海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI #61 風と龍(2)

 

体が小さいという理由で龍驤さんと同じベッドで寝ることになりました。

昨晩は楽しませていただきました。

龍驤さんは基本的に元気な方です。

夜遅くまで足柄さんと飲んで、うたた寝をしていた野分にこっちでの面白い話を聞かせていただき、結局寝れたのは朝方でした。

日向さんは先に寝ていましたが、あのうるさい環境でよく寝れるなと感心してしまいます。

 

「おはようさん」

 

龍驤さんに起こされて、目を擦っていると既に身支度を整えている日向さんと足柄さんが見えました。龍驤さんはまだ寝間着のままでしたが。

 

「はよう支度してや。うち、出なあかん会議があるんや」

 

「わかりました……しかし、朝から元気ですね……」

 

「のわっちが朝弱いだけよ」

 

「せやで。うちみたいな敏腕美人経営者になったらどんなに夜遅くても朝からシャキッとせなあかんのよ」

 

龍驤さんはそう言うと、胸をはりました。

人のこと言えないので何も言いませんけど。

 

「美人?」

 

しかし、日向さんは違いました。

片眉を吊り上げ、鼻で笑っています。

 

「なんや、文句あるんか?」

 

「いや。自分に自信を持つことはいいことだ」

 

「せやろ。もっと褒めてもいいんやで……」

 

「自ら敏腕と言うぐらいだ。ここからの安全な移動手段は既に手配しているんだろうな?」

 

「当たり前や。あと一時間もすれば迎えがくるで……ほら、野分。ボヤッとせんと。その鶏みたいになってる頭直してきーや」

 

ーーーーー

 

身支度を終え、持つものを持ち、ホテルのロビーまで降りました。

龍驤さんは煙草が吸いたいと、足柄さんは珈琲を飲みたいと言うことで、玄関の外で一服中の龍驤さんを野分が護衛することになりました。

珈琲ぐらい足柄さん一人でも買えるでしょう。そうお思いかもしれませんが、昨晩、買い物に出かけた足柄さんがなかなか帰ってこなかったのは、会話が通じなかったから。だそうです。海外のミネラルウォーターのボトルは基本的にオシャレで色付きの物が多いです。最初は「Water」の文字だけで見て放り込み、会計の時に値段で実は違うんじゃないかと不安になり、「Change」と言ったら露骨に嫌な顔をされて「No!」と言われたそうです。

龍驤さん曰く、お札を出してそう言ったから、両替と勘違いされたんだろう。とのことでした。別に両替ぐらいしてくれてもいいじゃないか。と野分も思いましたが、こちらでは偽札が多く、両替を断られることが多いそうです。

 

「ニセモノ、イリマセンカ〜? なんて街中で声かけとるぐらいやからな。偽物多いで、ホンマ」

 

「龍驤さんは見分けがつくんですか?」

 

「そらもちろん……せやなぁ……」

 

龍驤さんはホテルに入っていく観光客を品定めする様に見ると、煙草で一人の可愛らしい帽子をかぶった女性を指しました。

 

「あの女は偽物や」

 

「男ってことですか? というか、やめてください。トラブルを起こす様なことはしないでください」

 

「はいはい……流石に男やったら君にもわかるやろ?」

 

「近くで見れば……それで?」

 

「あの女は顔が偽物や」

 

「整形ってことですか……」

 

野分はそう言うと、受付でチェックインをしている先程の女性を見ました。帽子をとった女性は遠目でも確かに整った顔をしているのがわかります。けれど、整形かどうかまではわかりません。それに龍驤さんが見つけて偽物だと言うまでの間に顔がはっきりと見えたとも思えません。

 

「なんでわかるんですか?」

 

「観光にあんな粧し込んでくるんわ日本人と韓国人ぐらいや。んで、その二つの違いは靴や。日本人の女の子は頭からつま先まで気合が入っとる。対して韓国人は歩きやすい靴で来とることが多いからな。だから……」

 

「すっごい偏見じゃないですか」

 

「統計に基づいた考察と言ってーな」

 

