海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #64 風と龍(5)

 

龍驤さんと緒方さんが日本に向かったその日、野分たちは大きなワンボックスで仮眠を取り、足柄さんは現場の捜査に、野分達はこちらの警察署へと向かいました。

まず昨日の件、昼間と夜中に車を使って大騒ぎしたことは、既に捜査が中止になっていました。警察官はみな一様に顔をしかめ、パソコンと向き合っています。野分たちの対応を任された(感じからして押し付けられた)婦警さんはオドオドとした様子で片言の日本語で野分たちに話しかけます。

 

「今回の件、私達、手伝い、出来なくなった。これ、とても残念、悔しいね」

 

婦警さんは身振り手振りを交えて伝えてくれました。

 

「昨日の証拠品は集めたか? 使われた車両でも、空薬莢でもなんでもいい」

 

日向さんがそう言うと、婦警さんは困ったような顔をして、上司っぽい人に何かを聞きに行きました。しばらく話し込んだ後、婦警さんは上司と一緒に戻って来ました。

 

「ヒウガさん。私たちはこれ以上協力できない。私たちにも生活がある」

 

上から脅された。ということでしょう。

日向さんはわざとらしくキョトンとした顔をすると、眉間に皺をよせました。

 

「どういうことかわからんが、私たちもそちらのお世話になりっぱなしだ。そちらの案件を手伝えと本局から通達がきていてな。だが、私たちが好き勝手やるわけにはいかん。そこで、そちらが手に負えない案件について少しでも協力ができたらいいなと思っている」

 

「そんなことはありません」

 

「鈍いやつだな……お前らが出来ないことを、こちら預かりでやってやると言っているんだ。お前らは私達が強引に捜査を始めたと言えばいい。どうせ押収品も何処かに横流しの指示が出たのだろう?」

 

「……つまり、私たちは一切関与しないと」

 

「そうだな……ついでに!」

 

日向さんはわざとらしく大きな声で言いました。

 

「今日からしばらく体調が悪くなりそうなやつがいれば無理しないで休んだ方がいい! 無理しても精神衛生上よくないだろう!」

 

日向さんの言った言葉を、婦警さんは翻訳して皆さんに伝えました。

すると、隣同士で話し合ったりしていくうちにポツリ、ポツリと手が上がりました。

 

「どうせ休みだ。プライベートで君達が何をしようと構わないだろう? 警官である以前に君達も人間だ。やりたいことの一つや二つあるだろう?」

 

日向さんの言葉を婦警さんが翻訳し、ようやく意味を理解したようです。

それまで上がっていた手がいくつか下がると、一つの島に座る全員がバッと手をあげました。

 

「……どうなっても知らんぞ」

 

上司っぽい人が日向さんを睨むように見ました。

 

「この後自分がどうなるかわからん捜査は経験済みだ」

 

日向さんの言葉に上司の方はため息をつくと、近くにあった部下の机に腰掛け、腕を組みました。

 

「こちらも公に捜査するわけにはいかない。道路を止めるなど以ての外だ」

 

「わかっているさ。道路上に散らばったものは諦める」

 

日向さんがそう言うと、上司の方はジッと野分のことを見ました。

なんだかすごく嫌な予感がします。

 

「だが、特別な催し物を開けば道路を通行止にすることは出来る。例えば……日本から来たアイドルが路上ライブをやる……とかな」

 

上司の方は野分の方をジッと見ています。

まさか、この人、野分のことを日本から来たアイドルにするつもりじゃないでしょうね。

 

「それなら……野分よりもアイドルしているやつを知っている。三時間もあればこちらにこれるはずだ」

 

野分よりもアイドルって、野分はアイドルをしたことなんてありません。

日向さんは携帯を取り出すと、何処かへ電話をかけました。

 

「あぁ。日向だ。今日午後から那珂の予定を抑えてほしい。海外ライブ、それも交通手段はこちらがもつと伝えてくれ」

 

日向さんは携帯から耳を離すと、野分の方を見ました。

 

「野分、加賀に連絡をしてくれ。もう一度滑走路を貸してほしいとな。了承が取れたら、すぐにヲ級に連絡しろ」

 

「那珂さんをこちらに連れてくる。ということですか」

 

「そうなるな……もしもし」

 

日向さんの指示を受け、野分は加賀さんの勤める空港に連絡を入れました。

 

「もしもし、海軍特別犯罪捜査局の者ですが……」

 

