海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI#6 嫉妬(3)

 

「のわっち…のわっちッ!起きて」

 

翌日、仮眠室で寝ていると朝早くに足柄さんに起こされました。眠たい目をこすり、ノソノソとベットから出ると、横から足柄さんのものではない手がコーヒーを差し出してきました。

 

「おはよう、野分。よく寝れたか?」

 

その手は他の誰でもない、我らがボスの日向さんでした。その顔は明らかに不機嫌そのものでした。寝起きの野分には何が起きたのかわからず、足柄さんに助けを求め視線を移すと眉間を抑え、困った顔をした足柄さんがそこにはいました。

 

 

時刻は七時を過ぎようとしていた時、野分と天龍さんは直立不動で日向さんのデスクの前に立っていました。相変わらず不機嫌を隠そうともしない日向さんに、元駆逐艦、軽巡洋艦の野分達には何もすることが出来ませんでした。

 

「野分捜査官。この状況を報告をしてください」

 

重たい空気の中、足柄さんが口を開きました。この状況…それが指す言葉は昨日の野分たちがした捜査のことではなく、このお酒の空き缶で散らかったデスクの事だと言うことは火を見るより明らかでした。

 

「あの…それについてはオレから言わせて…」

 

「私は野分に聞いているんだ。それ以外は黙っていてもらおうか」

 

もう、野分は泣きそうです。

 

「あの…その…初めての社内泊に浮かれてしまって…その…気が緩んでました。申し訳ありません」

 

深々と頭を下げ、涙を流さんと我慢していると、頭の方から深い溜息が聞こえてきました。

 

「あまり野分を責めないでやってくれ。久々にシャバに出て、強引に誘ったのはオレなんだ」

 

横で天龍さんが野分を庇ってそう言ってくれました。しかし、日向さんから出た言葉は野分の予想とは大きく異なるものでした。

 

「足柄、野分の教育を頼んだが、そこまで教えなくてもいいんじゃないか?」

 

「いや!私はそんなことまでは教えてないけど!」

 

「そうか…」

 

そう言うと、日向さんはおもむろに足柄さんのデスクまで行くと、一番大きな引き出しから一升瓶を取り出しました。

 

「野分捜査官、こういうことだ」

 

野分と天龍さんが目を丸くしていると、足柄さんはもの凄く焦った様子で

 

「それは頂き物で!」

 

と弁明を始めました。何が起こっているのか、理解が追いつかない野分たちを尻目に、日向さんは自分のデスクに戻ると、足元から足柄さんのものとは別の銘柄の一升瓶を取り出しました。

 

「別にここで飲むなとは私も言えん。ただ、飲んだらちゃんと後片付けと換気はする様に。さぁ、片付けの時間だ」

 

野分も天龍さんも、更には足柄さんまでも呆気にとられていましたが、他の職員の人が出社するまで僅かな時間しか残されておらず、大急ぎで片付けと換気を行いました。

 

 

他の職員の方が、出社されてくると、皆さん一様に顔をしかめ、寒そうなジェスチャーをして各々のデスクについていきました。野分たちは何食わぬ顔で天龍さんを交え、ミーティングを行いました。野分は昨日の陸奥さんとの捜査の報告をすると、日向さんと足柄さんは顔を見合わせました。

 

「足柄、昨日の捜査の報告を詳細にしてくれ」

 

日向さんがそう言うと、足柄さんは大きなスクリーンに一人の女性の情報を映し出しました。それを見た天龍さんは「あっ…」と声を漏らしました。その声に、野分以外の二人も反応し日向さんが天龍さんに説明を求めました。

 

「いや…この人はオレと龍田の先輩先生だぜ…」

 

「そうです。そして今回の事件の真犯人ではないかと私は推測します」

 

足柄さんがいつになく、真面目な口調でそう言いました。

 

「いや…でも…それは推測にしか過ぎないんだろ?」

 

天龍さんは意外な人物が被疑者になっていることに動揺を隠せていませんでした。

 

「ちょ…ちょっと待ってください」

 

野分は思わず話を止めました。

 

「足柄さんはこの事件には昨日陸奥さんから電話があった時は関与していないはずですよね?」

 

「そうね…その時はまだ知らなかったわ」

 

