海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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NSCI#5 嫉妬(2)

 

陸奥さんが買い物から戻り、軽食を済ませ、ゆっくり飲み物を飲みながら天龍さんの話を聞きました。天龍さんが言うには、あの日は別の先生が体調を崩し、その方が担当だった今度の催し物の準備を天龍さんに任され、八時前まで園内で作業をしていたということでした。その日は園長先生と天龍さんと龍田さんの三人しかおらず、龍田さんは月に一度のスーパーのセールがあるからと先に帰らせ、次に園長先生、最後が天龍さんの順番で帰られたそうです。陸奥さんの話とあわせると、園長先生が金庫のチェックをしてから帰られたそうなので、実質、お金を盗めるのは天龍さんしかいないことがわかります。

 

「一つ聞いてもいいですか?」

 

先程園内に入り、監視カメラの位置をチェックしていた野分は天龍さんが外部犯の犯行だと言うことに疑問を覚えました。

 

「先程、園内のカメラの位置をチェックしたのですが、園児が登校で使う正門と業者が出入りする裏門はもちろん、フェンス沿いにもいくつかのカメラがセットしてありましたが、それに侵入者が写らない死角なんて存在するのですか?」

 

「あるぜ。正門と裏門は本物のカメラだけど、いくつかはダミーだからな」

 

「ちょっと…私が聞いた話と違うわよ」

 

そこに陸奥さんが割って入る。

 

「私は数台のカメラの電源を落とされた。内部犯しか出来ない犯行だって現場捜査官から聞いたわよ」

 

「なんだ、そりゃ。随分ずさんな捜査をしてるんだな」

 

「苦情は後で聞くわ。詳しく話して頂戴」

 

「まぁ、オレも修理の業者がから聞いたんだよ。老朽化していた部分に園児がボールを当てて壊してな。その時にいくつかのカメラは点滅してるだけで録画する機能はないって聞いたぜ」

 

「…そういうことね」

 

「どういうことです?」

 

「幼稚園に設置されているカメラがいくつかダミーだったって親御さんに知られてみなさい」

 

「まぁ、信用問題とかなんとかで園としての信用は失うわな」

 

「天龍さん。そこまでわかっててなんで取り調べで言わなかったんですか?」

 

「あぁ…それはな…」

 

天龍さんが目線をそらしました。

 

「もし、オレが帰った時に、またあのちびっ子達に会えなくなるのは嫌だなと思ってよ…」

 

「だからと言って、もし子供達に何かあった時はどうするのよ…」

 

「そうならない為にオレ達が頑張るんじゃないか。金が無かったから設備が用意できなかったって言うのは上の言い訳だろ?オレ達は与えられた環境の中で最善を尽くして、上を説得するしかないんだよ…」

 

「だけど…」

 

「だけどもクソもない。それに今回の事件をお前らがきちんと解決してくれれば改善される可能性だってあるじゃないか。過去を語るんじゃなくて、検めようぜ。語るのはこれから先のことでいいだろ」

 

野分も陸奥さんも面を食らって、思わず顔を見合わせてしまいました。これが艦娘時代に遠征ばかりで出撃がないことにブータレて、司令を困らせていた天龍さんとは思えないほど大人びていたからです。

 

「……なんだよ。そんな間抜けな面して」

 

「「なんでもないわ(です)」」

 

「それはさておき、天龍さんの協力は絶対に必要です。重ね重ねになりますがよろしくお願いします」

 

「わかってるよ。できる限り協力するよ」

 

「そう…ならまずは、その袋の中に入っている服に着替えて貰おうかしら」

 

陸奥さんはそう言い、天龍さんが寝ている時に枕にしていた紙袋を指差しました。

 

「おぅ。わかったぜ……お前らがこっち見てる中着替えるのは嫌なんだが」

 

「一人で着替えられるの?」

 

「お前はこの狭い車内で何をする気なんだ…」

 

陸奥さんがクスクスと笑いながら車を降りました。

 

