青葉さんの事件が解決し、その日は珍しく早めに帰ることが出来たので、家の最寄駅で舞風と夕食をとることになりました。
「野分!お疲れ様!」
舞風の方が早めに着いていたようで、ベンチに座り、缶ジュースを飲んでいました。
「ごめんね、待たせた?」
「うぅん、そんなことないよ。まだこれ開けたばっかりだから、ほら」
そう言うと、まだ2/3以上残っているジュースを手渡してきました。
「少し飲んでもいいよ」
笑顔で言う舞風に後押しされ、一口飲んで、彼女に缶を返すと、少しビックリした表情で野分を見てきました。
「野分…一口大きいね…」
「えっ…あっ…ごめん…」
言われてみればそうかもしれない。仕事に追われていて、コーヒーを掻き込む様に胃に入れる癖が着いたいるかもしれない。ちょっと前まで、目の前のデスクの足柄さんがそういう飲み方をしていて(身体に悪そう)と思っていたのですが、気がつけばそんな事を思わなくなっていました。
「うぅん。気にしないで。それに久しぶりの外食なのに待たせちゃってごめんね」
舞風が申し訳なさそうに言うと、彼女はそれを一気に飲み干しました。
「ゆっくりでよかったのに」
「いいのいいの。その代わりに後でゆっくり飲ませてもらうから。いこ」
そう言うと、舞風は野分の手を引っ張って目的地へと歩き出しました。
せっかくの二人の食事…というほど豪華なお店に入るわけでもなく、よくあるチェーン店のファミレスに入りました。舞風曰く、ここはファミレスの中でもちょっとリッチなお店らしいです。店員さんに案内された席に着くと、舞風はメニューも開かずにアイスティーを二つ注文しました。
「ここのアイスティーはおかわり自由なんだよ!」
「アイスティーが?コーヒーだけじゃないなんて珍しいね」
「うん、私もこの前来た時初めて知ったんだ」
店員さんが飲み物を持って来てくれるまでの間、他愛のない話をしながら、食べたいメニューを選びました。野分はパスタ、舞風はドリアを頼み、アイスティーを飲みながら仕事の話をしました。
「野分、仕事大変そうだね。帰りも遅いし」
「仕事が大変というより、必死に着いて行くのが大変…かな」
「野分でも出来ないことがあるの?」
その野分の問いかけに、今一番身近な足柄さんと自分を比較してしまいました。
「うん、出来ないことだらけだよ。足柄さんはだらしなく見えるけど、実はすっごくしっかりしてて頼りになりっぱなしで…」
「そうなんだ…でも野分なら大丈夫だよ。それは私が一番よく知ってる」
舞風はそう言うと、優しい笑顔をこちらに向けてくれました。
「ありがとう。舞風の方はどうなの?この前の発表会、とっても活き活きしてたけど」
「あぁ…うん…実はね…」
「お待たせしました」
ばつの悪そうな顔をした舞風が何か言いかけた時に店員さん、料理を持って来てくれました。
「食べ終わったら話すね」
店員さんが少し申し訳なさそうな顔で机に料理を並べていましたが、大丈夫、あなたは何も悪くありません。
食べるのも早くなってしまったのか、舞風よりも先に食べ終わってしまいました。
「そんなに急いで食べたら身体に悪いよ。お腹空いてるなら何か頼んでもいいよ」
と笑いながら野分にメニューを渡してくれました。前は食べる速さは同じぐらいだったのに。でもほん少し物足りなさを感じているのは事実です。
「…舞風はさ、まだ少し食べられる…?」
メニューで顔を隠しながら舞風に尋ねました。
「私はこれで満足だけど…少し話したいことがあるから、つまめるものがあるといいかな」
顔は見えないけど、少し困った様な感じがしました。食べ終わった食器を片付けにきた店員さんにサンドイッチとポテトがセットになったものを頼み、舞風はアイスティーのお代わりを頼みました。
メニューをもとにあった場所に戻すと、舞風が面白そうに野分を見ていました。
「最近よく食べるもんね。そのうち戦艦みたいになっちゃうかもね」
野分も女の子です。悪いことではないのですが、いっぱい食べることには恥じらいを感じてしまいます。
「でも、デスクワークばっかりしてるのにそんなの食べると太っちゃうよ。野菜も食べなきゃ」
そう言うと彼女は悪戯な表情を浮かべました。
「そうだ、これからサラダを作ろう!セロリをいっぱい入れて。そうすれば野分もセロリが食べられる様になるし野菜も食べられていいこと尽くしだよ!」
「…セロリ抜きならいいよ」
「好き嫌いは良くないの。少しずつでいいから食べていこう。ごちそうさま!」
きっと冗談。そう信じて思い出したセロリの味を流す様にアイスティーを流し込みました。
野分はサンドイッチを頬張り、舞風はポテトを食べながら先程の話を切り出しました。
「それで…何かあったの?」
そう聞くと、舞風は少し歯切れ悪く話始めました。
「あのね…欲しいものがあって…」
「欲しいもの…?」
「うん、私もこれから一人でやっていこうと思うのだけど、それについて欲しいものがあって…」
「何が欲しいの?」
「……車が欲しいの」
「車…?」
舞風が意外なものを欲しがっているのを聞いて、思わず間抜けな声が出てしまいした。
