海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #68 晩酌でもしようじゃないか

 

足柄は意外と器用だった。

私がやると、私をコンロの前からどかし、油と格闘している。

私は買ってきた魚を捌き、揚げる分を足柄に私、残りは一口大に捌く。

お皿は足りるだろうか。二人しかいないのにかなりの品数になりそうだ。

食器棚を開けて、中かな使えそうな食器を選ぶ。

 

「あなた、一人暮らしなのに、なんでそんなにお皿持ってるのよ。もしかして、未来の旦那様の為……とか?」

 

足柄が茶化す。

残念ながら、それを想定して買ったものはない。

 

「料理にあう皿を買っていたら、ここまで溜め込んでしまったんだ」

 

私は色合いを気にする。

そんなこだわりを持っていたら、いつの間にか形までこだわり始めてしまった。

 

「キッチンペーパーはあるかしら?」

 

「どうせならこれを使え」

 

私はいつ買ったか覚えていないとんかつ網をいくつか引っ張り出し、重ねた食器の上に乗せる。

 

「……なんでそんなものが二つも三つもあるのよ」

 

「あるのを忘れてな……」

 

使うであろう食器を軽く水で洗う。

足柄が早くしろと言わんばかりに見ているので、先に使いそうな物を洗って渡す。

 

「足柄よ……流石に多くないか?」

 

「私、お昼時間なくてパン一個しか食べてないのよ……」

 

「朝は?」

 

「そんな時間があるならギリギリまで寝てる」

 

なるほど、足柄らしい。

 

「お米は?」

 

「チンするやつある?」

 

「炊いて凍らしておいたやつが冷凍庫にある。食べる分だけ出して温めてくれ。私は一つだけでいい」

 

「了解」

 

足柄は適当に揚げ物をお皿に盛り付け、冷凍庫を漁りだした。

 

「日向は料理が好きなの? 嫌いなの?」

 

「好きだけどめんどくさい」

 

冷凍食品がつまった冷凍庫を見た足柄がため息を漏らす。

私は足柄よりかは健康的な食生活を送っていると思っていたが。

 

「…………私は家に帰れば妙高姉さんか羽黒が作ってくれたご飯があるのよ」

 

「何も言っていない」

 

「言いたいことがわかったのよ。付き合い長いし」

 

「そうか」

 

私の方も盛り付けが終わった。

後はチンが終わるのを待てばいい。

 

「テンプルあるかしら?」

 

「そこの上の棚の中だ」

 

「………………あったわ。ありがとう」

 

火を弱め、テンプルを流しこみながらゆっくりかき混ぜている。

私の勝手なイメージだが、冷めた油をそのまま流しに捨てるのかと思っていた。

 

「火を止めて……洗い物する時に捨てればいいわね」

 

「お前こそ将来のこと、考えているんじゃないのか?」

 

「作りっぱなしだと妙高姉さんと羽黒にこっぴどく怒られるのよ」

 

 

ーーーー

 

食卓に並んだきつね色の数々。

女二人が食べるとは思えない量のおかず。

そして足柄が茶碗に盛った大盛りのご飯。

まるで部活終わりの体育会の学生の晩御飯だ。

 

「「いただきます」」

 

とりあえず、足柄の作った揚げ物を一つ。

 

「……以外とあっさりしているな」

 

「先にそれ食べちゃダメよ。まずはこれからどうぞ」

 

足柄は私の取り皿にトンカツを数切れ乗せる。言われた通り、それを食べてみる。

ちなみに私は塩派だ。

 

「おいしいな」

 

「当たり前じゃない」

 

足柄はソースをかけて食べている。ご満悦そうな表情だ。

 

「衣に秘密があるのよ。あとは愛情持って揚げるだけ」

 

「その割には随分と手の込んだ揚げ方をしていたな」

 

手をかざして油の温度を確かめたり、お箸でゆっくり入れたり。

ビールを足柄のグラスに注いでやる。

 

「どうも……タハッー! やっぱこれよね」

 

「そうだな。飲むお前だから作れる味なのかもな」

 

「日向の作ったお造りも美味しいわよ」

 

「ただ捌いただけだ…………足柄よ。一ついいか?」

 

「何よ?」

 

「野菜が無い」

 

「あぁ〜…………そこは気にしないでおきましょう。飽きさせないように色々工夫はしておいたから」

 

それにビールも全部種類が違う。

飽きることはないだろうが、明日は胃がやられているだろう。

 

ーーーー

 

あれだけあった料理の七割は足柄の胃袋に収まった。そして、カゴいっぱいに買い込んだビールも残りは数えるほどしか無い。大半はこの"重"巡が食べた。

 

「なるほどな」

 

「すごく失礼なこと考えてない?」

 

「まぁ……そうなるな」

 

これだけ飲んで食べておきながら、足柄は顔色一つ変えていない。

野分も食べる方だが、これほどじゃないだろう。

 

「さて……晩酌といきましょうか」

 

この"重"巡はまだ飲む気らしい。

私はすぐには無理だ。

 

「その前に先にシャワー浴びてこい」

 

「飲んだ後でいいわよ?」

 

「…………狭いが一緒に入るか?」

 

「やめておくわ」

 

私は席を立ち、足柄がパジャマがわりに着れそうな服を取りにいく。サイズ感は似たようなもんだろう。

 

「ほら」

 

