「ご機嫌よう、足柄。なんでもお願い事があるそうじゃない」
私の目の前に足を組んで高圧的な態度で座る陸奥がいる。しかし、表情は含みのある笑みを浮かべている。これは良くない傾向だ。概ね、摩耶に弄られて機嫌が悪いのだろう。私で発散しようとしているのは間違いない。
「そうなの〜!実は、私、また無職になりそうでぇ〜」
「うっそぉ〜、またぁ〜??やば、ウケる〜〜」
よし、乗ってきた。これはイケるかもしれない。
「年増が二人、何気持ち悪い声出してんだよ……」
タイミング悪くリュックを背負った摩耶がお茶を持って入ってきた。 こいつ、せっかくいい感じで切り出せると思ったのに。ほら、見てみなさい。陸奥の顔がどんどん怖くなっていく。というより、この子なんとなく臭い。
「摩耶!あんた何しに来たのよ⁈」
「足柄が来るっていうから寄ったんだよ。んで、陸奥さんに頼まれたって言ったらここまで通してくれたぜ」
摩耶は笑顔で親指を陸奥に立てた。こういう無邪気なところは正直羨ましい。
「んで、足柄はどうしたんだ?」
まるで最初から自分も呼ばれていたと言わんばかりに摩耶はリュックをおき陸奥の横に座った。どうしたものか……
「実は……また無茶をするかもしれないのよ。それで……」
摩耶が食い気味に答える。話しやすいけど話を進めにくい。
「私の出番って事だな!別に陸奥に言わないでも、私に直接言ってくれてもいいんだぜ?後で陸奥に報告するから」
「あなたの事後報告の処理なんてやりたくないわよ。それで?」
陸奥は顎で私をさした。摩耶を気にせず話を進めろという合図だった。
「日向の再就職先にあてがないか聞きにきたの」
「日向の?あなたのじゃなくて?」
「えぇ。日向の。あれだけの能力を持った人を遊ばせておくわけにはいかないでしょう?」
「あなたでも十分すぎるほどなのに、日向とは……逆に持て余すわね……」
陸奥は足を組み直すと顎に手を当てて考え始めた。摩耶は黙って聞いていたが、目には安堵の色が浮かんでいる。
「長門の方でも何かないかしら?」
「もともと軍と喧嘩別れしてるからね……無理じゃないけど……」
「日向はまだ艦娘の力を残しているわよ」
「なんですって⁈」
陸奥が驚いた様子で私を見ている。
「この目で見たわけじゃ無いけど、本人も認めているわ」
「日向の小粋なジョークかもしれないだろ?」
「飛ぶはずのない瑞雲が飛んでいたのよ」
私がそう言うと摩耶は大きなくため息をついた。だが、その顔は嬉しそうな、なんとも言えない表情をしていた。
「摩耶……あなた、あの薬物を……」
私がそう言うと摩耶は私を睨んだ。
「あぁ⁈言いがかりか?」
「言いがかりじゃなくて確証よ。あなた、私じゃなくて、私と陸奥の会話を聞くのが目的なんじゃない?それで、自分の話じゃないと言うことがわかってホッとしてるんじゃないの?」
摩耶は一瞬たじろいだが、すぐに余裕のある表情に戻った。
「だとしたら何なんだ?」
「別に構わないわよ……けれど、違法になったらやめなさい」
「ご忠告どうも。足柄こそ必要なんじゃないか?解体されて老けたんじゃないか?」
私はその言葉にキレた。気がついた時には席を立って、摩耶の胸ぐらを掴んでいた。
「その薬物のおかげで私の仲間は危険にさらされたの。死にかけたの。あなたが勝手に服用するのは構わないわ。けれど、それで仲間に危害を加えるというのなら、年増の力見せてあげるけど?」
私がそう言っても余裕の表情を崩さない摩耶に腹が立ち、私はそのまま摩耶を立たせようとすると、摩耶のポケットから何かが落ちた。陸奥がすぐにそれを拾い上げた。
「あなた……こんなものを……」
陸奥が訝しげな顔で摩耶のポケットから落ちたものを見ていた。摩耶は私の手を払いのけると、摩耶からそれをひったくった。
「私が入ってきた時に、お前らが一瞬嫌な顔をしたのはわかってたけど、そんなに臭うのか?」
摩耶はそう言うと、ひったくったそれから太くて短い万年筆の様なものを取り出した。陸奥が顔をしかめるのをきにせず、摩耶はタバコの様な物をそれに刺し、それを咥えた。
「足柄、これは最近流行りの煙草よ。見たことぐらいはあるでしょう?」
陸奥にそう言われてみて思い出した。確かによく喫煙所にいるおじさんがこんなの持っていた気がする。
「足柄はおばちゃんだからこういうのには疎いんだよ」
摩耶は機嫌が悪そうにそう言うと、大きく息を吐いた。確かにさっき嗅いだ臭いに近い。
「あの……その……ごめんなさい」
素直に謝ると、摩耶はそっぽを向いてしまった。
「しかし……密室で吸われると煙草とは違う嫌な臭いね……」
「これで我慢してるんだからこれ以上言われる所以はないぜ」
「吸わない人からしたら一緒なの」
陸奥と摩耶のやり取りを聞きながら、私はどこか自分がおかしいと感じていた。どこか空回りしていて、自分が冷静ではないと感じていた。
