海軍特別犯罪捜査局   作:草浪

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9/23に行われる砲雷撃戦に頒布する予定の本のサンプルになります。

これまでのお話とは全くの別物です。野分、足柄、日向もだいぶ性格が違います。

当日は「むー11」でお待ちしております


海軍特別犯罪捜査局 -N- (九月砲雷サンプル)

横須賀鎮守府・講堂

「現刻をもって、連合艦隊を解散する」

提督の声が講堂に響いた。集められた艦娘には泣き出す者や、緊張が解けてヘタリ込む者までいた。

「これで終わりって……何だか実感がわきませんね……」

陽炎型駆逐艦十五番艦の野分は、隣で泣く舞風の肩を支えながらそう呟いた。彼女が言う様に、深海戦争と呼ばれた深海棲艦との戦いは終わった。終わりの見えない戦争に資源が底を尽きかけ、人類は深海側との和平交渉を結び、彼女たちの存在を認め、これを支援するという取り決めが成された。人類側は平和的な決着と言うが、戦い続けた彼女らからすれば敗北以外の何者でもなかった。

「諸君らの今後については追って連絡する。各自、連絡があるまで待機する様に。以上だ」

提督はそう言うと、秘書艦である大和を引き連れ足早に講堂を出て行った。

「私はこんなの認めないデース!」

金剛がそう叫ぶと、座っていた椅子を蹴飛ばし講堂から出て行った。彼女を追う様に比叡や榛名、霧島が出て行く。彼女たちの退出を見て、他の艦娘も講堂を出て行き始めた。

「舞風、行こう」

未だに泣き止まない舞風の背中を摩ると、舞風は小さく頷き、二人は出入り口の方へと足を進めた。

 

〜〜〜〜

 

喫茶店・シルヴィア

青葉は喫茶店のテラス席から景色を眺めていた。美しい横浜の街並みを見た彼女は、戦争など無かったかの様にも感じられた。店内を見回せば、若い男女がロマンスに華を咲かせていたり、スーツ姿の男が時計をチラチラと見ながら待ち人を待っている。

「あれ?青葉さん?」

青葉は呼ばれた声の方を振り返ると、グラスを持った舞風がいた。

「おや、舞風さん。奇遇ですね」

青葉は隣の席に置いてあったカメラバッグをどけ、舞風の座る場所を作った。舞風は会釈をすると、席に座った。

「お一人ですか?」

青葉が尋ねると、舞風は「そうだよ」と答え、グラスに持っていたクリームをなみなみと注いだ。入れすぎじゃないかと青葉が尋ねると、ラテを頼んだのにカフェが出てきたと舞風は苦笑いをした。舞風はちょうど出て行こうとする粧し込んだ女性を指し、あの店員さんがねと付け加えた。なるほど、この後大事な用がありそうだ。きっと仕事中も上の空だったのだろう。

「これからデートですかね。そういえば野分さんとはどうですか?」

青葉が茶化すと、舞風は苦笑いを漏らした。その様子に青葉は聞いてはいけない事を聞いてしまったかとバツの悪い思いをしたが、舞風は気にすることなく答えた。

「今日、遠洋航海訓練から帰ってくるの。出迎えまで時間があるからブラブラして時間潰してるの」

舞風の対応に、青葉は感心していた。以前は子供っぽい印象が強かったが、今はしっかりした受け答えをしている。よく観察してみると、雰囲気も少し大人びたものになっていた。敗戦が彼女を育てたのだろうか、そんなことを考えていると、舞風の言葉に青葉は我を取り戻した。

「それで、青葉さんは何していたの?」

「青葉も似たようなもんです。取材が終わって暇を持て余しています」

青葉は嘘をついた。それは舞風にだけではなく、自分自身にも嘘をついた。青葉がここにいるのには明確な理由があったが、それを舞風に話すわけにはいかなかった。そして、彼女自身も何も起こらない事を望んでいた。

「じゃあ暇人同士、この後どこか行く?」

舞風が見るからに甘そうなアイスコーヒーを飲みながら青葉に尋ねた。

「……久しぶりですし、舞風さんの話でもお伺いしましょうか。何か記事に出来るかもしれないですし」

青葉は笑顔で答えた。何も起こらなければ、その言葉を抜いた文章を言いあげると、舞風は「また茶化して……」と答えたが、青葉の耳には届かなかった。青葉は目を大きく開き、一人の女性を見据えた。それと同時に、愛用しているカメラを取り出すと、慣れた動作でピントを合わせ、シャッターを押した。一瞬の出来事に、舞風はポカンと青葉を眺めていたが、青葉はそれを気にする素振りが無かった。