「悪いわね……オフィスには替えの服あるのだけど、すっかり失念していたわ」

 

「構わんさ。先に言わなかったのは私だ。タオルは棚のやつを使ってくれ」

 

「じゃあ先に入るわね」

 

足柄を見送り、私は使った食器を洗う。

しかし、綺麗に食べたもんだ。残り物は明日の夜にでもと思っていたが。

足柄も必要最低限のものを使って料理してくれたおかげで、洗い物は作った量に対して少なかった。

あらかた洗い終わり、後は揚げ物に使った鍋を洗おうとした時、足柄が浴室から出てきた。

 

「早いな……まだ髪乾いてないじゃないか」

 

というか、以外と細い。私のパジャマがわりに買ったパーカーの肩が落ちている。

 

「上司に洗い物ささてるのに、呑気に髪なんか乾かしてられないわよ。ある程度は拭いたから大丈夫。後は私がやっておくから日向もシャワー浴びてきちゃいなさいな」

 

足柄はタオルを頭に巻いて袖を捲る。

ではお言葉に甘えるとしよう。

 

「すまないな。食器は棚に適当に入れて置いてくれればいい」

 

「了解」

 

私はキッチンを足柄に預け、浴室に向かった。

 

 

ーーーー

 

拭いたお皿を食器棚に戻す。

適当でいいとは言っていたけど、そこは気を使うわ。使いそうなやつは手前に置いておく。

 

「終わりっと……仕事終わりのいっぽ〜ん」

 

冷蔵庫から冷えたビールを取り出して、開けようとした時、浴室のドアが開く音がした。

 

「心配で早く出たが、いらぬ心配だったか」

 

頭からタオルを被り、上下グレーのスウェットを着た日向が立っていた。

 

「私はてっきり浴衣を着て出てくる物だと思い込んでいたわ」

 

「私はお前が思っている程の堅物ではないぞ」

 

日向はそう言ってため息をついた。

私のイメージしていた日向のプライベートがどんどん崩れていく。

 

「いる?」

 

私は持っていた缶ビールを日向に見せた。日向は少し悩んだ素ぶりを見せる。

 

「頂こうか」

 

「私のものじゃないけどね」

 

冷蔵庫から冷えたビールを取り出し、日向に渡す。

 

「おつかれさま」

 

「ん」

 

日向は缶を開けて一口飲むと、冷蔵庫を指差した。

 

「中に作り置きのあてがある。お前が食べたいものを適当によそってくれ」

 

日向はそう言い、リビングの座椅子に座った。

 

「お酒は〜?」

 

「ビール以外なら何でもいい」

 

「了解」

 

小鉢をいくつか取り出し、日向お手製のおつまみをよそう。

しかし、趣味が渋いわね。塩辛にえいひれ、漬物って完全に日本酒じゃないの。

 

「おまたせしました」

 

「ん」

 

先ほどから日向の口数が妙に少ない気がする。

酔ってるのかしら。

と、安直に考える私じゃない。

 

「何か考え事?」

 

「さっき再教育すると言ったが、意外と自分でも考えがまとまらなくてな」

 

日向のグラスに日本酒を注ぐ。

私が名前で選んだお酒だ。瓶を机に置くと、日向はそれを片手で持つと、私の方に向けた。

 

「頂きます」

 

グラスを両手で持って酌を受ける。

しかし、日向はこうやって見ると大きいわね。

 

「私は今も伊勢型航空戦艦「日向」として生きている。お前の言う、一般人「日向」とは何なんだろうな」

 

「あなたにもわからないのに、私にわかるわけないじゃない」

 

「つまり、そういうことだ」

 

日向はそう言うと、グラスを置いてじっとおつまみを眺めた。

 

「足柄。箸がない」

 

「あら……失礼しました」

 

どうも少し酔ってるみたいね。いつもよりわがままだわ。

お箸を二膳、取り皿を二つ持って戻ると、日向は腕組んで物思いに耽っていた。

 

「足柄。仕事を抜きにして、お前は何がしたい?」

 

「そうねぇ…………そう言われると難しいわね…………美味しいものを食べて、美味しいお酒を楽しく飲みたいわ」

 

ありのままの欲望を言ってみる。

これを思いついた後に幸せな結婚という言葉が出てきた。

つまり、私にとっては二の次ってことかしらね。

 

「お前らしい……か? 今と変わらないじゃないか」

 

「毎日って言葉をつけるのを忘れていたわ」

 

グラスを置いて、日向のお漬物を食べる。ただの漬物と思っていたけど、美味しいわね。

 

「それで、それがなんの関係があるのよ」

 

「戦う必要が無くなって、やるべきことがわからなくなった。けどやりたいことはある。それでいいんじゃないか?」

 

「好き勝手に生きることが普通に生きることだと?」

 

「少し違う。好き勝手に生きるために頑張ればいい。私はそう思う」

 

日向の顔が心なしか赤い。

飲んで考え事をしたから酔いがまわったみたいね。

 

「だから元艦娘の自由は守らなけばいけないし、自由の意味を間違ったやつを正してやらなくちゃいけない。それが私達の仕事だ」

 

「その為に戦うと」

 

「戦いは死ぬまで終わらないだろう。常に何かと戦っている。意味のない会議に出たくない気持ちとか……いろいろな」

 

「なるほどね……つまりは、いつでも勝利は私を呼んでいるということね」

 

「まぁ、そうなるな」


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