『今度はどういったご用件で?』

 

聞き覚えのある声がでました。

 

「お世話になります。もう一度滑走路を貸して頂けないかと思いまして……」

 

『加賀さんが無茶を言ってきたと思ったらそういうことだったの……』

 

「失礼ですけど……」

 

『あっ、ごめんなさい。赤城です。この前は加賀がお世話になりました』

 

「そうでしたか……それで、どうしてこの電話を?」

 

『偶然ですよ。でも私が出れてよかったわ。あのトムキャットをまた使うってことよね?』

 

「とむきゃっと? 緒方さんという女性が操縦して龍驤さんが後ろにのってたやつです」

 

『それね。今、ヲ級がフライト後のメンテナンスをしているわ。けどまだ時間がかかるわよ』

 

「なるべく早い方がいいです」

 

『なかなか無茶を言うわね……わかったわ。元空母組総出で手伝うことにするわ。燃料は……そうね、長門達にでも頼みましょう。二時間後には離陸できる様にしておくわ。そっちに着くのは四時間後ね』

 

「ちょっと待ってください……日向さん! 二時間後には出せるそうです!」

 

「わかった。青葉、二時間後に空港だ。那珂にはファーストクラス以上の座席が用意できた、と伝えてくれ」

 

青葉さんに言ってどうこうなる問題でしょうか。

いえ、日向さんが言うからどうにでもなるのでしょう。

 

「赤城さん、お待たせしました。それで大丈夫です。お願いします」

 

『聞こえていたわ。龍驤航空001便、香港行き、VIP一名搭乗ね。承ったわ。着陸地は旧九龍空港跡地でいいのかしら?』

 

「えぇ、それで問題ありません。ありがとうございます」

 

電話を切り、日向さんにこちらは大丈夫だと言うことを告げると、日向さんは黙って頷きました。日向さんの方も電話を終え、上司の方の方を見ました。

 

「内容は聞いていたな。日本から本物のアイドルが来ることになった。すぐに用意してほしい」

 

上司の方は腰掛けていた机の持ち主に何か指示を出すと、その島にいた全員が慌てて立ち上がり、あちこちに指示を出し始めました。

 

「海外からその日のうちにアイドルを呼べるとは恐れ入った。会場はこちらで用意するが……四時間と言ったな。時間が足りんぞ」

 

「なるべく現場をすぐに抑えたい。現地にうちの足柄がいる。自由に使ってくれて構わない。もちろん、私も協力する。野分は押収品……いや、廃品を見にいけ。どんなことでも構わない。気がついたことがあれば、全て報告しろ」

 

「うちの鑑識も連れて行ってくれ。非番だっていうのに出てきた連中だ。日本語が話せる劉ってやつが一人いる。それに話せば、大丈夫なはずだ」

 

「わかりました……じゃあ野分はこれで」

 

一礼し、あたりを見回しましたが、鑑識の人たちがいる場所ってどこでしょうか。

 

「一個下の階だ。扉の横に鑑識って札が貼ってある。漢字は読めるだろ?」

 

「……ありがとうございます」

 

どうも気が急いているような気がする。少し落ち着かないと。

 

 

ーーーー

 

無事、鑑識の方とお会いすることができ、野分は鑑識の車両で押収物……いえ、廃品が置かれている場所まで連れていってくれることになりました。

 

「しかし、艦娘さんと一緒に仕事をすることになるとはね」

 

劉さんというおじさんは流暢な日本語を話していました。

なんでも、昔、日本に二十年近くいたとかなんとか。前の仕事については教えてくれませんでしたが、野分達艦娘のことをよく知っていることから、そっちの関係にいたことは間違いなさそうです。

 

「元艦娘です。それで、どうして廃品なんかの保管を?」

 

「俺たちにとっちゃ押収品だ。たとえ上がいらないと言おうが、一度はうちで保管するし調べなきゃならん。後で捨てるなら暇な時にでも調べて、次、同じやつが犯行に及んだ時に上からの指示が来る前に逮捕できるようにしとこうと思ってな。隠し倉庫に運んであるんだよ」

 

劉さんはそう言うと、鞄の中からタブレットを取り出し、野分に差し出しました。

それを受けとり、画面を見ると、薬莢の写真がうつっていました。

 

「ここいらで出回る弾丸はリロード弾が多いが……こいつはそんな安いもんじゃない」

 

「それに……これは野分も見たことがあります。なっとー弾てやつですね」

 