足柄さんが天龍さんの方を見ると話を続けました。

 

「あなたの妹の龍田から助けを求められたから、私も捜査を始めたのよ」

 

「龍田が…?」

 

天龍さんがそう言うと、足柄さんはことの顛末を話し始めました。

 

 

天龍さんが窃盗の容疑で捕まった日、龍田さんは天龍さんの無実を証明するために独自に捜査を始めました。当然、昨日陸奥さんが発見した、金庫前の不自然な傷に気がつきましたが、それ以上のことがわからず龍田さんの捜査は暗礁に乗り上げてしまいました。そして、陸奥さんが天龍さんの送検を引き延ばす際に手を回したことを知った上層部の人間が龍田さんに目をつけたのです。陸奥さんは警察内部でも優秀な人材として評価を受けているので、恐らく上層部の人間は天龍さんが無実であることは容易く推測できたのでしょう。そこで独自にその金庫を開けるための機械の入手経路を探っていた龍田さんに接触し「少額強盗事件では大きな捜査組織は動かせないが、龍田さんが自分の元で働くことを約束するのであれば天龍さんが無実であることを証明してもいい」という条件を提示したそうです。

 

「そいつの名前を教えろ。ぶん殴ってでも龍田は守ってやる」

 

天龍さんが怒りに体を震わして足柄さんに詰め寄りました。

 

「落ち着きなさい。そうならないために私たちが動いているのよ。それにね、彼女はあなたを連れて行った陸奥のことを信じてそれを断ったのよ」

 

「そうだとして…なんで龍田さんは足柄さんに連絡することができたのですか?」

 

「それは…飲みニケーションの賜物…とでも言っておきましょうかね」

 

「そうですか…」

 

きっとろくでもない理由だろうと判断すると、そのことを深く聞くことをやめました。それを見た日向さんが少しいたずらな笑みを見せましたが、直ぐに真面目な顔に戻りました。

 

「足柄、解読装置の入手経路はもうわかっているか?」

 

「昨日徹夜で調べたからね。今頃、明石が犯行に使われた機械を特定をしに現場に向かっているわ。それがわかり次第、こっちは動けるわね」

 

「よし、足柄は天龍を連れて現場に迎え。野分は陸奥が来るまで待機だ。これまでの経緯を説明をして彼女の指示に従って動いてくれ」

 

「日向はどうするの?」

 

「私の仕事はこの事件が解決してからだ。そのための用意をする」

 

野分は二人の手際の良さに、自分の不甲斐なさを感じましたが、今は自分のことより天龍さんと龍田さんのことを考え、陸奥さんに説明できるように資料の作成を始めました。

 

 

陸奥さんが来たのは正午を少し過ぎたぐらいでした。「少し報告したいことがあるから」とお弁当を足柄さんのも含め四人分買ってきてくれましたが、デスクには野分しかいなかったので少し申し訳なくなりましたが、「じゃあ持って帰って舞風とでも食べて」と残りを給湯室の冷蔵庫に入れてくれました。

 

「それでこっちでわかったことだけど…」

 

陸奥さんは割り箸を割ると話し始めました。カメラの送電線は何者かに切断された跡があり、ダミーであるということ以外は園長先生も調べた捜査官も嘘の報告をしていないということでした。そして、あの金庫の開錠番号は天龍さんと龍田さん以外の職員は知っており、わざわざ手間暇かけて開錠したのは天龍さんと龍田さんに容疑をかけさせるためであったということでした。

 

「解読機の方はまだ詳しくはわかっていないのだけどね…」

 

陸奥さんはそう言うと、お弁当の容器を小さくし、袋に入れました。

 

「野分の方も報告があります」

 

野分はそう言うと、モニターに自分のパソコンの画面を出力し、先ほど足柄さんからもらった資料と自分でつくった資料を元に、朝のミーティングの内容を報告しました。陸奥さんは自分のところの上層部が絡んでいたことに不快感を露わにしましたが、この事件とは別のところと判断し、冷静に状況を飲み込んでくれました。

 

「足柄たちはいま向こうにいるのね?」

 

「はい。明石さんと天龍さんといるはずです」

 

「わかったわ…野分、すぐに向かうわよ。早く食べて」

 

「…残りは後でいただきます」

 

