海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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明日の砲雷撃戦のサンプルです。
「とー10」で僕と握手!

※先ほどまで「とー20」と掲載していましたが、正しくは「とー10」です。
ご迷惑をおかけしました皆さまには謹んでお詫び申し上げます。草浪



海軍特別犯罪捜査局ーLー(1/20 砲雷サンプル)

きらめき総合病院

 都内では雪がちらつくほど冷え込んだ日、日向は汗を滅多にかかない汗をかき、息をきらしながら階段を駆け上がっていた。エレベーターを使えば良かったと途中で気がついたが、ここに到着した時は冷静ではなかった。

 7階を駆け上がり、目的の病室の前まで走ると青いデジタル迷彩を着た男と高そうな背広を着た男に声をかけられ、中には入れないと言われた。日向は息を整え、額に浮かべた汗を拭うと持っていた鞄から身分証を取り出し二人に見せた。

「捜査局の日向だ。ここには個人的な見舞いではなく、仕事で来ている。中に入れて貰いたい」

 男達は顔を見合わせ、少し困ったような顔を浮かべた。おそらく誰も中に入れてはいけない。そう命令を受けているはずだが、相手は自分たちを取り締まる仕事をしている。ここで断ってはあらぬ疑いをかけられる。そんなやりとりをしている二人に日向は徐々に苛つきを感じ始めていた。階段を駆け上がるという選択肢をとった自分が冷静ではないことは理解している。日向はそのまま自分の感情に従うことにした。

「私は暇ではない。通らせて貰うぞ」

 両手で男達を押しのけ、日向はそのまま中に病室の中に入った。男達の慌てた声を無視し、日向はベッドを囲う様に閉められたカーテンの勢いよく開けた。

「大井っちよりも先に来るなんて……さすがは特捜だねぇ」

「お前の与太話を聞いている暇はない。私は取り調べに来たんだ」

 全身に包帯を巻かれ、左目と口以外は彼女を認識できる部分はない。だが、そのゆったりとしゃべる口調は北上そのものだった。日向は病室に入ってきた男達に手で出て行けと合図を送ると、背広の男が懐から携帯を取り出し、迷彩を着た男に他に誰も入れるなと指示を出すと病室から出ていった。日向は扉が閉まるのを確認すると、側に置いてあった来客用の椅子に座り、大きく息を吐き出した。

「お疲れだねぇ」

「こんなに走ったのは久しいからな……それで、どうしてお前はそんな馬鹿な真似をしたんだ?」

 そんな馬鹿な真似。人里離れた民家を一件吹き飛ばしたことだ。一人、オフィスで仕事をしていた日向は陸奥からの電話でこれを知り、慌ててここに駆けつけた。最初は会ったら一発思いっきり殴ってやろうと考えていたが、あまりの痛々しい姿にその気も失せた。だが、慈悲の念も沸いていない。ただ事実確認をし、その後の報告書をどうまとめあげるかだけを考えることにした。

「それで、家主はどうなった?」

「たぶん元気にしてると思うよ~。ほら」

 北上はそう言うと、右肩を動かし、薄い布団からそこにあるはずの右手を日向に向けた。

「不思議なもんでさ。頭では右手を動かしているってわかるのに何の感触もないんだよね。あたしは日向の背中をさすっているつもりなんだけど」

「お前のことなど聞いていない。伊勢はどうしたんだと聞いているんだ」

 日向は睨むように北上を見た。北上はビクッと肩を震わせ怯えたように目をつぶった。

「もう伊勢型は嫌いだ。あんたも……伊勢も……」

「北上」

 日向は立ち上がると、北上の両肩を掴んだ。北上は短い悲鳴をあげた。それが痛みによるものなのか、恐怖によるものなのか、その両方なのかはわからない。だが、日向は少し力を入れて、北上を揺すった。