「発音に違和感があるが……そうだ。そんじょそこらのマフィアが持っているような銃じゃ発射できない弾だな。強引に捜査を中止されたことからヤバイのが相手だとは思っていたが……野分ちゃんは、向こうが発砲するのを見ているんだよな。獲物は何だった?」

 

野分はタブレットを劉さんに返し、昨日の夜のことえお思い出しました。

暗いからよく見えなかったっし、必死で覚えていないけど、ぼんやりとその時の映像が頭に流れました。

 

「野分は銃には詳しくありませんが……SF映画に出てきそうなやつでした」

 

「捜査官なら銃に詳しいと思ったが……これか?」

 

「そんな丸っこくはなかったです。もっと角ばってまじた」

 

「じゃあこれか?」

 

「たぶんこれでですね」

 

「マジですかー」

 

劉さんのイントネーションが微妙に気になりましたけど、野分にはよくわかりませんでした。

 

 

ーーーー

 

河原に雑に積み上げられたタイヤの取れた車たち。その壁が作る迷路を抜けると、昨日襲ってきたバスがありました。

あの後も激しい銃撃戦に巻き込まれたのでしょうか。あらゆるところに弾痕があり、窓は全て割れています。

 

「全てを調べたわけじゃないが……弾の種類は三つ。さっきのNATO弾とトカレフ弾、そして上品な9ミリ弾が数発だ」

 

「9ミリ弾は野分のやつですね」

 

「だろうと思ったよ……中に入ってくれ」

 

劉さんはそう言われ、中に入ると銃撃戦の後であろう血痕と空薬莢があたりに転がっていました。しゃがみ込み、それを調べようと思ったときでした。うしろからカチリという金属音が聞こえました。撃鉄が起こされる音でしょう。

 

「野分ちゃん。女の子が一人で男達とこんなところ来たら危ないと思わなかったかい?」

 

「どういうつもりですか……」

 

野分を両手をあげ、ゆっくりと立ち上がりました。しかし、怖くて振りかえれません。

 

「そのまんまの意味だよ。野分ちゃんは人を信用しすぎる。それはいいことだ。だが、少しは疑問に感じるべきだったな」

 

「何をですか?」

 

野分が振り返ろうとすると、発砲音が聞こえました。

 

「動くな。そのままでいろ。どうせ野分ちゃんも消されるんだ。その前に楽しませて貰おうじゃないか……」

 

劉さんはそう言うと、後頭部に硬い何かを押し付け、もう片方の手で後ろから野分の着ていた上着の内側に手を入れました。

怖い。本当に怖い。そう思いましたが、劉さんの手は野分には触れていません。

 

「ほら、楽しませろ」

 

そう言うと野分の上着の中に入れた手を引き抜きました。野分のシグが握られています。

器用に片手でグリップからスライドに掴み直しました。意図が全く読めません。

 

「ほら、奥の広い席にいけ」

 

後頭部に突きつけられた硬いもの。銃口で小突かれ、野分は大人しく従いました。

その間も、野分の前にはシグがあります。その気になれば、グリップを掴んで発砲することが出来ます。劉さんの意図がわかりません。乾いた血が靴底にベタ付く感触と薬莢を蹴る感触が合わさって、とても不気味です。

 

「ほら、そこだよ」

 

背中をドンと押され、野分は広い席に倒れこみました。

直後、背中に重いものが乗っかりました。

 

「いいか。俺じゃなく、野分ちゃんを撃とうとしているやつだけを撃て。意味はわかるな?」

 

劉さんの声が耳元で聞こえると、右手にシグを握らされました。

 

「準備がいいなら、俺を反対の席まで蹴とばせ。怪我はさせないでくれよ。俺は普通の人間だ」

 

劉さんが野分から離れると、両手がフリーになりました。

スライドを引いて、一発目を送りこむ。野分は黙って頷くと、体制を変えた、軽く劉さんを蹴飛ばしました。軽く蹴ったはずですが、劉さんは派手に飛び、反対の座席まで飛んでいきました。

そのままバッと起き上がり銃を構えると、劉さんの部下の方が野分に銃口を向けていました。信じがたい光景に一瞬反応が遅れましたが、向こうがこちらに発砲し、ヒュンっと弾が野分のすぐ横を通り過ぎる音を聞いてすぐに我にかえりました。