「ダメよ。食べなきゃ本来の力は発揮できないわ」

 

野分には戦艦クラスのお弁当は朝と昼と夜を一一食分にまとめた量なんですとは言えず、詰め込む様にお腹に収めました。

 

 

それからのことは、何事もなく、すんなりとことが運びました。野分と足柄さんにはお金を盗んだ真犯人を特定、証拠を提示することしかできず、陸奥さんがそれからのことを全て引き継ぎました。野分が証拠となる資料を警視庁に渡しに行った際、その場にいた他の捜査員の方が「あんな陸奥さんは初めてみた」と言うぐらい酷な詰問を天龍さんの先輩先生にしたそうです。引き渡しの手続きがあるため、陸奥さんを待っていると、呆れた表情の陸奥さんが部屋に入ってきました。

 

「おまたせ…待たせて申し訳ないわね」

 

「いえ、大丈夫です…お疲れですね」

 

「そうでもないわ。ただ少しまいっているだけ」

 

「そうですか…」

 

「大丈夫、ちゃんと話すわよ。そんな気を使わないで」

 

陸奥さんはそう言うと、今回の事件の顛末を話しはじめました。

 

 

天龍さんと龍田さんがあの幼稚園で働くことを、園長先生もその先輩先生もよく思っていなかったそうです。もっとも、それまで戦争で戦っていた兵器が子供を教育する立場になることに反対する人間は多いですそうです。ですが、元艦娘の再就職の斡旋を政府が行なっているため、拒否することは出来ず、受け入れるしかなかったそうです。しかし、二人は園児から人気を集める様になりました。当然、園児からの人気を集めれば、保護者達にも人気が出る様になり幼稚園を代表する先生になりました。それを反対していた人間が快く思うはずもないのですが、多くの子供がいる為、大人同士が小競り合いをするわけにはいかず、表面上は仲良くしていたそうです。

そんな不均衡の上に成り立ったバランスは「お金」という外部圧力により、簡単に崩れさりました。もともと、保育士の対偶はあまりよくありません。その中に生活には困らない元艦娘が入り込んできたのです。もともと終わりの見えない戦いの戦費拡大により、多くの軍事費が艦娘に使われていましたが、そのお金は税金でした。戦いが終わった後も、その兵器に自分たちの税金が使われていることに不満を感じる人は多いです。それが自分の身近にいるとなると、その不満は対象者への憎悪と変わります。それが天龍さん達だったのです。

もともとお金には無頓着な艦娘ですが、贅沢を好き好んでしているわけではありません。(噂では今の熊野さんはエステのクーポンや無料券を集めるのが趣味だとか…)しかし、お金はあるため、使い方が雑になる傾向があります。今回の場合だと、もともと食べるものに無頓着だった天龍さんを心配した龍田さんが毎日お弁当を作っていましたが、ジャンクフードの味が忘れられなかった天龍さんはそれとは別に菓子パンやジュースを毎日買っていたが気に食わず、今回の犯行におよんだそうです。

 

 

野分はその下らない理由に少し怒りを覚えました。しかし、陸奥さんは怒りとは違う、悲しそうな顔をしていました。

 

「私たちは国の平和のために戦っていたけど、そのために国内の平和を犠牲にしていたのよ」

 

「そんな…そんなのあんまりじゃ…」

 

「そうね…今の私たちには理不尽な怒りが向けられているわ」

 

陸奥さんのその言葉に少し視界が暗くなりました。

 

「しっかりしなさい。あなたがそんなんでどうするの」

 

顔をあげると、陸奥さんが力強い目で野分を見ていました。

 

「私たちがやってきたことは間違っていなかった。そう言える艦娘を守るためにあなた達がいるんでしょう?」

 

「…はい」

 

野分にはまだ、知らない世界、知らなきゃいけない世界がまだまだあることを自覚しました。

 

 

それから数日後、野分も足柄さんも事後処理をほとんど終え、手持ち無沙汰になったので二人の恒例になりつつある鳳翔さんのお店でのお食事会(足柄さんはお酒の席と言い張りますが)がありました。野分は舞風がいない時にご飯だけを食べに来るのですが、足柄さんは日向さんに禁酒を言い渡されているため、飲める日には絶対に予約を入れるので、いつも並ばずにお店に入ることができます。しかし、この日は珍しく奥の座敷に案内されました。足柄さんは何も気にせず入っていきましたが、野分は鳳翔さんにお礼を言いに行くと鳳翔さんは笑顔で