龍驤さんはケラケラと笑い出しました。

その時でした。背筋に嫌なものが走りました。偶然、ロビーから出てきた日向さんも足柄さんも険しい顔をしてあたりを見回しています。その手は上着の内側に入れられています。野分もスッと上着の内側に手を入れ、ホルスターに収まられているシグに手をかけました。

 

「来たようやな……そんな警戒せんでもええで?」

 

龍驤さんは携帯灰皿に煙草を入れるとホテルの車止めに入ってくる車を注意深く見ました。野分もそれにならい、入ってくる車を観察します。高級車、高級車、タクシー、高級車……

 

「あれや!」

 

龍驤さんはそう言うと、少し古い型のワンボックスカーを指指しました。間違いありません。嫌な感じはその車から滲み出ています。

日向さんと足柄さんがこちらに駆け寄ると、足柄さんは龍驤さんの前に立ち、日向さんは先頭でジッとそのワンボックスカーを見ていました。野分もお二人もまだ手を上着の中に入れています。

そのワンボックスカーは野分達の目の前で止まると、右側の運転席のドアが開き、中にやけに肌の白い女性がいまいた。

 

「すいません。おそくなりました」

 

その女性はなんとも言えない訛りのある日本語で挨拶をすると、ペコっと頭をさげました。対面したことで不気味な恐怖を感じ警戒を強めた野分達に対して、龍驤さんは足柄さんの横からひょこっと顔を出すと気さくに挨拶をしました。

 

「遅いで、えりちゃん。上司を待たせてどないすんねん?」

 

「やくそくのじかんよりははやいです。そちらがまもるひとたちですか?」

 

「せや。これでえりちゃんがトイレに行っている間も安心やな。ほな行こか。時間も早いし、向こうで朝食でもとろうや」

 

「そうですね……どうぞ」

 

えりちゃん、と呼ばれた女性は後部座席のスライドドアを開け、中に入るように促しました。足柄さんは龍驤さんの腕を取り、先に中に入りました。

 

「野分も後ろに座れ。助手席には私が座る」

 

「なんや、自分だけ広いとこかいな」

 

「心配するな。そんなに狭くはならんよ」

 

日向さんはそう言うと、助手席に乗り込みました。

最後に野分が乗り、扉を閉めると、えりちゃんさんはガッとアクセルを踏み込みました。

 

「えりちゃん! もっと丁寧に運転してーな!!」

 

「すいません……いつものぽんこつのくせでつい……」

 

「あんた達、普段何乗ってんのよ……」

 

龍驤さんの頭が顎にクリーンヒットした足柄さんが涙目で訴えました。

 

 

ーーーー

 

「それで、むかうのはきのういわれていたほてるでいいんですよね?」

 

「せや。なんでも中国のお偉いさんが来とるらしい。ホテルの会議室で談合するそうや」

 

「だんごう? きょうはくではないのですか?」

 

「そうとも言うな」

 

龍驤さんはケラケラと笑うと、思い出したように手を叩きました。

 

「そういえば紹介がまだやったな。うちの秘書兼営業部長兼護衛の、緒方恵理子ちゃんや」

 

「おがたです。よろしくおねがいします」

 

そう言うと、緒方さんは運転しながらペコっと頭を下げました。

 

「日向だ。よろしく頼む」

 

「ぞんじております」

 

「……何?」

 

日向さんが睨むように緒方さんを見ると、龍驤さんがグイッと身を乗り出して日向さんを見ました。

 

「なんや、気がつかんかったかいな。えりちゃんは深海棲艦やで」

 

「「なん(だと)(ですって)!?」」

 

「はい。をきゅうとよばれていました」

「緒方……恵理子……ヲ級、エリート?」

 

野分がそう言うと、龍驤さんは指を鳴らしました。

 

「正解や!」

 

「もうなんでもいいわ……」

 

足柄さんはそう言うと、窓枠に肘をついて外を眺め始めました。

 

「私も疲れた。寝る」

 

日向さんはそう言うと腕を組んで少し俯きました。

 

ーーーー

 

「つきました」

 

「ご苦労さん!」

 

野分がドアを開けて外に出ると、ヨーロッパ風の立派な建物がそびえ立っていました。

 

「〜〜〜?」

 

緒方さんが流暢な英語でドアボーイに話し車の鍵を渡しました。

 