「北上。その残された目で……何度も戦火をくぐり抜けたお前の目で私の目を見ろ」

 北上はしばらくギュッと目を瞑っていたが、少しずつ目を開き、まっすぐ日向の目を見た。

「私と伊勢は姉妹艦だ。容姿も似ている。だが……あの女と私は違う。あいつから力を奪ったのはこの私だ」

 日向もまっすぐ北上の目を見た。伊勢と対峙したときの様にまっすぐと。北上はしばらく日向の目を見ていた。そして、その目が潤み始めるのを日向は見て取った。

「あたしには出来なかった。逆にこの様だよ」

「その怪我はなんだ? どうして家が爆発した? いったい何があった?」

「日向は回天って知ってる?」

 北上のその言葉で日向は全てを察した。つまりは、北上は伊勢を倒す為に自爆を敢行した。が、失敗しこうなった。

「どうしてそんな真似をした……もっと利口なやつだと思っていたが……」

「あたしが今の伊勢を止めるにはこれしか無いと思ってさ……無意味だったよね……日向。煙草持ってる?」

「ここは病室だ」

 日向はそう言いながらも、鞄から禁煙用のパイプを取り出した。

「……馬鹿にしてる?」

「これを機会にやめることだな……もう時間が無い。そろそろ詳しく話して貰うぞ」

「そうだね……もう日向達しか頼る相手もいないしね」

「本来なら関わらないで欲しいもんだが……」

 日向は病室の扉を見た。外が少し騒がしい。どうやら、人が集まってきているようだ。おそらく、日向にとっては都合の悪い人種だろう。

「そうだね……日向には話しておくよ」

 北上もそれを感じ取ったようだ。

 北上が伊勢の自宅、隠れ家を訪れたのは伊勢に頼まれた物を届けるため。だが、その日、北上は伊勢を殺める、轟沈させるべく訪れた。霧島が砲弾を奪った組織、海神会に多額の金を渡し今の北上が積載出来うる数の酸素魚雷を持って伊勢の自宅を訪れた。伊勢が用意したロードスターでは魚雷は詰めない。別に用意した車から魚雷を両脇に抱えて伊勢と対峙した。そんな北上に伊勢はすこぶる機嫌を悪くしたそうだ。自分が渡した金を自分に危害を加えるための魚雷に変えられたのだ。伊勢は激昂し、その場で刀を抜いた。

「伊勢は何を欲しがっているんだ?」

「深海棲艦の残骸。海神会は供養という名の下、深海棲艦の残骸の引き上げもしているからね。けど、実際はその技術の解明を勧めている

らしんだ。技術を民間企業に売るためにね」

「そうだったか……よくそれで深海棲艦を支援していると言えるな。彼女たちもよく許している」

「そこまで詳しくはわからないかな。飽くまでも噂。だけど深海棲艦の残骸は金さえ払えば手に入るよ」

 病室の外が本格的に騒がしくなっている。どうやらマスコミも駆けつけているようだ。北上は日向の方を見て頷き、話を続けた。

 伊勢が深海棲艦の残骸を求めているのは伊勢自身を維持する為だという。日向には北上の言う意味がわからなかったが、北上もよくわかっていないらしい。榛名と伊勢が供に行動しているのは足柄や野分達の報告書で知っている。擬装用の砲弾以外に必要な物があるのか。

「お前達の……」

 取引先はどこにいる。そう聞こうと思った矢先、陸奥が扉を勢いよく開けた。

「悪いけど時間切れよ。北上の身柄はうちが拘束させてもらうわ」

「それはうちの仕事のはずだが……」

「よく言うわ」

 陸奥は日向の肩に手を置くとそっと耳元でささやいた。

「あんたのわがままで、霧島も比叡も海軍からも……世間からも保護しているけど、もう粘れないわ。早くなんとかして頂戴」

「わかっているさ……」

 日向は陸奥の肩を叩き返し、病室を後にした。

 

