江風の一件から一週間が経とうとしている。高速修復材のおかげで傷はすぐに癒えたが、公式な書類上は解体されている私は自宅療養を余儀なくされている。携帯には野分と足柄から報告の連絡が何通も来ている。私は一言「大丈夫」とだけ返信をしてある。ガレージを開けると、そこに愛車のシルビアは無い。私の血で汚れた内装のおかげで査定はとんでも無く安かった。大事に乗っていたのに勿体無い。中に入り、私の使っていた艤装を覆うボディカバーを外すと四基八門の砲が露わになる。飛行甲板を手に取ると中で音がする。スロットには何も入っていないはずだったが。私は甲板を叩くと、中から妖精が顔を出した。
「ここで何をしている?」
私がそう尋ねると、甲板のエレベーターが動いた。中から出て来たのは真っ二つになったはずの瑞雲だった。妖精達が慌ただしく修理をしている。
「言ってくれればカバーなんぞかけなかったのだが……」
私がそう言うと、妖精達は照れ臭そうに頬をかいた。甲板の上で作業する音を聞きつけたのか、背負う艤装についた砲から妖精達が顔を出した。彼女達の顔は油で汚れている。
「整備をしてくれていたのか?」
私がそう尋ねると、彼女達は自信に満ちた表情で頷いた。そして彼女達もきっとわかっているのであろう。これが彼女達の最後の仕事になるということを。私はその場に腰を下ろすと、妖精達と一緒に艤装の整備を始めた。使われていなかった艤装は錆びついているのではないかと心配していたが、どこもかしこもピカピカに磨かれている。一人の妖精が私に艤装を背負うように指示を出した。私は艤装を背負うと、私の意思通りに砲が動く。機敏に動きすぎるほどだ。妖精達は各部に潜り込んで調整をしてくれている。
「いい感じだ。ここで撃てないのが残念なぐらいだ」
私はそう言うと艤装を置いた。私の期待以上の仕事をした彼女達はハイタッチをしている。すると、飛行甲板の上で瑞雲を修理していた妖精が何かを言っている。それに気がついた彼女達は今度は飛行甲板の上に集まり始めた。全員で瑞雲を修理しようというのだ。本来であれば、撃墜された艦載機を修理すことは不可能に近い。だが、彼女達は懸命に修理をしている。伊勢に切られた機体は溶接されている。
「大丈夫なのか?」
私は腰を下ろし、修理をする妖精に尋ねる。彼女は親指をこちらに立ててみせた。相変わらず私の理解を超える技術力だ。しばらくその修理の様子を眺めていると、一台の車を積んだローダーが私の家の前についた。私は彼女達に了解を経てカバーをかけると、トラックに歩み寄った。
「日向さんですか?」
助手席側から降りて来た男性が私に尋ねる。
「あぁ、私だ」
「納品の書類にサインをお願いしてもいいですか?」
男性が差し出した書類にサインを済ませると、運転席から降りて来た男性と積み荷を下ろす用意を始めた。ゆっくりと荷台が動き始める。ふと後ろを見ると、カバーの隙間から妖精達が興味深そうにこちらを見ている。ローダーから車が降ろされ、先ほどの男性から鍵を受け取った。
「ありがとうございました!」
彼はそう言うとローダーに乗り込んだ。ローダーが遠ざかるのを確認すると、私はガレージに戻った。
「車を入れるからどけるぞ」
私は艤装を端によせ、ガレージに車を入れて改めて車を眺める。我ながら中々渋い選択をしたものだ。足柄に見せたらきっと何とも言えない表情をするだろう。好き嫌いが別れる独特のシルエットだ。トランクを開け、背負う艤装を入れる。妖精達が砲を操作してくれたおかげで、綺麗に収まった。妖精達は珍しそうに車内を歩き回った。内装のほつれや、各所に潜り込み始めた妖精から錆があることが報告される。昔の車だから仕方ない。そうはわかっていてもやはりネガティブな部分を報告されると凹むものだ。砲の整備が終わり、瑞雲の修理に駆り出されなかった妖精達が、この車の整備をしたいと申し出てきた。私もある程度の整備は出来るが、彼女達が潜り込んだ部分まで完璧に整備するのは難しい。私は彼女達の申し出を受け入れることにした。
「よろしく頼む。ただ変な改造はしないでくれよ」
私がそう言うと彼女達は嬉しそうに作業を始めた。私は車の正面で屈むと下から覗くように眺める。グリルについたXのエンブレムが反射して光っている。
「やはり日本人は桜に惹かれるな」
私はそう言うとあることに気がつき、口を噤んだ。桜の名がついた航空機の存在を思い出してしまったからだ。その航空機と、この車の姿が重なって見えてしまった。
「させるものか……お前はまたここに帰ってくる」
一回きりの出動にはさせない。私はそう誓うと腰をあげた。
ーーーー
自宅療養が明け、久しぶりのオフィスに来ると、野分と足柄がなんとも言えない表情で私を見ていた。
「日向、もう大丈夫なの?」
私にかける言葉を探していた足柄が探りを入れるように私に尋ねた。
「もう問題ない。心配をかけた」
私は単調に言葉を返すと、自分のデスクに腰をかけた。一週間も空けていたから種類仕事が溜まっているかと思ったがそうでもなかった。野分に決裁権を移譲しておいてよかった。
「日向さん、聞きたいことがあります」
野分が私のデスクの前まで来た。野分が聞きたいことはわかっている。