「英語の方が得意なのね」

 

足柄さんが感心した様子で言うと、緒方さんは頰をかきました。

 

「たたかっていたときも、にほんにはいったことがありません。わたしのつたないにほんごもりゅうじょうさんにおそわりました」

 

「最初は片言だったもんな。ほら、ボヤッとせんと行くで」

 

龍驤さんの後に続き、ホテルの中のエレベーターに乗ると、緒方さんが最上階のボタンを押しました。

 

「私、こんな高級ホテル来るの初めてだわ」

 

「なんや。君らそこそこ貰っとるんちゃうんか?」

 

「そもそも、鳳翔のところで十分だろう?」

 

日向さんがそう言うと、龍驤さんは懐かしそうに目を細めました。

 

「鳳翔の料理か……艦娘だった時以来やな……また食べたいわ」

 

「日本に来ればいいじゃない。旅費なんてあなたにとっては対したことないでしょ?」

 

「忙しくて時間がないんや……それで、鳳翔はうまくやってるんか?」

 

「小さな居酒屋さんを営んでいますよ。みんなでよくいきます」

 

「さよか……まぁ、鳳翔の料理ほどはうまくないやろけど、ここもそこそこいけるで!」

 

ホテルの高価そうなレストランのウェイターさんが不思議そうに野分たちのことを見ていました。言葉が通じなくてよかったと思ったのはこの時が初めてです。

龍驤さんが英語で応対をし、席に通して貰うと、漢字と英語の入り混じったメニューを渡されました。

 

「……駄目だわ。さっぱりわからない」

 

足柄さんはそう言うと日向さんの方を見ました。

 

「……馬鹿にしないでくれないか……炒飯や餃子ぐらい読めるぞ」

 

「炒飯も餃子もたくさん種類あるで?」

 

「……龍驤。詳しそうじゃないか。任せる。そうすれば間違いないだろう」

 

「そうね。私もそうするわ」

 

日向さんと足柄さんは早々に解読……いえ、注文を諦めました。

 

「なんや……自分ら……まぁええわ。えりちゃんは決まったんかいな?」

 

「はい。かいせんちゃーはんとこのしょーろんぽうにします」

 

「あともう一品ぐらい頼もか……野分は何か食べたいの見つけたかいな?」

 

「野分はこれが食べたいです」

 

そう言ってメニューの写真を指差すと、龍驤さんは手を上げてウェイターさんを呼びました。英語で注文を済ませると、足柄さんは待ってましたと言わんばかりにウェイターさんを見ました。

 

「せいむわん!」

 

人差し指を立てて、もう一つ同じのというジェスチャーをすると、ウェイターさんは驚いたような顔をしました。日向さんのため息が聞こえたかと思うと、龍驤さんはウェイターさんに何かを話し、緒方さんは面白そうに足柄さんを見ていました。ウェイターさんが去った後、緒方さんが笑いながら足柄さんに言いました。

 

「あしがらさんはよくたべるんですね」

 

「私よりのわっちの方が食べるわよ?」

 

足柄さん。それは酷い言いがかりです。

 

「こっちは一品一品が大皿で来るんだ。私は朝からそんなに食べられんぞ」

 

「五人で三品よ? 絶対足りないでしょ?」

 

「大丈夫や。餃子も頼んどいたで」

 

龍驤さんはそう言うと緒方さんに手を差し出しました。

緒方さんは持っていた鞄からメガネケースとファイルを取り出し、龍驤さんに手渡しました。龍驤さんは眼鏡をかけると、ファイルを開き真面目に読み始めました。

 

「あんた、目悪かったの?」

 

「伊達や。こっちの方が知的に見えるやろ」

 

龍驤さんは書類から目を離さず、真面目にふざけました。

 

「のわっち。ふざけてないで? 印象操作もビジネスの一環や」

 

「野分は何も言ってないです」

 

「さよか」

 

龍驤さんは料理が運ばれてきても書類から目を話しませんでした。

となりに座る緒方さんが龍驤さんの取り皿に料理を取っています。

 

「これ何人前よ……」

 

足柄さんが運ばれてきた料理を見ながらボヤきました。

 

「だいたい四、五人前だ……野分。そっちの炒飯をこっちに回してくれ」

 