詳しく話を聞くと、先日の発表会、舞風は普段から着ている衣装を着て踊っていたらしいのですが、他の参加者は大きな衣装箱を持参し、セットに余念がなかったそうです。もし自分がもっと上に行くなら、そういったものを運ぶための足が必要と感じたそうです。
「それにね…」
すると、舞風は少し恥ずかしそうに話しはじめました。
「二人が休みの日に一緒にドライブ出来たらいいなぁ…なんて思うの」
顔に熱を帯びるのを感じ、とっさに顔をそらしましたが、それは舞風も同じだった様です。
「わかった。二人で考えよう。明日足柄さんに話を聞いてみる」
「野分…ありがと!」
舞風は屈託無い笑顔でそう言いました。この笑顔に野分は救われていることを改めて実感しました。
翌日の昼休み、珍しく仕事が落ち着いている野分達は久しぶりに三人で食事をすることになりました。
「車が欲しい?!のわっちが?!」
「…別に悪いことじゃないが、足柄みたいにはならんでくれよ…」
「ちょっと!それどういう意味よ!」
二人が驚いた様子で野分の方を見て説明を求めました。野分が昨日の話をすると、今度は足柄さんがニヤニヤしながら口を開きました。
「デートカーが欲しいってことね」
「これを聞いたら長門が泣くだろうな」
日向さんもふざけ始めました。
「長門さんとは何もありません…真面目に相談したかったのに」
野分が少し不貞腐れていると、二人は軽く謝ると車の話を始めました。
「やっぱりデートカーはオープンカーよね。夜の海沿いを風を感じながら走るのは最高よ」
「オープンじゃ荷物が積めないだろう?舞風は荷物が運びたくて車が欲しいんだから」
「それもそうねぇ…のわっちはどんな車がいいとかあるの?」
「詳しくないのでよくわかりませんけど、今使ってるスカイラインは大きくて運転しずらいので、小さい車がいいです」
「あの良さがわからないなんて…」
足柄さんが、少し悲しそうに空を見つめました。
「好きにやっていいとはいったけど、やりすぎだ。防弾仕様まではわかるが、VR38なんて必要なかっただろう」
「でも見た目は高級セダンで中身はモンスターよ。羊の皮を被った狼でいぶし銀でかっこいいじゃない!」
専門単語も言っていることも意味がわかりません。日向さんを見ると、「お前はこうなるなよ」という視線を感じました。
「…お二人はプライベートの車って持っているんですか?」
足柄さんはまだまだ話したそうでしたけど、このままじゃ埒があかないそうだったので話を切りました。
「もってるぞ。私のは古い車だが…」
日向さんが野分の考えを察してくれたのか、早い切り返しを見せました。
「なんて車なんですか?」
「シルビアって車だ」
「シルビアッ?!」
足柄さんが驚きのあまり、コーヒーをこぼしそうになっていました。
「日向がシルビアなんて乗ってるの?!実はそっち系なの?!」
「落ち着け、お前が思っている様なやつではない」
すると日向さんは自慢気に話し始めました。
「私のは四代目のやつだ。目が出るやつ」
日向さんは両手を上下させ、何かのジェスチャーをしていました。
「知らないわ。今度運転さえてよ」
足柄さんが興味津々で日向さんに尋ねました。
「お前に運転させたら壊しそうだから断る。野分ならいつでもいいぞ。一緒に古い車を走らせる楽しみを分かち合おう。デートも雰囲気でるし、荷物も乗るぞ」
「遠慮します…それに使うのは舞風ですから…」
「そうか…」
日向さんは少しがっかりした様でした。
「足柄さんは何乗ってるんですか?」
「私はヴォクシーよ」
「ほう…意外だな…」
日向さんが珍しく感心した様な表情で足柄さんを見ていました。
「お前なら高級セダンとかクーペとかに乗っているのか思っていたが…」
「姉さん達や羽黒を乗せるからね。そういう車だと、那智姉さんがうるさくてね…」
「那智さんですか。てっきり妙高さんが怒るのかと思ってました」
「妙高姉さんがクーペを買ったせいでこうなったのよ。あの人大人しい様で実はヤンチャだから…」
「そうなのか…しかし、那智も大人しいとはおもわないけどな」
「あぁ見えて、実はすっごい家庭的なのよ。この前も家にきて生活習慣の悪さについてお説教されたわ…」
「人は見かけによらないんですね…そうなると羽黒さんも気になります」
「羽黒は羽黒よ」
「ダメの姉に振り回される末っ子だな」
「…言い返せないのが悔しいわ」
一息着くと徐に足柄さんが天井を見上げました。
「…ごめんね、のわっち。参考にならなくて…」
「いえいえ…面白い話が聞けたので」
「一人いるじゃないか。そういうの詳しいのが」
日向さんが伝票を取り席を立ちました。
「どうせ急ぎの仕事もないんだ。今日はゆっくり野分の悩みを解決する日にしようじゃないか」
そう言うと会計に向かいました。
「日向め…また最初っからわかってたわね」
足柄さんが横でそう呟くとお財布から二千円を取り出し野分に手渡してきました。
「なんか悔しいから、こっそり日向のバックでもポケットにでも入れてきて」
「そんな…悪いので野分も払います」
「いいから、後輩は先輩の言うこと聞いてなさい。」
「……多分私じゃすぐバレると思います」
「私じゃ確実にバレるわ。可能性がある方がやったほうがいいでしょう?」
「…わかりました」
野分は極秘作戦を実行すべく、日向さんの背後に忍び寄りました。