺めていると、ツナギを着た夕張さんが駆け足でこちらへ向かって着ました。
「みんさん、お久しぶりです!」
元気いっぱいに挨拶をされると、明石さんが
「この前はありがとね」
と軽く抱擁をしました。
「それで、今日は野分さんと舞風さんの車ですよね」
そう夕張さんに言われると、舞風が頭をさげ「お手数をおかけします」とお礼をしました。舞風にチラッとこっちを見られ、野分もあわてて「よろしくお願いします」と頭を下げました。
その光景を笑いながら見ていた夕張さんが
「明石さんから話は聞いています。ちょうどいいのがあったのでこっちで押さえてあります。こちらへどうぞ」
そう言われると、整備場の一角に案内され、一台の車を紹介されました。
「わぁ…綺麗な色…」
舞風がそう感想を漏らしましたが、足柄さんは
「でもなんか…社用車みたいね…」
と消極的な意見を言いました。
「「ふっふっふ…」」
明石さんと夕張さんが含みのある笑いをすると、足柄さんの方を見ました。
「足柄さん…見た目で判断しちゃいけませんぜ…」
明石さんがそう言うと説明を始めました。
「この子はこれでもメーカーがチューンした特別仕様車なんですよ…」
「さらに!」
夕張さんが近くにあったレジャーシートを引っ張ると、そこにはたくさんの部品がありました。
「値段が付かない同型の中古車からいろいろ外してきたんで、あなただけの特別な一台を作ることができますよ!!」
二人が自信満々に紹介する中、舞風は車の周りをぐるぐると回っていました。
「気に入ったの?」
野分がそう声をかけると、舞風は笑顔で頷きました。
「でも、この車のシルバーってよく走ってるの見かけるわよ?」
足柄さんがそう言うと夕張さんはムスッとした顔で
「一応塗り直しました。街中走ってるシルバーよりもちょっと高級感あるシルバーですし」
といじけていました。
「よくわからないけど、野分の髪と同じ色で綺麗」
と舞風は嬉しそうに車を眺めていました。それを聞いて、思わず顔が赤くなりましたが、ハッとして他の皆さんを見ると、ニヤニヤしながらこっちを見ていました。羽黒さんも、とても優しい表情でこちらを見ていたのでますます恥ずかしくなりました。
「一応、エアロも標準のものではなくて、派手すぎずに、締まって見えるものを選んでみましたけど、お気に召さなかったら変えますよ」
夕張さんがそう言うと舞風は首を横に振り
「このままでいいです。なんとなく、小さいけどキリッとしててカッコいいけど可愛さもあって…このままがいいです」
そう言い、野分の方を見て笑っていました。
「えっと…それで値段の方は…」
恥ずかしさに耐えられず、夕張さんにそう聞くと、車内から見積書を取り出しました。それを受け取ると、覗き込んできた足柄さんが驚愕の表情で夕張さんに問い詰めました。
「あなたね!事故車を売りつけようっていうの?!」
夕張さんは少し困惑した表情で言い返しました。
「そんなんじゃないですよ!一応新古車ですよ!」
「一応ってなんなのよ?」
足柄さんの問い詰めに夕張さんはバツの悪そうな顔で明石さんを見ました。
「それはですねぇ…私がちょっと興味を持って手を入れた車なんですよ…」
明石さんが小声で言いました。
「どういうことだ?」
日向さんが尋ねると、勘弁したように二人は喋り始めました。
「いや…エコカーの限界を知りたくなりましてね…」
「明石さんを呼んで、二人で弄っていたのですが…そのうち愛着が湧いちゃいまして、特別な人に乗ってもらいたいなと思い始めまして…」
「いままでこうして隠してあったというわけです」
二人が照れながらそう言うと、日向さんも足柄さんも納得したようでした。
「なるほど…のわっち、わかりやすく言えば、すごいお買い得な車ってことよ」
「車というより、明石と夕張の子と言ってもいいかもな」
特別な思いがつまっている…そういうことでしょうか。
「わかりました…この車買います」
野分のその言葉に、その場にいた全員が息を飲みました。
「えっと…野分…?」
舞風が強張った表情で何かを言おうとしていました。
「野分、そんな簡単に決めるものじゃないぞ…?」
「販売員として、こんなこと言うのもあれなんですけど、もっと慎重に決めた方が…いや、この車がダメっていうわけじゃないんですけど…」
「のわっち。お金とか大丈夫なのか?ローンとか保険とかちゃんと考えないと…」
みなさんの心配の声に、自分が変なことをしてしまったのかと不安になりました。
「えっと…とりあえず今持ってる手持ちで足りそうなんですけど…どうすればいいですか」
そう言い、カバンの中から前の日におろしてきたお金を日向さんと足柄さんに見せると、二人は顔を見合わせると、まるで突入前の真面目な顔になりました。
「野分、舞風、本当にこの車でいいのか?」
日向さんに真面目な顔に舞風も緊張した顔で「はい」と答えました。野分も頷くと、足柄さんが夕張さんに近づくと
「即金で払えるけど…いくらになるかしら?もちろん諸費用込みで」
と言い、日向さんと共に夕張さんを室内へ連れて行ってしまいました。
しばらくすると、二人は野分に室内に入るように促し、勝ち誇った顔で野分たちにウィンクをしました。夕張さんは全てを諦めた顔で野分に書類のサインを求めました。その書類には先ほど書いてあった金額よりも四割弱低い金額が書いてありました。書類の手続きを終え、再び外に出ると舞風が嬉しそうに運転席に乗り込んでいました。