「わかりました」

 

「りゅうじょうさん。きょうはくのあいだ、かのじょたちはどうするんですか?」

 

「同席させるで。英語わからんやろし、聞かれて困るようなこと話さんしな」

 

「せんぽうはりょうしょうするでしょうか?」

 

「向こうもガタイのいい兄ちゃん達連れてくるんや。人数で言えば、まだこっちの方が少ないで」

 

「せんりょくはこちらのほうがあっとうてきにうえです」

 

「見た目もうちらの方が上やな」

 

ーーーー

 

食事を終え、ホテル内の会議室に向かうと、スーツを着た屈強な男性の方がたくさんいました。

 

「しばらく立ちっぱなしになるけど堪忍な」

 

龍驤さんはそう言うと、空席に座り、その横に緒方さんが座られました。

野分達は龍驤さんの後ろに立ち談合が始まるのを待ちました。

しばらくすると、若い男性が護衛を連れて入ってきました。龍驤さんは首を傾げると、男性は爽やかな笑顔を龍驤さんに向けました。

 

「以前担当していた者に別の仕事が入りまして、本日から私がお相手させて頂きます」

 

「なんや。日本語出来るんかいな。前のおっちゃんとはえらい違いやな」

 

「えぇ。彼と私の考え方は違いますから……私は龍驤さんに協力したいと考えております」

 

「……狙いはわかっとるで。うちの流通経路が欲しんやろ?」

 

龍驤さんが挑発するように言うと、緒方さんが続きました。

 

「いただいたしりょうですが、こんなあたりまえのことをかかれたかみをわたされても、こまります」

 

「英語の方がよろしいですか?」

 

男性がそう言うと、凄まじい殺気を緒方さんから感じました。思わず身構えてしまうほどです。

 

「えりちゃん。落ち着き……彼女の言う通りや。呼び出すんなら理由を明確にしてもらわな困るで」

 

「失礼しました……さっきも言った通り、前任と私の考えは違います。私はここでビジネスをしようなんて考えていない……」

 

「読めた」

 

それまで黙って聞いていた日向さんがボソッと呟きました。その場にいた全員が日向さんのことを見ました。

 

「すまない。続けてくれ」

 

「いや、何が読めたんや? 話してみい」

 

龍驤さんがそう言うと、日向さんは肩を竦めました。

 

「流通経路が欲しいのは間違ってはいないだろう。だが、半分は外れだ。彼はこの国から物を持ち出すことを考えているんだろう」

 

「……どうなんや?」

 

「彼女の言う通りです。素晴らしい人材ですね」

 

男性は感心したように日向さんを見ました。日向さんは何も言わず腕を組んで壁にもたれかかりました。護衛としてはあるまじき態度ですが、誰も何も言いません。

 

「だったらお断りや。うちもカツカツや。他所さんに流すほどの余裕はないで」

 

「だから、協力を……」

 

「そんなもんいらん」

 

「けっこうです」

 

龍驤さんと緒方さんが同時に断りました。

しかし、野分には理由がわかりませんでした。

利益が上がるのであれば、彼のお話はとても魅力的に感じます。仕入れるルートを確保して貰える上に商品を捌くルートも貰える。一定の利益……いえ、中間マージンと言った方が正しいでしょう。安定した収益を得られるのであれば、お店としても嬉しい話ではないのでしょうか。受ける受けないは別として、話だけでも聞いてみる価値はあると思います。

 

「何故ですか? 理由を教えて頂けませんか?」

 

「そんなん、うちらよりもあんさんらの方がよぉ〜知っとるやろ」

 

「仰っている意味がわかりませんが?」

 

「ほんとにわからんと言うなら、兄ちゃん、勉強不足やな。もっと勉強してきいや……脅迫の仕方もな……帰るで」

 

龍驤さんが席を立つと、緒方さんも席を立ちました。

 

「待ってください。話だけでも……」

 

「くどい。今日はこれで終いや。うちも何も知らん兄ちゃんに付き合うほど暇やない……えりちゃんが満足する提案書が書けたらまた会うたるわ。ほな」

 

イライラを隠そうとしない龍驤さんの後に続き、野分達も会議室を後にしました。


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