海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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今度のイベントで出す予定のものの冒頭です


海軍特別犯罪捜査局 ーMー (サンプルのさんぷる)

海軍特別犯罪捜査局・地下特別射撃場

「撃ち方用意!」

足柄の声がコンクリート打ちの室内にこだまする。野分はその声を受けて、包み込む様に握ったグリップを前に突き出す。顔も前に突き出し、四十メートル離れた的に向けて標準をあわせる。ぼんやりと見える照星の上に中心の黒い点がはっきりと見える。足柄は野分が狙いを付けたのを見計らうと「撃て!」と叫んだ。それと同時に野分は第一射を行い、立て続けに発砲する。弾倉に込められた弾を全て撃ちきり、スライドが後退した位置で止まる。

「リロード!」

野分は素早く弾倉を交換すると、再び射撃を開始した。シグのマガジンの装填数は十七発。野分は計三十四発を撃ちきり、周囲の安全を確認すると弾倉を抜き、後退したスライドを元の位置まで戻してホルスターに収めた。足柄は手元の機械を操作し、ターゲットペーパーを野分の目の前まで移動させた。ターゲットペーパーを確認した野分はがっくりと肩を落とした。それまで野分の後ろで腕を組み、黙って見ていた日向が溜め息をもらす。

「最初の一発以外、全部外れね」

足柄は困った口調で結果を口にした。ターゲットペーパーには一発だけ綺麗にど真ん中を撃ち抜かれた跡があるが、他は全て的の外に着弾していた。野分はシグを打つ前に、日向から渡されたHK45も撃っているが、ことらも一発はど真ん中を撃ち抜いてみせたが、それ以外はターゲットペーパーにすら当たらなかった。

「足柄。試しにお前がやってみろ」

日向は真新しいターゲットペーパーを吊るすと、機械を操作して奥に移動させた。足柄は野分からシグを受け取ると、奥に向かっていくペーパーに何度か空撃ちをする。

「撃ち方用意!」

今度は野分が号令をかけた。足柄は右足を引くと、右腕を前に伸ばした。野分とは全く違う構え方だ。

「撃て!」

野分は足柄が構えてすぐに号令を発した。だが足柄は顔色ひとつ変えず、すぐに引き金を引いた。野分よりも早いペースで響く炸裂音。弾倉はすぐに空になったが、足柄はホールドオープンと同時に弾倉を引き抜き、素早く新しい弾倉を込めると、すぐに発砲した。二本目の弾倉を撃ちきると、野分と同様に周囲の安全を確認し。弾倉を引き抜いてスライドを戻し、ホルスターに収めた。直後に日向が足柄の後頭部に拳骨を振り下ろす。けたたましい炸裂音ではなく、ゴンッと鈍い音が室内にこだました。

「いたぁーい! 何すんのよ!」

「弾倉交換の時は交換することを周囲に伝えろと何度も言っているだろうが! どんなに早く弾倉交換が出来たとしても、その一瞬は無防備になることを忘れるな!」

日向の厳しい指摘に足柄は殴られた後頭部をさすりながら渋々納得したような様子だ。日向は機械を操作し、ターゲットペーパーを引き寄せる。野分がそれを確認すると、またがっくりと肩を落とした。全ての弾が中心から三センチ以内に収まっている。だがいい結果を残したというのに足柄は不満そうにその紙を見ていた。

「しっかり狙ったつもりだけど……ど真ん中は撃ち抜けなかったわね」

「まだまだ精進が足りんな」

日向の言葉に足柄はムッとした。新しいターゲットペーパーを吊り下げると、机の上に置かれたHK45を指差した。日向にやってみろ、ということだろう。日向は頭を掻くと、渋々HK45を手に取った。その間に足柄は機械を操作してターゲットペーパーを奥にやった。ターゲットペーパーが所定の位置で止まると、炸裂音が響いた。これにはさすがの足柄も野分も驚いたように日向を見た。日向が左手一本で保持しているHK45の銃口からは硝煙があがっていた。日向は足柄の方を見た。その目はまだ続けるのか、と言いたげな目だった。当然足柄は納得していない。日向は溜め息をつくと、そのまま左手一本で速射した。それは足柄よりも早い。弾倉を一本撃ち切ったところで日向は銃口を下げた。足柄は手元の機械を野分に預けると、日向に歩み寄り頭を叩いた。

「撃つなら撃つって言ってから弾きなさいよ! びっくりしたじゃない!」

足柄の言うことはもっともだが、日向は納得していないようだった。野分は機械を操作してターゲットペーパーを引き寄せる。後ろで騒ぐ日向と足柄とは対照的に、野分は開いた口が塞がらなかった。日向の撃ったターゲットペーパーは中心の黒い点だけが綺麗に切り抜かれていた。

 

広島

艦娘・大和は深海棲艦との戦いの後、初めてこの広島の地を訪れていた。彼女がここに来なかったのには大きな理由が二つある。一つは秘書として、妻として愛する男性を支えなくてはいけなかった。だから時間が無かった。もう一つは彼女が艦娘・大和としてこの世に生を受けてからずっと自分の存在理由について悩んでいた。この広島は彼女のルーツでもある戦艦・大和が建造された地だ。あまり深くは考えたくない。そういう感情が彼女をこの地に来させることを拒んでいた。今回も、彼女の元に差出人不明の招待状が無ければ来ていなかっただろう。呉の海軍墓地にある戦艦・大和の慰霊碑に向かう艦娘・大和の歩みは遅かった。自分は何だったのだろうか。そう考えていたからだ。

艦娘・大和は深海棲艦との戦いにおいて、その自慢の砲力を活かし多くの深海棲艦を葬ってきた。今度こそは勝てる。そう信じてやまなかった。だが現実は違った。それが再び彼女の頭を悩ませた。戦艦・大和が沈んだ天一号作戦。一億特攻の魁として、無謀な沖縄突入を試みたこの作戦は今を生きる日本人は意味が無かった。そう考える人も少なくないだろう。だが艦娘・大和はそう考えていなかった。姉妹艦であった戦艦・武蔵、空母・信濃に先立たれ、一人になってしまった彼女が一人生き残りたいと考えただろうか。無謀だと思えても、戦いの中で死ねるなら軍艦として本望だと。だが、それと同時に多くの搭乗員も道連れにしてしまった。軍艦として、日本最強の戦艦としての意地と、守らなければいけなかった者を守れなかった不甲斐なさ。これが彼女にとって大きな枷となっていた。

ようやく、招待状にあった指定の場所、戦艦大和の慰霊碑の前まで来た彼女は目の前の悲惨な光景に言葉を失い、その場にへたり込んでしまった。

 


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