「冗談よ。着替え終わったら言って頂戴。そろそろ捜査を始めるわよ」

 

野分も周囲からの覗きから天龍さんを守る為、車外に降りました。

 

「どんな風になるか…楽しみね」

 

陸奥さんがそう小さく呟いたのが聞こえました。

 

 

着替え終わったら天龍さんが車から降りてきたのは十分ぐらい後のことでした。

 

「おい!なんなんだよ!この格好はよぉ!」

 

顔を真っ赤にしながら陸奥さんに詰め寄る天龍さん。その格好はよく見かける婦警さん。すごく短いスカート以外は…

 

「よく似合ってるじゃない。これであなたも立派な警察官ね!」

 

対照的に長ズボンに捜査員ジャンバーを羽織った陸奥さんが眉間に手を当て、申し訳なさそうに続けました。

 

「他の制服が無かったのよ。ジャンバーを持ち出すわけにはいかなかったし…」

 

絶対嘘です。陸奥さん、悪い顔してますから。

 

「くっそぅ…おぼえてろよ…」

 

天龍さんは短すぎるスカートの裾を抑えながら恨めしそうに陸奥さんを睨みつけました。しかし、このお二方、こうやって並んでみるとすごくスタイルがいいですね。背があって出るところは出て、引っ込むところは引っ込んでて…思わず野分も自分の体を見ましたが、いずれはあぁいう風になれるのでしょうか。

 

「心配することないわ。今のあなたも十分チャーミングよ」

 

陸奥さんがウィンクをしながら話しかけてきました。天龍さんに用意した衣装といい、野分に対するこの気の配り方といい、陸奥さんの方がよっぽどそっちの人に思えます。それが顔に出ていたのか、陸奥さんが妖しい笑顔を浮かべると

 

「そうじゃないわ。可愛い子をいじめたくなる性分なだけよ」

 

思わず天龍さんの後ろに隠れると、天龍さんが頭に手を置いてきました

 

「大丈夫、なんかされそうになったら守ってやるから」

 

天龍さんが園児から愛される理由がなんとなくわかりました。

 

 

誰もいない園内に入り、まずは先程言っていたグラウンドの脇にあるダミーのカメラを確認しました。

 

「こいつだぜ」

 

「ぱっと見は他のカメラと区別つきませんね」

 

「そうね。でも不思議ね」

 

陸奥さんが不思議そうにカメラを眺めていました。

 

「何が不思議なんだ?」

 

「もし、このカメラが動いていたとしたら、死角ができるのよ」

 

野分は機会に疎いのでどういうことかわかりません。天龍さんも同じ様でした。

 

「もし、全面を監視しようと思ったらもう一つカメラが必要なのよ」

 

「よくわかんねぇけど、そういうものなのか」

 

「まぁダミーだからそこまで業者も頭を回さなかったのかもね」

 

陸奥さんはそう言い、職員室に歩き出して行きました。

 

「なぁ…野分」

 

天龍さんが小声で野分に尋ねてきました。

 

「陸奥はいつもあんな感じなのか?」

 

「陸奥さんと捜査するのは初めてですけど、野分の上司の日向さんもあんな感じです」

 

「そうか…何考えてるかわかんねぇな」

 

「それを考えるのが下っ端の仕事だって足柄さんが言ってました」

 

「…大変そうだな、お前ら」

 

天龍さんはそう言うと、陸奥さんの後を追いました。野分は、先程の陸奥さんの言葉がひっかかり、しばらカメラを眺めていましたが、天龍さんに呼ばれ急いで職員室に向かいました。

 

 

職員室はいたってシンプルな部屋でした。真ん中にデスクが並び、奥の園長先生のデスクの脇に問題の金庫がありました。

 

「ねぇ、天龍」

 

陸奥さんが金庫を見つめながら天龍さんに聞きました。

 

「あなた、道具を使わなくてこれぐらいの鉄の箱なら開けられるでしょ」

 

陸奥さんの問いかけに天龍さんは呆れながら答えました。

 