 

「気にしないでいいからね」

 

と含みがある顔で背中を押してきました。

足柄さんがちょうど熱燗を二本あけた時、襖が勢いよく開きました。

 

「おう!やってるか?」

 

そこには天龍さんがいました。

 

「こんばんわ〜。この前はお世話になりました」

 

その影から龍田さんが顔を出すと、深々とお辞儀をしました。

 

「あら〜天龍に龍田じゃない〜どうしたの〜」

 

足柄さんは完全に出来上がってます。ここからがこの人は長いんです…

 

「鳳翔さんから、今日ここに来るって聞いたからお礼をしにきたんだよ」

 

そういうと天龍さんは野分の横に座りました。

 

「天龍ちゃん。飲みにきたんじゃないのよ。お礼を言いにきたんだからね」

 

そう言いながら龍田さんは足柄さんの横に座ると、空いたお猪口にお酒を注ぎ始めました。あんまり飲ませないでくださいね…

 

「龍田、そんな固いこと言わずにあなたも飲みなさいよ。天龍もジャンジャンいきなさい!」

 

「おう!もちろんそのつもりだから心配すんな!野分は何飲むんだ?」

 

「もう…天龍ちゃんったら…」

 

そう言う龍田さんも手にはしっかりお猪口が握られていました。これはもう諦めた方が良さそうです。

 

「天龍さん同じのでいいです…」

 

天龍さんにお酌をし、目の前を見ると、足柄さんと龍田さんが既に一合を飲みきっていました。

 

「天龍さん達はよく足柄さんと飲みに来られるんですか?」

 

足柄さんが前に言っていた飲みニケーションという言葉を思い出しました。

 

「いや、解体後にこうやって一緒に飲むのは初めてだぜ」

 

そうなると、接点がないことに気がつき、不思議に思っていると、いつの間にか追加のお酒を持ってきてくれた鳳翔さんが答えてくれました。

 

「天龍ちゃんも龍田ちゃんもうちの常連なんですよ。それで龍田さんに聞かれた時に野分ちゃんたちを紹介したんです」

 

「そういうことだったんですか…でもよく連絡先を知ってましたね」

 

「それはね」

 

鳳翔さんは完全に出来上がった足柄さんの方を見て笑うと、

 

「足柄ちゃんが前に来てくれた時に、鳳翔さんのお店は自分が守るから何かあったら連絡してくれって連絡先を教えてくれたのよ」

 

そう言うと懐から一枚のメモ用紙を取り出しました。

 

「へぇ…酔っ払いもたまにはいいこと言うんだな」

 

と天龍さんが茶化すように言いました。しかし、言われた本人の耳には届いていないようでした。

 

 

「足柄!迷惑はかけていないだろうな!」

 

それからしばらくして、今度は日向さんが陸奥さんと一緒に現れました。

 

「あら。天龍、久しぶりね」

 

「おう。あの時は世話になったな」

 

日向さんは足柄さんの横に座り、陸奥さんは野分の横に座りました。

 

「そういえば、日向さん。朝のミーティングの後から出かけていましたけどどこ行ってたんですか?」

 

野分がそう尋ねると、日向さんはしたり顔で答えました。

 

「あぁ…ちょっと狡賢い子にお灸を据えにな…」

 

それを聞いた陸奥さんが笑いながら、

 

「あれでちょっととはねぇ…きっと左遷じゃ済まないわよ、彼」

 

「人の弱みに付け込んでものにしようとする男なぞその程度だろう」

 

そう言うと、日向さんと陸奥さんは龍田さんの方を見ました。

 

「私には天龍ちゃんがいますから〜」

 

龍田さんも出来上がってきたのか、とんでもないことを口にしました。天龍さんは顔を真っ赤にして、足柄さんは「詳しく聞かせなさいよ」と煽り、日向さんと陸奥さんは大笑いしていました。そこに暖簾を下げた鳳翔さんも加わり、楽しくも飲めない野分には少し辛い夜が明けていくのでした。

 


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