「これからよろしくね、アクアちゃん」
そう言うと舞風はハンドルにキスをしました。野分は先程の舞風の言葉を思い出してしまい、熱くなった顔冷やすためにすこし風通りがいい場所にいきました。
その日の夜、野分達は鳳翔さんのお店で、自分たちの納車祝いということで酒席が設けられました。日向さんから連絡が入ったのか、長門さんと陸奥さんの姿もありました。しかし、一番驚いたのは、不知火姉さんがいたことでした。
「野分、舞風、久しぶり」
そう言うと不知火姉さんは舞風の横に座りました。
「お久しぶりです。姉さんは…まだ軍にいるんでしたっけ?」
「そうよ。長門からよく野分の話は聞くけど、舞風と仲良くやっているようね」
「無愛想な不知火もお前達のことになると表情豊かになるからな!」
足柄さんや日向さん達、お酒が強い組の席にいた長門さんが烏龍茶を片手に不知火姉さんの正面に座りました。
「不知火に何か落ち度でも?」
そう言い長門さんを睨みました。ただ憎悪の睨みではなく、恥じらいを持った睨み方だったので全然怖くありませんでした。
「陸奥から聞いた事件の話をしたら、野分に怪我はないんですか?って泣きそうになってたじゃないか」
笑いながら言う長門さんを無言で睨む不知火姉さん。顔は真っ赤です。
「長門さん、何か飲まれますか?」
その話を聞いて笑いが堪えられていない羽黒さんが長門さんに尋ねました。
「私もみんなと同じのでいいぞ。向こうの席だと度数が高い酒がファミレスの水の様に注がれるからな。飲めない身からするとただ辛いだけだ」
舞風と羽黒さんが驚いた顔で長門さんを見ていました。戦艦と言えば、よく食べて、よく飲む。そういうイメージがある二人からすると長門さんが下戸だったことは想像していなかった様です。
「この前は烏龍茶をウィスキーだって言い張って酔っているフリをしていましたもんね」
不知火姉さんがしたり顔で言いました。先程の仕返し…ということでしょうか。
「あの時は不知火に迷惑かけたな…烏龍茶の入った水差しを死守してくれたもんな」
「不知火も飲めませんからね。無理に飲まされるより、美味しくご飯を食べた方が幸せです。でも…」
不知火姉さんが何かいいかけた時、出来上がった陸奥さんが割り込んできました。
「ちょっと、長門!抜け駆けしないの!それに野分には舞風がいるんだからちょっかい出さないの!ビックセブンがそんな未練がましくてどうするの!」
「そんなつもりはないぞ!これまでもこれからも!お…おい!待て、引っ張るな。せめてもう少し休ませろ!」
陸奥さんに引っ張られ、強制送還された長門さんを表すが如く、間宮さんが持ってきてくれた長門さんの分のサイダーが虚しくパチパチと音を立てていました。
「うるさいけど、いなくなると寂しいわね」
不知火姉さんがそのサイダーに口をつけると、少し寂しそうにつぶやきました。きっと無口な姉さんのことだから、軍の中でもあまり話す人がいないのでしょう。艦娘の時も怖いと言うイメージを持たれていた姉さんに、誰とも変わらずに接してくれる長門さんは数少ない友達になるのでしょうか。
「言うのを忘れていたわ。野分、舞風。おめでとう」
そう言うと、再び優しい顔になった不知火姉さんが野分達にお祝いの言葉をかけてくれました。
「そんな…ただ車を買っただけなのに…」
野分が少し照れながら言うと、姉さんは首を横に振りました。
「きっと仕事は大変だと思うし、辛いことも多いと思う。けれども不知火達が勝ち取ったこの平和を楽しむのも野分や日向達の仕事のうちだと思うわ。野分は少し自分のことを大事にしなさい」
「私もそうして欲しいかな…」
不知火姉さんの言葉に舞風も続きました。
「野分が私達のために頑張ってくれているのもわかるけど、野分も一緒に楽しんで欲しいって思う!」
舞風が笑顔でそう言いました。野分は少し涙ぐんでしまいました。
「いい姉妹を持ちましたね」
羽黒さんが羨ましそうに言いました。
「妙高さんに那智さん、それに足柄さんもいるじゃないですか」
涙を拭い、羽黒さんにそう言うと、羽黒さんは申し訳なさそうに指をさしました。その先には、長門さんを羽交い締めする那智さんと無理やり飲ませようとする足柄さん。それをみて上品に笑う妙高さんがいました。
「あぁ…その…えっと…」
野分達は三人が言葉を探していると、羽黒さんは頭を下げていいました。
「不知火さんと野分さんには本当に姉がご迷惑をかけてごめんなさい。」
妹…というよりはヤンチャな子を持った気が弱い保護者という感じでしょうか。
「そんなことないですよ。普段は那智に迷惑かけていますから」
と不知火姉さんは言いました。
「野分も似た様なものです」
「そういえば…」
舞風が思い出した様に言いました。
「さっき長門さんに何を言いかけたの?」
「それはね…」
不知火姉さんが不適に笑いました。
「店員さんが間違えて、二杯目からウーロンハイになっていたのよ。それも濃いやつに。長門、本人も気づいてないだけで、実はものすごく強いのよ」
その話を聞いた三人はやっぱり長門さんは長門さんだったという安心感に包まれました。