「何してやがる!」

突如、青葉達に怒号が飛ばされたが、青葉はそれを気にせずシャッターを押し続けた。舞風が謝るために席を立ち上がると、声をかけた者は舞風を突き飛ばした。青葉のファインダーに舞風が横切った。舞風が横切ると、青葉の写していた被写体と目があった。

それと同時に爆発音が鳴り響き、青葉の意識は途切れた。

 

〜〜〜〜

 

プリンス病院・病室

野分は火傷で左半分が腫れ上がった舞風の顔を眺めていた。普段、野分に笑顔を振りまいているその顔は今は静かに目を閉じ、まるで眠っているようだった。病室にリズムよく響く機械の音が、野分には魚雷が鳴らす短信音の様に聞こえた。

野分が遠洋訓練航海から帰ると、普段接しない程の上官から舞風が爆破テロに巻き込まれ、意識不明の重体であることを告げられた。急いで舞風が搬送された病院に向かい、担当の医師から命に別状はないが、いつ目覚めるかはわからない。そう言われた野分は絶望の淵にいた。

「舞風、いつまで寝てるの、帰ってきたよ」

野分はそう呟きながら、舞風の腫れ上がった顔を優しく撫でた。痛々しいその部分を触られても舞風は反応を示さなかった。

「舞風、痛いでしょ。我慢しないで痛がってもいいんだよ」

何回か撫でてみたが、舞風が反応を示すことはなかった。彼女が唯一反応を示すのは、彼女の心臓が動いていることを告げる短信音だけだった。

「戦わなくていいのにまた引籠もるの?」

野分は撫でる手を休めずに舞風に問いかけた。野分は引籠もる舞風に声をかけられなかった自分を思い出していた。もう同じ失敗は繰り返したくない。そう思っていた。

「もう戦争は終わったのに……もう舞風が傷付く必要はないはずなのに……」

野分は忌々しい短信音を鳴らす機械を見た。艦娘だった者にとってこの音ほど嫌ものはない。思わず拳を振り上げたが、今はこの音だけが舞風の生きていることを証明する唯一の存在だと思い留まった。野分は行き場を失った拳をゆっくり下ろすと、再び眠る舞風の顔を撫で続けた。

ーーーー

「ここか……」

日向は言い渡された病室の前に来ていた。一つ大きな深呼吸をすると、病室の扉をノックした。だが、返事は返ってこなかった。日向は扉を開け中に入ると、目の前の光景に言葉を失った。

「何をしている……」

言葉を失いかけた口から出せた、精一杯の言葉だった。

「何って……舞風が痩せ我慢をするから……」

野分は無表情で舞風を撫で続けていた。優しくゆっくり動く手とは対照的に、野分の目は冷たいものだった。

「ほら、日向さんはお見舞いに来てくれたよ。いつまで寝てるの?」

とても優しい声で野分はそう言った。日向にはそれがとても不気味なものに見えた。

「舞風は寝ているんだ。起こさなくていい」

日向がそう言うと、野分は諦めたように撫でるのをやめた。野分が日向に目線を移すと、日向はその冷たい表情に寒気を覚えた。

「すいません。せっかく来てくれたのに」

野分は無表情のまま頭を下げた。

「いや、気にするな」

「それで……日向さんはどうしてここに?この場所は野分と上官ぐらいしか知らないものだと考えていましたが……」

日向は思いがけない野分の言葉に背筋を凍らせた。何故舞風があの場にいたかを聞き出すためにこの病室まで足を運んだが、本人から話を聞き出すことは無理に近いと考えていたが今はそれ以上に身の危険を感じていた。もし自分が身分を明かそうものなら、野分は日向を責めるだろう。もしかしたら五体満足で帰れないかもしれない。それ程までに野分が纏う雰囲気は危険なものだった。このまま放っておいていいものか、日向は本来の目的とは違うことを考え始めていた。

「昔の仲間に聞いてな……」

「嘘……ですよね。先程、担当医から聞きました。ここに来たのは野分が初めてだと。今回のテロ騒ぎ、艦娘が起こしたものだという噂を聞きました。日向さんはその件で来たんじゃないですか?例えば、何かを知っている舞風を消しに来たとか……」

「待て……」

野分がゆらり日向に近づいた。日向は一歩後ずさりして、野分から距離を置こうとしたが、野分は臆することなく距離を詰めた。非武装の野分に日向は恐怖を覚えた。もしこの場を何事もなく納めるには、身分を明かし、野分を説得するしかない。そう考え、肩にかけていたショルダーバッグに手をかけると、野分は一気に距離を詰め、日向が手にかけた鞄を奪い取った。呆気に取られる日向を無視して、野分は日向の鞄の中身を床にぶちまけた。一番重たい拳銃が真っ先に落ちると、その上に化粧品やらの日常用品が重なるように落ち、最後に黒革の手帳が落ちた。無造作に落ちたシグが暴発するのではないかと一瞬ヒヤッとしたが、マガジンが装填されていなかったのに加え、運良くハンマーが落ちることは無かった。野分は床に散らばった物の中から黒革の手帳を拾い上げそれを開いた