喫茶店・天才たまご

 日向がきらめき総合病院に駆け込んでいる頃、野分と足柄は消えた海神会幹部を追い町中の関係団体を虱潰しにあたっていた。時には銃を抜き、脅すように関係者を問い詰めたことも少なくない。彼らも警察ではない、軍関係の捜査機関に寄り詰められることは想定していなかったのだろう。ましてや、相手は深海戦争を戦い抜いた元艦娘。足柄と野分は女だと舐めて突っかかてきた男を簡単に捻りあげ、その脳天に銃口を突きつけた。自分たちは警察ほど甘くない。その気になればお前達を日本から離れた名もない海に沈めることも可能だと。そこまで凶行的な捜査を行っても得られる物は皆無に等しかった。疲れ果てた二人は最近の女子に人気だというパンケーキと紅茶が美味しいと評判の喫茶店に、何も知らずに入って休息を取ることにした。

「珈琲ひとつでいつまで待たせるのよ……」

 足柄の方が野分よりも先輩である。野分に奥のソファに通された足柄はそのまま突っ伏した。注文を取りに来たウェイトレスが足柄を不審そうに見ていたが足柄はそれを気にせず、珈琲濃いめを頼んだ。野分は一応メニューに目を通し、この店で一番人気だというタピオカが入ったミルクティーと糖分を補給する為にこの店で一番甘いというパンケーキを注文した。ウェイトレスが去ったのを確認すると野分は足柄に確認の為にこれまでの捜査内容を確認した。

「幹部……特に親父と呼ばれるあの初老の男性と、その側近……足柄さんにお熱ですから、足柄さんから電話をかけてみてはいかがです」

 足柄は顔だけ野分に向けると疲れ果てた表情で口だけを動かしてみせた。

「おかけになった電話番号は現在使われておりません」

 なるほど。野分は黙って頷いた。と、いうことは今の関係団体が知っている彼らの番号は全て解約されているだろう。このご時世、通信できる端末を持っていればすぐに場所は特定できる。端末の製造番号と契約者の情報は紐付いているから。彼らも馬鹿じゃない。艦娘用の砲弾を入手するだけではなく、この銃規制が厳しい国で、対戦者ライフルを仕入れることが出来る組織のトップだ。そう簡単にあしが着くような真似をするはずがない。

「もう海外に逃亡している可能性もありますね……」

「それも正規、非正規な手段以外の可能性もあるわね。彼らは深海棲艦と取引が出来る立場にいる。潜水服を入手して、深海棲艦に運んで貰う、なんて誰も想像が付かない方法で脱出したかもしれないわね」

 足柄の言葉に野分はまとまりかけていた答えをだめ押しされた様な気がした。もう手がかりは何も残されていない。河川は海につながっている。もしそこから水の中から逃げられたのなら足はつかないだろう。そんな逃走経路、誰も予想していないから。深海棲艦人型と同じサイズでありながら高速で移動する人智を超えた存在だ。潜水艦の艦娘でさえ、本気で移動する彼女らを捕らえるのは難しいだろう。

「打つ手なし……ですか」

「うちのは”海上”保安庁だからね。海軍を捜査の為に動かすとなっても深海棲艦への威嚇行動だと見なされて攻撃される可能性はゼロじゃないわ」

 以前、対潜訓練中の海軍艦艇が撃ったピンガーにこちらに遊びに来ようとしていた深海棲艦が反応した。その深海棲艦はすぐに急浮上し攻撃態勢をとった。海軍側の迅速な謝罪対応で事なきを得たが、これが有事の際であれば訓練中の艦艇は全て撃沈されていただろう。それだけ彼女たちの扱いは難しい。彼女たち一人一人が軍艦一隻の攻撃能力を有した意思を持った一人の人間であるとこの国は解釈している。どれだけ強固な攻撃能力を有していても、人間一人を相手に軍艦の艦隊で相手をするのは過剰であるという理論が成り立つ。終戦時に未解体のまま残された艦娘が合法的に存在するのはこれが理由である。元提督を守る為の大和。海軍に残された長門を旗艦として再編された艦娘第一艦隊。それに対し、金剛達のように正式な書類では解体されているが、艦娘の力を有したまま生活をしている者もいる。これは野分達も把握していない。今回の金剛達の武装決起が無ければ野分達が知る由が無かったであろう。