一発、二発と引き金を引き、こちらに銃口を向けている人を倒します。ですが、数が多い。一人じゃ対処しきれない。そう思った時、蹴飛ばした劉さんがバッと立ち上がると、残りをすぐに撃ち抜きました。野分も必死になって撃ち返しました。しばらくの銃撃戦の後、残ったのは野分と劉さんだけでした。

 

「知識は無くとも銃の腕前は一人前か。流石は艦娘だ」

 

劉さんが大きくため息を吐きました。

とりあえず安全だと思ったのですが、野分の身体はその声に反応し、劉さんに銃口を向けていました。劉さんは驚いた様子でこちらを見ています。

 

「おい! 俺は敵じゃ……泣いているのか?」

 

言われて初めて気がつきました。野分は泣いています。それに足もガクガクと震えています。何度かこういう場面はあったはずなのに。

 

「もし、手が触れてしまったのなら謝る! 怖い思いさせたこともだ! けどああするしか無かったんだ!」

 

そうだ。怖かったんだ。この人が。とっても。

 

「そうならそうと、早く言ってください……」

 

空いている手で涙を拭います。けど銃口は劉さんに向けたまま。

劉さんは先程と同じように持っていた銃のスライドを握るとそれを野分に差し出しました。野分はそれを受け取ると、驚きを隠せませんでした。桜の中にWの刻印。これは野分も見たことがあります。

 

「それは日本にいた時に俺を庇って死んだ奴からパクってきたものだ。日本という国には恩義を感じたことはないが、そいつには返せない恩義がある。信じてくれないか?」

 

野分は自分のシグをホルスターに収め、受け取った拳銃のスライドを引いて装填されていた弾を抜き、マガジンを抜いて劉さんに返しました。抜いた弾をマガジンに入れ、それも返します。

 

「もう変な真似はしないでください……それで、いつから気がついていたんですか?」

 

「こいつらは今朝うちに来た連中だ。俺みたいなペーペーと違って……そうだな、日本でいう本庁からきた人間だ。他のやつらは俺を除いて異動になっていたよ。おそらく殺されたんだろう」

 

「どうして……」

 

劉さんは自分の足元を指差しました。

「これの場所を突き止めたっかったんだろうな。昨日、命令を無視して勝手に調べたからな。俺はそのまま……まぁ、あれだ。女のところに行ったから難を逃れたってとこだろう」

 

劉さんは恥ずかしそうに頭をかくと、野分が二番目に撃った男性を見ました。一人目は急だったので仕方なかったと思いますが、二人目は急所を外して撃ちました。ですが劉さんは頭を撃ち抜いていました。もちろん即死でしょう。

 

「しかし、全員だったとは思わなかったな。俺も野分ちゃんに会っていなかったら殺されていたかもな」

 

まだ息のある、生きている男性の傷口、野分が撃った肩の付け根を劉さんは足で思い切り踏みつけました。彼は叫び声をあげ、劉さんに何かを懇願するように言いました。劉さんは怒鳴ると、足に力を入れ、まるでタバコの吸殻を踏み消すように傷口を足でえぐりました。

 

「やめてください!」

 

「生かしておいても、こいつらも消されるさ。昨日、このバスを押収した時、中は無人だった」

 

「それでも今は生きています! 何か聞きだせるはずです!」

 

劉さんはため息をつくと、野分にこの男性を拘束するように指示をしました。野分は黙ってそれに従い、男性の腕を後ろに回し持っていた手錠をかけました。

劉さんは拳銃を手に持つと、初弾を装填し、男性の額に押し付け何かを話し始めました。最初は叫ぶように抗議していた男性も次第に落ち着き、劉さんと冷静な会話を始めました。

しばらく話しこむと、劉さんは野分の方を見ました。

 

「一応、聞きたいことは聞けたが、肝心な部分はこれの安全が確保できるなら話すそうだ。何かツテはあるか?」

 

「そんなものありませんよ……どうにか協力してもらえませんか?」

 

「どうやらいいとこの坊ちゃんらしくてな。金ならいくらでも出すから助けて欲しいそうだ」

 

「お金……ですか……それなら心当たりがあります。自力で今夜まで生き延びることが出来たなら、紹介しても構いません」

 

野分がそう言うと、劉さんは再び男性と話し込みました。

本来であれば彼も逮捕しなくてはいけないのに、情報と引き換えに自由と身の保障を提供しなくてはいけない。思わずため息が漏れてしまいます。

 

「日向さんに知られたら怒られるだろうな……」


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