「海軍特別犯罪捜査局……」

野分がそう呟くのを聞き、日向は諦めた様子で両手を挙げた。

「そうだ、さっきお前が言っていたテロについて私たちは捜査している」

野分が冷たい表情で日向を見た。だが、その目の先程まで無かった確かな意思が宿っていた。

和食レストラン・鉄仮面

野分は日向に二十四時間営業のファミレスに連れ出された。店内にいるのは終電を逃した若者達のグループが一組いるだけだった。彼らは机に突っ伏して寝ており、店員もそれに気付きならが無視をしていた。

店員に彼らと離れた場所を指定した日向は、珈琲を二つ注文するとドリンクバーだと言われ、渋々席を立ち上がり、野分の分も取って席に帰って来た。

「店には悪いが、何か食べられる状態じゃあるまい」

先程から黙って下を向く野分に日向は声をかけた。

「食べろと言われれば食べます。自ら食べようという意欲がわかないだけです」

野分はそう言うと日向が持って来た珈琲に口をつけずに立ち上がった。日向は面白そうに野分の様子を見ていた。野分は同じ珈琲を取ってくる。日向が不愉快な反応を示すだろうと考えていた野分だが、日向は満足そうな顔をしていた。

「気持ちはわかるが、私はお前に一服盛ろうとは考えていない。安心してくれ」

日向は野分に渡した珈琲に口をつけた。何も入っていないというアピールだった。

「それで、野分に何を聞きたいのですか?野分も日向さんに聞きたいことがありますけど、先に答えます」

野分が冷たい口調で言うと、日向は首を横に振った。

「野分が今回の事件に関与していない。何も知らないことは知っている。私はお前が何か変な気を起こさないように監視する為にここに連れてきたんだ」

「変な気?それは舞風をあんな目にあわせた奴らに何もするな。そう言うことですか?」

野分は日向を睨んだ。しかし、日向は動じずに答えた。

「そうだ。いや、そうだった、そう言わせてもらおう」

日向の曖昧な物言いに野分は不満感を募らせた。日向は曖昧な受け答えを繰り返すことで野分が聞きたいことをはぐらかそうとしているのではないか。野分は不快な感情を隠さずに日向を見た。

「私が何もするなと言おうが、監視されていようが、お前は行動を起こすだろう?だったら私の部下になれ。お前も堂々と動けるし、動きやすい環境を手に入れられる。私もお前を楽に監視下に置けて優秀な捜査員を得ることができる。お互い悪い話じゃないと思うが?」

日向は机に肘をついて寄りかかった。表情は柔らかいものだが、目には鋭いものだった。野分はしばらく考えた。日向の狙いは何だろうか。野分を取り込もうとするなら、現在の所属する海軍にそれなりの対応を示さなくてはならない。海軍を取り締まる捜査局として、海軍に恩は売りたくないはずだ。日向はそんな野分の考えを見透かしたように話し始めた。

「真っ当な精神状態じゃないお前が私達特捜に目をつけられたんだ。厄介払いされると思わないか?」

「言ってくれますね。まるで野分が犯人みたいな言い方です。そういうのは野分が日向さん達と敵対する組織に入ってから言ってもらいたいですね」

野分の言葉に、日向の表情が渋いものに変わった。野分はその表情に満足すると話を続けた。

「ここからは野分の番です。日向さんが持っていたあの拳銃は艦娘に有効なものですか?」

「有効が致命傷という意味ならそうじゃない。九ミリは豆鉄砲だろうな」

「銃のことは詳しくありませんからよくわかりません。先ほどの日向さんのお話ですが、野分に艦娘に対して有効で携帯が容易なものを用意していただけるのであればお受けします。出来ないというのなら、野分は別の方法を探します。そうすれば、日向さんとは今後別の形で会うことになるでしょうけど……」

「かつての仲間の凶行を未然に防げなかった無能としての烙印を私は押されるな」

野分はそれを聞くと、空になったカップを持って立ち上がった。

「日向さんが野分は脅せるように、野分も日向さんを脅せますよ」

野分は二人分の珈琲を机の上に置いた。それを見た日向は躊躇せずにそれに口をつけた。

「まぁ、そうなるな」

二人の鋭い視線が交差した。

 

 


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