「榛名は金剛の首を持って雲隠れ。それから先の行動は当初の計画とはかけ離れたものになっているから霧島も比叡も知らない」

 足柄の疲れは多少抜けたのだろうか。机から頭を上げ、大きく伸びをするとため息を吐きながら野分の方を見た。それと同時に注文した珈琲とミルクティー、パンケーキが運ばれてきた。足柄はやっときたと言い珈琲に口を付け、野分は見たこと無い巨大なパンケーキを一口サイズに切り分け口に運んだ。

「薄い……」

「甘い……」

 足柄と野分は一様に顔を顰めた。最近の女子はこんなものを好んで食べるのか。絶対に太るだろう。野分はそんなことを考えながらミルクティーを飲んで口の中に残った甘みを流した。

「それ、一口頂戴」

「一口と言わずにどうぞ」

 野分はテーブルに備え付けのフォークを足柄に渡し、巨大なパンケーキを一口サイズに切り分けていった。足柄はそのうちの一つを口に運ぶと、うんと頷いてみせた。

「美味しいじゃない」

「甘い物お好きなんですか? あまり食べているイメージはありませんけど」

「一応女子だからね。甘い物は嫌いじゃ無いわよ」

 足柄はそう言い、さりげなく野分の後ろに視線を送った。その視線に気がついた野分は携帯を取り出し、美味しそうに食べている足柄の写真を一枚撮り、さりげなくインカメラに切り替えた。

「……空母棲姫さん?」

「でしょうね。お忍びかしら?」

 野分の携帯にはテーブルに野分が注文したパンケーキを二つも乗せ、美味しそうにそれを頬張る空母棲姫が写っていた。こちらに気がついている様子はない。空母棲姫は野分にも足柄にも面識がある。彼女は深海側の外交官でもある。七係の仕事の一つでもある深海棲側の上陸者の管理の仕事の関係で何度か会っている。その時は厳格そうな印象を持ったが、今の彼女からその印象は全く受けない。ただの甘い物が好きな妙に肌が白いお姉さんだ。仕事の関係で挨拶をするのが筋だが、邪魔するのも悪い。野分が携帯を仕舞おうとしたとき、デフォルトの着信音が鳴った。液晶には日向からの着信であることを告げている。

「はい、野分です」

『日向だ。今何をしている?』

「ちょっと待ってください」

 野分は携帯を耳から離し、先ほど撮影した足柄の写真を日向に送った。再び携帯を耳元に戻すと、日向の重いため息が聞こえてきた。

『一度戻ってこい。その時に誰でもいいから深海棲艦を連れてきてくれ。聞きたいことがある』

「ちょっと待ってください」

 野分は再び耳から携帯を離し、テレビ通話に切り替えた。液晶には疲れ切った日向の顔が映し出されている。

「足柄さん。日向さんが仕事をサボるなお怒りです」

 野分は足柄にカメラを向けるふりをして、インカメラのまま野分の後ろで美味しそうにパンケーキを頬張る空母棲姫を写した。

「別にサボっているわけじゃないわ! ちょっと休憩しているだけよ!」

 足柄は野分の向ける携帯に必死の弁解をしてみせた。だが、その必死なジェスチャーは日向には見えていない。画面の中の日向は顎に手をあて、しばらく考える素振りをみせたが、すぐに答えが返ってきた。

「ちゃんと挨拶回りをしてから帰ってこい。何ならうちで手厚い接待をしても構わん」

 日向の言葉に、足柄も何となく事態を察したようだ。視線を野分の携帯から逸らし、その後ろを見た。

「わかったわ。後で連絡するわね」


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