「いくら元艦娘とはいえ、何も使わずにこじ開けられるほどの力はないぜ…オレはもと軽巡だぜ?戦艦と比べないでくれ」

 

「そう…じゃあこんなのがあったらどうかしら」

 

そう言うと、陸奥さんは懐から大型のナイフを取り出しました。

 

「…それはやってみないとわからねぇな。でも多分いけると思うぜ」

 

「やっぱりね。これはあなたがやったんじゃないわ」

 

陸奥さんは金庫から目線を逸らすと、その前の床をじっと見つめていました。

 

「なんでそう言い切れるんですか?」

 

「ここを見なさい」

 

陸奥さんが見つめていた床を見ると、そこには微かではありますが何か重たいものを引きずった様な跡がありました。

 

「仮説にしか過ぎないけど、犯人はここに何かしらの機械を置いて金庫を開けたのよ」

 

そう言うと、陸奥さんは天龍さんの方を見ました。

 

「もし、天龍がやったとしたら、こんな手の込んだ事はしないでしょう」

 

「…自分でいうのもあれだが、わかんねぇぜ。オレだってバレたくないから用意したかもしれないじゃないか」

 

「金庫をこじ開ける機械よ。そんなものを持ち込むリスクまで犯してあなたは金庫をこじ開けるかしら?」

 

「しないな。だったらスパッと切る」

 

「そういうことよ」

野分と陸奥さんはあたりを徘徊し、気になった部分は写真を撮ったり、メモを取ったりし、天龍さんから説明を受けたりし、その日の操作は二時間弱で終わりました。

 

「こんなところね。そろそろ引き上げるわよ」

 

陸奥さんがそう言うと足早に外に出て言ってしまいました。

 

「またあそこに戻るのか…」

 

天龍さんがそうこぼすと、顔が曇りました。

 

「大丈夫ですよ。今日、天龍さんの無罪はわかりました。後は陸奥さんと野分がそれを証明してみせます」

 

「本当に…頼むぜ…」

 

天龍さんと会話をしながらゆっくり正門に向かうと、陸奥さんが待っていました。

 

「遅いわよ。私はこれから捜査が終わったことを園長先生に伝えて施錠してもらうわ。野分は足柄に連絡して、天龍の身柄をそちらで預かる手続きをしてもらって」

 

「どういうことですか?」

 

「そういうことよ。天龍もそちらにいた方が動きやすいでしょ」

 

「意味わかんねぇぜ…本当に」

 

「天龍さん…あの、振り回している感じで申し訳ないですけどお願いします。野分には何もできません…」

 

「わかったよ…よろしくな」

 

天龍さんは深い溜息をつくと、陸奥さんの方を向き返って頭をさげました。

 

「いろいろ言ってすまなかった。これからもよろしく頼む」

 

「えぇ、もちろんよ。それとその制服はあげるわ。正規の制服じゃなくて雑貨屋で売っているものだし」

 

「て…てめぇ!」

 

天龍さんがいつもの調子に戻ってなによりです。

 

 

海軍特別犯罪捜査局のオフィスに帰る車内で足柄さんに電話をかけ、天龍さんのことを伝えましたが、バツの悪そうな声で返答が帰ってきました。

 

「ごめんね…いま外なのよ。今日は戻れそうにないから、私のデスクの赤いファイルに容疑者の身柄拘束の手順と書類が入ってるから、それを見てやってもらえるかしら?」

 

足柄さん…仕事を投げ出して飲みに行きましたね…

 

「わかりました。赤いバインダーですね」

 

「そうよ。わからないことがあったら連絡して。もし私が電話に出なかったら明日でいいわ」

 

「後日でも大丈夫なんですか?」

 

「本当はダメだけど、天龍は何もしてないんでしょ?だったら問題ないわ」

 

「わかりました」

 

電話を切ると、陸奥さんが心配そうにこちらを見てきました。

 

「なにかあったの?」

 

「足柄さんが外出中でオフィスに野分しか戻らないそうです」

 

「おいおい、大丈夫なのかよ?」

 