「私がまだ解体されていないかどうか、そうだろ?」
私がそう言うと野分は黙って頷いた。
「その通りだ。私はまだ解体されていない」
「まだ、と言うことは解体を受け入れる覚悟は持っていると言うことですか?」
野分が私に詰め寄る。少し見ない間に随分とたくましくなったように思える。
「私自身の問題にけりをつけたらそのつもりだ」
「その問題は伊勢のことよね?」
足柄が口を挟む。どうやら直球で来るようだ。私は思わず苦笑してしまった。
「あぁ、その通りだ」
「野分達が首を突っ込むのは野暮だと思います。ですけど、野分達じゃ日向さんの力にはなれませんか?」
「これは私自身の問題だ。お前達の手を借りるわけには……」
私の言葉を終わるのを待たず、足柄が私の机に手をついた。
「もう日向達だけの問題じゃないの。これ以上伊勢みたいな子を増やすわけにはいかない。これは私達NSCIの仕事だと思うの」
「野分もそう思います。これまでの捜査、日向さんは私事だと思っているかもしれませんが、これは立派な野分達の仕事です。先程、野分達が首を突っ込むのは野暮だと言いましたが、野分はそう思っていません」
野分はそう言うと、まっすぐ私を見た。
「前にも言っただろう。現在の法で伊勢を裁くことは出来ない。ならば私個人が泥を被ればいい。野分と足柄にはその後のことを……」
再び私の言葉は遮られた。今度は野分が私のデスクを叩いたからだ。
「日向さん無くしてこの七係は成立しません。もし日向さん一人で責任を負うというのであれば、今この場で職権乱用で日向さんを告発します」
「無茶苦茶を言うな」
私はため息を漏らした。論理的に物事を考える野分にしては支離滅裂だ。
「無茶苦茶をするのは私達七係の十八番じゃない」」
「それはお前だけの十八番だ」
「日向さんは前に野分に言いました。力を貸して欲しいと。だったら頼ってください。全てを自分一人で解決しようしないでください。野分はまだ日向さんの推理力には及びません。けれど、これまで培ってきた能力が少しは日向さんの役に立てると思っています」
「私だって自分の力を自信があるわ。伊勢にだって負けないと思っているけど?」
二人はそう言うと、私の机に分厚いファイルやノートを数冊置いた。その一つをとってページを捲ると、江風から聞き出したことが綺麗に整理され記されていた。
「野分達の方で情報を集めてみました。あの薬物について、流通経路、効果、副作用、依存性……そして伊勢さんについても調べました」
「伊勢について……どういうことだ?」
「川内さんを取り調べました。現在、伊勢さんに艦娘としての能力は海の上を航行する以外はありません。艤装だと思われていた刀は普通の日本刀です。伊勢さんはその常人離れした身体能力を薬物で更に増幅させているだけです」
「つまり、今の伊勢には深海棲艦に対して有効な手段は持っていないということか?」
「いえ、そういうわけではありません。伊勢さんはその艤装ではない日本刀でこれまで何隻もの深海棲艦を沈めてきました。実際に沈められた深海棲艦ははぐれのものが多く、高い知能を持たないイ級が多いですが、ル級を沈めたこともあるそうです」
野分が集めた情報には脱帽した。私が知らない情報が次々と出てくる。これまで私が川内から聞いた情報以上のことをよく聞き出したものだ。
「川内と江風はどうした?」
「江風は薬を抜くために施設に送ったわ。川内は取調室に軟禁してる」
「そうか……それで、お前らはこれからどうするつもりだ?」
「基本的には日向さんの指示に従おうと思っています。ですが、野分は一度青葉さんに挨拶に行こうかと考えています」
「私も陸奥に挨拶に行こうかと思ってるわ?」
「青葉に陸奥?どういうことだ?」
「またお世話になるかもしれないって言いに行くのよ」
「お前ら……」
私は椅子を回し、二人に背を向けた。大きな溜息がでたが。私の顔は笑っている。嬉しい、そういう感情が隠しきれなかった。きっと今の私は気持ち悪い顔をしているだろう。
「青葉はともかく、陸奥の方はどうなるかわからんぞ……」
私は背もたれに体重を預けた。ギシッと音を立てて背もたれが少し倒れる。また二人の再就職先を探す必要があるかもしれない。私は目をつぶりどうするか考えた。
「陸奥にはあなたのこともお願いするわ。長門もいるから、もしかしたら軍にコネがあるかもしれないし」
「私のことは気にしなくていい」
「気にしてるんじゃなくて、これ以上あなたに好き勝手させないってことよ」
「どういうことだ?」
私は椅子を戻し、二人に向き合った。野分の真面目そうな表情は変わらないが、足柄は明らかにニヤニヤしている。
「これからは三人でいろいろ考えましょうっていってるの」
「そうか……そうだな」
私が伊勢を斬った時、私は独りだった。それからも私は独りだと思っていた。だがどうやら違ったらしい。ふと妖精達の姿を思い出した。
「だったらさっさと挨拶に行ってこい。午後から忙しくなるぞ」
「「了解(しました)」」
二人は荷物を持つと足早にオフィスを後にした。私は席を立つと、誰もいなくなったオフィスを見渡した。
「前はこんなに狭いとは思わなかったのだが……」
またここを離れるかもしれない。そう思うと寂しく感じた。