「そう気を落とすなよ……別にそんな怒ってねぇよ……私も誘った部分あったし」
摩耶は私を慰める様にそう言った。私が首を横に振ると、摩耶はため息をついた。臭いでわかる。
「足柄が仲間思いなのは伝わったし、私も足柄のおかげでいまこうしてるわけだから……これに対して勘が働いたのなら、足柄は有能な捜査員じゃないか」
「でも……」
「仕方ないやつだな……ほら」
摩耶はそう言うと、咥えていた部分、陸奥いわく煙草の部分を私に渡した。
「その中には、微量だけどあの葉っぱが混じってんだよ」
摩耶がそう言うと、陸奥は摩耶を睨んだ。
「そう睨むなよ。ここに来たのは、これのことを教えてやろうと思って来たんだ」
「詳しく話しなさい」
「その前に、これを飲んでくれよ。せっかく淹れてやったのに」
摩耶はそう言うと、摩耶が持って来たお茶を指差した。辛うじてまだ湯気はたっているがもうぬるいだろう。私と陸奥は言われた通りそれに口をつけた。それを見た摩耶も大きく一口飲む。
「何か気がついたことは……」
摩耶は自信満々な顔で私達に言いかけたが、すぐに急変した。近くにあったゴミ箱を掴むと、その中に辛そうに嘔吐した。陸奥が慌てて背中をさすったが、摩耶はしばらく苦しそうにしていた。
「足柄!水持って来て!」
「わかったわ!」
私は慌てて部屋を後にした。勢いよく開けた扉が軋む音がした。
ーーーー
摩耶の吐瀉物を処理し、水をガバ飲みさせて落ち着かせると、摩耶はすっきりした顔で話し始めた。
「いやぁ、悪い悪い。迷惑をかけたわね」
「気にしないで。それで……」
「その前にこの部屋暑くないかしら?少し走ったせいか暑く感じるのよ」
「更年期障害か?」
「「摩耶!」」
「いや、ボケているのかと……」
さっきまでだらしなく吐いていたのに、今は余裕のある表情で私を見ている。
「さっきのお茶にも入っていたぜ?濃く作りすぎたけど」
「あんたなんてもの飲ませるのよ⁈」
そう言われると、なんだか気持ち悪く感じて来た。出来ることなら私も吐き出したい。
「常飲しなきゃ大丈夫。さて、見てくれ」
摩耶はそう言うと、持って来たリュックを開け、机の上に中身をぶちまけた。
「全部あの薬物関係のやつ」
摩耶はそう言うとポケットから普通の煙草を取り出した。私と陸奥がそれを見ていると、摩耶はそれを私達によく見せた。
「これはハイライト。普通の煙草」
摩耶はそう言って煙草に火をつけた。なんてことはない。よく嗅ぐ煙草の臭いだ。
「この前、峠走ってたら、目を離した隙に私のバイクにタンクバック付けられてて、そん中に入ってたんだよ」
「どういうこと?」
「知らねぇ。私が聞きたいぐらい」
摩耶は単調に答えると、煙草の煙を大きく吐き出した。
「これ、預かっていいかしら?」
私がそう言うと、陸奥はまた顎に手をついて考え事を始めた。摩耶が二本目の煙草を吸い終えると同時に結論が出たようだ。
「いえ、これは私達の方で調べるわ。あなた達は何度目かわからない最後の仕事を全うしなさい。日向のことも、あなたのことも、野分のことも任せて頂戴」
「そこまで迷惑をかけるわけには……」
「じゃあ元上司からの命令よ。さっさと処理してこっちを手伝いなさい。私は麻薬取締部に掛け合うから。摩耶、あんたは長門のところまで一走りしてきて頂戴。軍にいる艦娘がこれを使ってないか徹底的に捜査して」
「了解。足柄、またな」
摩耶はそう言うと足早に出て行った。私は再び陸奥の方を見た。
「あんたもボーっとしてないで、さっさと行きなさい。帰って日向に伝えて頂戴。あなた達の次の仕事はこっちで進めておくから、さっさと終わらせなさいって」
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オフィスに戻ると、先にのわっちが帰ってきていた。それもそのはずで、こっちは予定外の事が起きた。事の顛末を伝えると、日向は嬉しそうな表情をしていた。
「陸奥のやつ……私に何をさせるたいのか気になるな……」
日向はそう言うと、大きく深呼吸をした。
「足柄、野分。お前らはこれからどうする?」
「日向のお膳立て……という言い方になるかしら?」
「そうですね。足柄さんはともかく、野分には伊勢さんを止める力はありませんからね」
「さっきは三人で解決しようと言っていたじゃないか」
「最後は日向さんにきっちりけりをつけてもらいます。その為に野分は全力を尽くします」
のわっちは自信に満ちた顔でそう言った。
「のわっち、私ならともかくってどういう意味かしら?まぁ、相手が戦艦でも私は負ける気しないけど、ここは日向に譲るわ」
「そんなに戦艦を相手にしたいなら、終わってから私が相手をしてやる」
「その時は手加減しないわ。それで、これからどうするの、ボス?」
「明朝、伊勢を叩く。しっかりと身体を休めておけ」
「「了解」」
日向の顔はいつもと同じはずなのに、どこか悲しそうに見えたのは何故だろうか。