後部座席の天龍さんが心配そうに尋ねてきました。

 

「大丈夫です……多分」

 

多分の部分を小さく言い、大丈夫、きっと出来ると自分に言い聞かせます。

 

「信頼してるわよ、日向が信頼したあなたのこと」

 

陸奥さんが小さく呟くのを聞くのを最後に、野分も疲れていたのか気がついたら眠りにおちていました。

 

 

オフィスに着いたのは八時過ぎでした。玄関からビルを見上げると野分たちのデスクがある階に灯りは灯っていないので、誰もいないことがわかりました。

陸奥さんが別れ際に

 

「私も明日の朝から捜査に取り掛かるわ。おそらく昼過ぎになると思うけど、明日も迎えに来るわ。それまでに今回の件、整理しておいてね」

 

と言い、乱暴に車を発進させました。

 

野分は天龍さんを仮眠室へと案内し、先程足柄さんに言われたバインダーの中からマニュアルと書類を取り出し、天龍さんに記入してもらう以外の項目を書き始めました。

 

「野分、何か飲むか?」

 

唐突に後ろから天龍さんにに声をかけられました。

 

「て、天龍さん。あんまり好き勝手動き回られると…」

 

「どうせ誰もいないんだろ?オレもなんか飲みたいから入れてきてやるよ。コーヒーでいいだろ?」

 

天龍さんは我が家感覚で徘徊し給湯室を見つけると中に消えていきました。「過去は検めるもの」先程天龍さんが言っていた言葉を思い出し、過ぎたことは仕方ないと割り切って書類の続きに取りかかりました。

天龍さんがコーヒーを入れて来る間に、野分が記入する項目は終わり、天龍さんが戻ってきたところで記入してもらう箇所の説明をし、署名を頂き書類の作成は終わりました。

 

「しっかし…」

 

天龍さんがあたりを見回しながら感嘆とした表情で話しはじめました。

 

「公務員ってのはこんなにも差があるもんかね。昨日までいた警視庁とは大違いだぜ…給湯室のコーヒーメーカーも高価そうな機会だったし」

 

「野分たちは警察というよりは軍関係者に近いですね」

 

「何が違うんだ?」

 

「ここの仕事は海軍関係者が関与する事件を取り扱うところです。、警察では軍内部のことまでなかなか踏み込めないみたいで、そういった事件を専門的に取り扱ってます」

 

「ふぅ〜ん…だとしたら今回は異例の事件なのか?」

 

「そうですね。まだこっちでは正式に野分が捜査に協力していることにはなっていません。恐らく警察側では陸奥さんが「野分捜査官が無茶を言って割り込んできた」ってことにしていると思うので向こうは正式に動いているものだと思っているでしょうけど…」

 

「それって不味いんじゃないのか…?」

 

「多分不味いですね。でもわざわざ少額窃盗の事件の問い合わせをこちらにしてくるとも思えませんから大丈夫だとは思うんですけど…」

 

「いろいろ大変なんだな、野分も」

 

「厄介な上司が二人いますからね」

 

そう言うと天龍さんのお腹が可愛らしくなりました。

 

「なぁ…ここって食べるものあるのか?給湯室には見当たらなかったが…」

 

「時間も時間ですし食べに行きましょうか」

 

天龍さんもさすがに外に出るのは不味いと思ったのか、手を振りながら

 

「いや…無いなら我慢する」

 

「大丈夫ですよ。どうせ二人しかいないんだから。近くにファーストフードがあるのでそこでいいですか?」

 

「さすがに立場上不味いだろう?それに帰らなくていいのか?」

 

「天龍さんをおいて帰るのは忍びないので、野分も残ります。シャワー室もありますし、着替えも帰りにまだやってる雑貨屋で買えばいいかと…一回やってみたかったんですよね。社内泊」

 

「お前変わってんな…」

 

「そんなことありません。さぁ、早く行きましょう。野分もお腹すきました」

 

天龍さんの手を引っ張って足早にファーストフード店に向かいました。


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